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⑩花嫁の標本~宇宙人の侵略~  作者: 邑 紫貴


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4/7

温もり


俺は、また無意識に装置を作動させた。

そこから逃げた。

理解できない感情に、恐れと不安。つぶされそうな心。


「……き、おい!」

【びくっ】

少し大きな声と、揺さぶる手に体が硬直する。

視線を向けると、困ったような顔で見ている弟。成哉なりや

「どうしてここに。」

周りを見渡すと、以前に住んでいた朱莉沙の家の地下。

「どうしてじゃないよ。装置が共鳴するから、おかしいと思って来たんだ。何をしてるんだよ。俺の邪魔をするつもり?」

ため息を吐いて。しょうがないなぁと、呟き。

俺の隣に座る。

「ごめん。」

どう説明していいのか分からず。

それでも重い口を開く。

「成哉、俺達は……俺は、この星の人達とは違うのか?」

成哉は、俺の肩に寄り掛かり。

苦笑する。

「あぁ、当たり前だろうね。けどそんなの、俺には関係ない話だぜ。欲しいのは標本の愛情。俺は、桐沙に愛情を与える。そして必ず得てみせる。彼女からの、愛情を。」

成哉は、そう言いながらも。

どこか俺と同じ悩みを持っているようだった。

「愛情が分からない。この、苦しみも愛情だろうか?辛い。締め付けるような胸の痛み。理解してあげることのできない自分に対する苛立ち。」

胸の辺りの服を握り締める手が、震える。

「俺と、兄貴は違う。星も違うんだ。理解できなくて当然。それでも愛情を願う。なのに、桐沙との距離は縮まらない。」

矛盾する状況。何が原因かさえ、分からない。

問題解決の糸口も見つからず。それでも、狂うように求める愛情。

得ている。少なからず、俺は朱莉沙から。

成哉も、相手から愛情を受けているに違いない。きっとそうだと、信じたい。

「成哉、俺は」

言葉が続かない俺に、成哉は理解したように微笑んだ。

「兄貴、帰れ。愛の巣があるんだ。教授の願うのが何なのか、俺は知らない。俺達に、この星の法は通用しない。それでも区切られた何かで、俺達の環境は異なるんだ。」

朱莉沙と桐沙の性格の違い。

教授は、何を見ているのだろうか。

帰る場所。朱莉沙の元へ。

軽くなったような気分。その中に不安を残しつつ。


装置を使わず、歩き。

公共の乗り物に揺られ。周りを見る。

この星の人々。違う環境。

朱莉沙の願うものは、何だろう?

俺の愛情。注ぐキスに、心は満たされる。

与えるんじゃなく、俺が得ていただけ?

俺は朱莉沙の愛情を求めながら、俺の愛情を注いではいない?

苦しい。理解できない感情に狂いそうだ。


家に着く。

ドアの前、取っ手に手を伸ばすが開けるのを躊躇する。

【ガチャッ】

【ガンッ】

勢いよくドアが開き、俺の頭に直撃。

痛みより、一瞬どこかへ意識が飛んだ。

「大丈夫?!孝彬が帰ってこないから私。ごめんね。」

朱莉沙は視線を逸らし、どうして良いのか戸惑っているように見える。

「入ろう?俺達の家に。中で話し合おう。今までの事、そして将来の事を。」

震える手を一度、握り締め。開いて、朱莉沙の肩を引き寄せる。

歩調を合わせ、家の中に入る。

テーブルには、俺の好きな物ばかり。

「怒ったのかと……謝りたくて。その。私、分からないことが多いし。聞くタイミングを失ってた。」

時間。その感覚さえ、異なるのだろうか?

共に過ごす時間も同じではない。

「朱莉沙、何でも聞いていい。答えるから。だから、お願い。俺に愛情を頂戴?愛して欲しいんだ。」

抱きしめる手に、力が入らない。震える。

情けない……

「孝彬、あなたの求める愛情は私と同じなの?」

同じなのか?

「俺の求める愛情……朱莉沙、俺は欲しいと願う。朱莉沙を。すべて。どこまでなのか、線の引けない奥深いところまで。知りたいんだ。理解できない痛みも、癒されるような温もりも。」

「それは、私を標本と呼ぶのと、どこまで関係するの?」

どこまで?

