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⑩花嫁の標本~宇宙人の侵略~  作者: 邑 紫貴


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標本


学校への足取りを軽やかに、自分の表情など意識せず。

「おい、兄貴!俺の評価を下げるような、ゆるんだ顔をするなよ。」

あきれたように、ため息まじりで。

成哉が言葉を吐き出した。

「え、ゆるんでる?へへっ。自分の表情なんか、分かるかよ。成哉、俺……くふふっ。」

嬉しさが込み上げ、幸せの絶頂。

「けっ。悠長なもんだぜ。ふう……あのさ、星から連絡があった。」

成哉は、いつもと違った表情。

困惑と、悲しみの伴ったような複雑な。それは、相手との関係を表していた。

それも気になるが、星からの連絡?

「向こうから連絡が?俺達の報告を、待っていたんじゃないのか?」

嫌な予感がする。

「帰還命令が出た。」

この星から帰る?ここでの生活が終わる?朱莉沙との生活は。

俺の不安が、一気に思考を覆う。

「兄貴。俺達の観察対象は、帰還に同行しても良いと許可が出た。相手の承諾さえ、あれば。」

相手の承諾?

朱莉沙が、俺と共にこの星を出ることを望んでくれれば。

愛情は、育ち始めたばかり。

「俺の恋人は、俺の愛情を疑う。キスを拒み、触れる事さえ嫌う。俺は、この星から逃げるんだろうか?星からは、一定期間の猶予を与えられた。兄貴は、話し合えばいい。」

成哉は言いたい事だけを告げ、移動装置を発動させた。

俺が経験したように、成哉も……

星の違い。

想いは複雑で、すれ違い。近くにいるのに、距離は縮まらない。

星が違う。環境も。この星で、やっと近づけた想い。

呆気なく崩れる。朱莉沙は、俺を選んでくれないかもしれない。

きっと選ばない。この生まれた星に、二度と戻れないだろう。

成哉の反応から、君の妹はこの星に留まるのだろう。

父親である教授も、この地球にいる。

君の望んだ未来は、この星でのこと。夢や将来の目標。

通った想い。得た温もりや愛情。すべてを失って、俺だけが星に帰る?

元の生活に戻ることなど、出来ない。

得てしまったものの大きさに、喪失感はどれほど俺を苦しめるだろうか?

朱莉沙……俺達の時間は、何だった?注いだ愛情は消えるの?

君から得た愛情は。俺は観察対象を捨てる?手放せる?

