幸せ
一緒に食事をして会話する。
朱莉沙が洗い物をしている間に、お風呂に行く。
俺が出てテレビに夢中になっている間に、朱莉沙がお風呂に行ったのだろう。
湯上りの朱莉沙が、俺の隣に座って。
一緒にテレビを見始めた。
少し触れる程度の距離。
共に過ごし、共有する情報。異なる考え方や反応。
少しずつ増える何か。それが愛情なのか、まだ分からない。
夜も更け、眠気に襲われる。
「孝彬、眠いの?」
視界がぼやけるように、ウトウト。
朱莉沙に寄り掛かり、温もりが伝わる。
これは俺の体温?それとも朱莉沙?
二人の温もりが重なったんだろうか。
「ほら、しっかり立って。歩ける?ここで寝ると、風邪をひいちゃうわよ。」
思考は、ほとんど停止の状態で。
歩みを続けるが不安定。
「孝彬、もう少し」
足が絡んで、ベッドに倒れた。
「重い、ちょ……孝彬」
おぼろげな視界に、頬を染めた朱莉沙の表情。
その視覚情報を最後に、睡魔に襲われた。
腕には温かい、柔らかな感触。
「朱莉沙……」
夢心地の至福の時間。夢うつつ。
甘い香りと、温もりを味わう。
自分の身体に密着し、時に動いている?
そっと目を開けると、目を閉じて寝ている朱莉沙の横顔が見えた。
明け方の薄らとした光が、二人を優しく包む。
腕に抱きしめた朱莉沙が無防備な寝顔で、俺の胸元に頬をすり寄せた。
ドキドキが一気に押し寄せる。
息が出来ないほどの圧迫。
揺れる髪が甘い匂いを漂わせ、布団の中からは温もりと、聞こえる朱莉沙の息遣い。
堪らない。自分の手にあるのに、満足できない。
もっと……求めているのが何なのか分からない。
それが理解できないのに、欲求が熱を発する。
体温が熱くなり、布団を押し退けて体を傾けた。
朱莉沙の体も少し動いたので、視線を向ける。
【ドクン】
心臓が一瞬、止まったのかと思った。
朱莉沙のパジャマの上着から、白い肌が見える。
目は釘付けになって、手が勝手に移動した。
誘われるまま。そっと、白い部分に触れる。
「ん。や……」
寝返をした朱莉沙の可愛い仕草に、俺は固まって動けなくなった。
そのままの位置を保った手は、朱莉沙のお腹の上。
柔らかさと温もりだけじゃない。
スベスベの肌が、指や手のひらに伝えた感触が残ったまま。
【ゾクリッ】
身体を走る不思議な感覚。
はぁ……息苦しい。
息が詰まる。上手く吸えない。
「朱莉沙、起きて。ね?俺、どうしたらいい?このまま、君が意識のないまま触れてもいいのかな?キスしたい。きっと、今なら愛情を注げると思うんだ。」
返事は無く、安心したように。
ベッドで隣に寝ている朱莉沙は、眠ったまま微笑んだ。
【きゅん】
心臓が掴まれたように、息苦しさが襲う。
寝ている彼女に、愛情を注いだとしても。
彼女の認識しない愛情は、どこへ行くのだろう?
お互いが理解できないのでは、愛情は育たない。
きっと、すれ違った想いの原因……
朱莉沙の肌に触れた手を移動させる。
温もりと柔らかさの感覚を覚えたのは、一瞬で。
寂しさと、残念に思う感情が悲しくさせる。
それを補うように、両手で朱莉沙の頬を撫で。
「ん。……孝彬?」
起きるのかな?
触れるのが、俺なのだとわかるほど。朱莉沙の中では当然のことなのかな。
それが嬉しくて、急かすような想いに戸惑う。
「朱莉沙、起きて。ね?キスをしよう。俺の愛情受けてよ。感じて。伝えきらない想いを、受けて欲しい。」
額や頬にキスを落とし、朱莉沙を起こすように囁く。
「ふふ。くすぐったい。」
俺の手に、重なるように両手が優しく包む。
そっと、夢うつつなのか。朱莉沙の目が、ゆっくりと開いていく。
俺の視線を受け、笑顔を向けた。
そっと重ねるように、軽いキスを唇に落とす。
唇から離れ、見つめる俺に。朱莉沙は見開いた目。
え?
「……っ!」
状況を把握するように、挙動不審な動き。
顔を真っ赤に、俺から離れて布団を被った。
「ごめん!違う、これは違うのっ……昨日、孝彬が寝ちゃって。私も、そのまま!」
可愛い。愛しさに狂いそうになる。
慌てる朱莉沙を、布団ごと抱きしめた。
「朱莉沙。俺、キスをしたいんだ。ね?時間を頂戴。俺以外の事を、忘れてよ。お願い。」
抱き寄せた朱莉沙は、動きを止めて。
俺に体をあずけるようにもたれた。
「うん。一緒に時間を過ごそう。布団を退けるわ。あなたの顔が見えないから。」
ベッドの上に、座った状態で向かい合い。
まるで、それは。
「朱莉沙、触れてもいい?」
「えぇ。触れて……私は、あなたの花嫁。」
愛情を与え、愛情を受ける幸せ……
距離を更に縮め、朱莉沙に近づく。
手を伸ばせば簡単に届く距離。
それでも、遠く感じるのは心だろうか。
朱莉沙の頬に触れる。
柔らかい。
俺の手に、朱莉沙はそっと手を重ねた。
目を閉じ。俺の体温を味わうようにすり寄せる。
「ずるいよ。」
口から思わず漏れた言葉。
それに対して朱莉沙は目を開け、クスクスと笑った。
視線の合っていない笑顔。
「ね、朱莉沙。俺に微笑んでよ。」
「え、ごめん。何?」
視線が合った時には、さっきの笑顔ではない。
観察しているのに。大切なモノを逃しているような気分になる。
「もう一度、さっきと同じように笑って。」
俺の我儘に、彼女は困った顔をした。
「違うってば、俺が欲しいのは。」
「うん、笑顔でしょ。無理ね、同じ笑顔なんて。」
ショックが隠せない。
「何で?」
「何で?うぅ~~ん。自分では、どんな風に笑ったのか記憶にないわ。いつか、同じ笑顔を見られるかもしれない。それよりも、良い笑顔をあなたに向けるかもしれない。いつか、未来を共にするなら。」
「いつか必ず、俺に見せて欲しい。」
「くすっ。あなたは、私に求めるの?」
彼女の手が俺から離れ、俺の手は彼女の頬から離れた。
自然に流れるように、彼女は俺の体に身を寄せる。
甘い香り温かな体温。
「俺、何か間違えた?」
「どうかしら。私にも分からないけど、この状況はダメ?」
朱莉沙を抱き寄せる。
細くも柔らかな身体。手に入った標本。
「俺も、朱莉沙に何かをしてあげられる?」
「ふふ。そうね、私に笑顔を。笑って。」
「なるほど。ふふっ。くすくす……笑顔は難しいね。」
俺が笑うのを下から見つめ、朱莉沙は微笑んだ。
さっきの笑顔と違うけど、愛しさを超えた感情を。
それは、俺に与えたんだ……