言葉に出来ない。もどかしい。

「じゃあ。朱莉沙の求めるのは、何?俺に、何を求める?」

俺達の生活は、始まったばかり。

過ごした数日は、あっと言う間で。意味がなかったわけじゃない。

それでも問題がなかったわけでもない。

表面には出ない内面の重要な欠陥。足りない愛情。埋まらない溝。

「朱莉沙、俺は君を妻に決めたんだ。」

「お父さんが、勝手に決めたんでしょう?」

「一か月、君の家の地下で暮らし、君たちを見ていた。」

そう朱莉沙と妹の桐沙を。そして、選んだ。

二択だったけど、他に選択がなかったわけじゃない。

それでも、魅力的な女性として惹かれたんだ。

「標本って、何?」

標本とは。

「俺の、観察対象。愛しき存在。」

「分からない。理解できない。それは、産まれた星が違うから?あなたに惹かれた。語る知識と、その姿に。初めての感情。勉強が楽しくて、皆のように恋愛を楽しむことは無かった。不器用で、一つにしか融通が利かない。こんなに、取り乱すことも。正常な判断が出来ない状況も無かった。どうすればいい?」

どうすればいいか?

「朱莉沙、俺も分からない。それは星が違うからか、俺だからなのか。朱莉沙、俺の気持ちは君だけが愛しい。それに偽りはない。今は、それじゃダメだろうか?」

そっと、涙を零す彼女を抱きしめる。

「柔らかい。女性は、みんなそうなの?」

「男の人と違うわ。みんなと同じ。」

「そっか。でも、触れたいと思うのは朱莉沙だけだよ?」

俺の言葉に、嬉しそうに微笑む。

【きゅん】

胸に苦しいような、くすぐったいような言い表せない感情。

「朱莉沙、キスしてもいい?」

彼女の頬に、手を添え。顔を近づける。

返事は無い。けど、視線や態度は拒絶を示さない。

【ドキドキ】

脈打つ音が、自分に大きく聞こえる。

目を閉じ気味に、顔を近づけていく。

朱莉沙の目が伏せ気味に、俺を見つめたまま。触れそうな距離。

彼女が目を閉じた。

【ドクン】

急かすような衝動。

柔らかさを感じる程度で、そっと唇に触れた。

息の詰まる思いに、唇から離れる。

朱莉沙が目を開け、笑顔。

愛しい。どうしたら、手に入るんだろう?

力任せにすれば、壊れてしまいそうな身体。触れるのを戸惑う。

「孝彬?」

また不安の表情。

クルクル変化する表情に、一喜一憂。

戸惑い、幸せを感じ。

深い闇を手さぐりで、光だと信じた物にも疑心暗鬼。

簡単に唇に触れ、感情の促すまま。

それでも彼女の拒絶はなかった。

「朱莉沙、俺の事は嫌いじゃない?」

「嫌いだったら、ここにはいない。あなたの考えを、知りたいとも思わない。でも、不安なの。言い表せない感情が私を苦しめる。」

触れたい。思いきり、彼女の存在を実感するように。でも。

「朱莉沙、触れるのが怖い。今まで俺は、どうしていた?」

手が震える。

簡単に壊れるんじゃないだろうか?壊してしまう。きっと、傷つける。

また涙を零し、俺を見てくれないかもしれない。

怖い。冷たいような恐怖に、囚われる!

「孝彬、私に触れるのが怖い?今まで触れていたのは、無意識なの?」

朱莉沙は俺の両腕を捕まえ、必死で問う。

それに答える。

「怖い。君の身体は柔く、壊してしまいそうだ。今まで?無意識じゃない。ただ、教授の情報の通り。自分で考えたわけじゃない。増えた俺の情報。朱莉沙の気持ちや、俺の気持ちさえ今は、すべてに頭がついていかない。戸惑いと不安。怖いんだ。」

泣きそうになる情けなさと、もどかしさ。

こんな俺を、朱莉沙はどう思っただろうか。

「孝彬、私の心が反応する。あなたの愛情を、初めて身近に感じた。嬉しい。ありがとう。」

【チュ】


『愛情を注げば、愛情は増え返ってくるのです』


朱莉沙からの、初めてのキス。

受けた愛情に、想いは膨らんで……






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