無理だ。


成哉と同じように、移動の装置を作動する。

きっと同じ使用法目的、観察対象のそばに行くため。

朱莉沙のいる大学。講義を受けている様子の見える木の上。

じっと観察する。俺に向ける視線とは違う、真剣な表情。

今、彼女の思考を占めるのは俺じゃない。

俺の中は、こんなに君だけで占められているのに。

木や草の匂い。風を感じ、見つめるのは部屋の中。

君は、俺の感じる物を共感しない場所にいる。

違うんだ。観察対象じゃ、満足なんて出来ない。

君は俺に尋ねた。観察対象なのかと。

同じ場所や、共感する同じ立場を意識したのは君の方だった。

涙が零れる。悲しさと、寂しさと情けなさ。

違いを味わい。孤独……


教授の与えた愛の巣に移動した。

共に住んで、同じ物を共感するスペース。

恵まれた環境を与えられた。それも覆る。

「朱莉沙、もう遅いのかな?」

自分の小さな声が、独りの部屋には響くようで。

いつもより広く感じる。

教授の準備した分厚い取説を手に、開いて読んでいく。

すべて目を通した。

理解したと思っていた文字の並び。

自分の学んだ感情が、視点を変化させる。

新たな理解。

君は、俺の花嫁。観察対象だった。

解放してあげる。

君は選んでくれた。

俺の語った知識に対する好奇心が、ほんの少しの愛情を育てたのなら。

それを壊すのも簡単だろう。

君も、俺を観察していたんだ。

俺への関心が薄れる様に、愛情も消えるだろう。

きっと、俺の中の愛情も。

育った愛情は、枯れて消える。

取説には、絶対にしてはいけない禁止事項も記載されている。

それをすれば、嫌われる。愛情は育たない。

育った愛情は、すべて消える。

朱莉沙の中で、俺への愛情が嫌悪に変わるだろう。

傷つけて、君の中に俺は最低な奴として記憶に残る。

それも、いつか忘れ。共有する幸せを永続させる相手を見つけるだろう。

今日で最後になる愛の巣。

玄関で靴を脱ぐのも慣れ、共有した部屋も生活の香りが染み込んでいるのがわかる。

リビングや台所。ほんの数日で、ここには二人の生活の思い出が詰まっていた。

朱莉沙の部屋と、俺の部屋。

教授は、最初から俺達を夫婦として扱わなかった。

俺の花嫁だと、与えたのに。

それは観察対象……


暗くした自分の部屋で、いつの間にか寝ていた。

「調子悪いの?いつも帰る時間より早いのに、孝彬の靴があるから。」

優しい声で、何の警戒心もなく朱莉沙は俺に近づいた。

その手を、強引に引き寄せてベッドに導く。

「きゃっ……何、急に。孝彬?」

薄暗い部屋。ベッドに転がった朱莉沙を覆い、抱きしめる。

少しの抵抗でも、本気じゃない。

それが嬉しくて。心をえぐるような痛みが後追いで。

自分の行動を、止めようとする感情が苦しめる。

けれどそれしか、選択肢が無いのだと急かされた矛盾する想い。

すべてを奪うように、君に触れれば……

「朱莉沙、無理にでも抱きたい。どうせ、俺のものにならないなら奪うしかない。恨んでも良い。」

手は、触れたいと願った柔らかい部分に。

遠慮も戸惑いもなく触れる。

優しさも、味わうことも無視して必死で求めた。

きっと、朱莉沙の愛情を覆すに違いない。

なのに強引な俺の欲望のまま触れる手に、君の抵抗はなかった。

震えも、泣き崩れることもなく。

静かな時間。

どこか冷静な心は、逃げていたものに気づく。

乱れた服。触れた身体が、俺の加えた力を受け入れたように柔らかさを露わにする。

白く、細い腕は上方に。手は布団を掴んで、握り締めていた。

視線を向けた俺に、涙を浮かべているのに笑顔。

【きゅんっ】

愛しい。望まなかった。自分から、捨てようとした愛情。

乱暴で、自己防衛の俺の行動に。示されたのは愛。

「ふふっ……やっと目が合った。恥ずかしい。初めてに、どうしていいのか分からない。孝彬。私は、あなたの求めに応えられているかな?」

自分の注いできた愛情。

その欠如を判断したのは自分。

キスは、愛情を増やす?

嘘だ、違う。愛情を育てたのは、キスじゃない。

「朱莉沙、キスをしてもいい?」

「ん。愛情を頂戴。私も、愛情を返すから。受けて、離さないで。私は、あなたの花嫁。」

「頂戴。離さない。すべてを奪う。君から。俺のものだ。俺の標本。閉じ込めて、俺だけの世界に連れて行く。着いて来てくれる?」

朱莉沙の両手が、俺の頬を撫でる。

俺は顔を近づけ、優しくキスを落とした。

甘い。愛しさに包まれ。

俺は手に入れた。花嫁の標本。

君は、俺のキスで愛情を増やす?

俺は、君へのキスで愛情を増やすよ。

君を観察し、君に触れ。想いを重ねて、積み上げ。

これからも君は、俺の花嫁の標本。

「地球人は愛情を、キスで増やすと聞いた。俺のキスで落ちればいい。俺の花嫁。研究対象の標本。俺の子を産んで?」



取説:『強引に、身体に触れてはいけません。奪われると感じたら、愛情は拒絶します。しかし、時には強引に行かないと手に入りませんよ♪愛情は、受け取る側の感情も関係しますからね。二人の培った愛情を信じれば、道は開かれるのかも?それは取説に書けない未知数。二人の幸せを、ただ願い』






END

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