温もり
俺は、また無意識に装置を作動させた。
そこから逃げた。
理解できない感情に、恐れと不安。つぶされそうな心。
「……き、おい!」
【びくっ】
少し大きな声と、揺さぶる手に体が硬直する。
視線を向けると、困ったような顔で見ている弟。成哉。
「どうしてここに。」
周りを見渡すと、以前に住んでいた朱莉沙の家の地下。
「どうしてじゃないよ。装置が共鳴するから、おかしいと思って来たんだ。何をしてるんだよ。俺の邪魔をするつもり?」
ため息を吐いて。しょうがないなぁと、呟き。
俺の隣に座る。
「ごめん。」
どう説明していいのか分からず。
それでも重い口を開く。
「成哉、俺達は……俺は、この星の人達とは違うのか?」
成哉は、俺の肩に寄り掛かり。
苦笑する。
「あぁ、当たり前だろうね。けどそんなの、俺には関係ない話だぜ。欲しいのは標本の愛情。俺は、桐沙に愛情を与える。そして必ず得てみせる。彼女からの、愛情を。」
成哉は、そう言いながらも。
どこか俺と同じ悩みを持っているようだった。
「愛情が分からない。この、苦しみも愛情だろうか?辛い。締め付けるような胸の痛み。理解してあげることのできない自分に対する苛立ち。」
胸の辺りの服を握り締める手が、震える。
「俺と、兄貴は違う。星も違うんだ。理解できなくて当然。それでも愛情を願う。なのに、桐沙との距離は縮まらない。」
矛盾する状況。何が原因かさえ、分からない。
問題解決の糸口も見つからず。それでも、狂うように求める愛情。
得ている。少なからず、俺は朱莉沙から。
成哉も、相手から愛情を受けているに違いない。きっとそうだと、信じたい。
「成哉、俺は」
言葉が続かない俺に、成哉は理解したように微笑んだ。
「兄貴、帰れ。愛の巣があるんだ。教授の願うのが何なのか、俺は知らない。俺達に、この星の法は通用しない。それでも区切られた何かで、俺達の環境は異なるんだ。」
朱莉沙と桐沙の性格の違い。
教授は、何を見ているのだろうか。
帰る場所。朱莉沙の元へ。
軽くなったような気分。その中に不安を残しつつ。
装置を使わず、歩き。
公共の乗り物に揺られ。周りを見る。
この星の人々。違う環境。
朱莉沙の願うものは、何だろう?
俺の愛情。注ぐキスに、心は満たされる。
与えるんじゃなく、俺が得ていただけ?
俺は朱莉沙の愛情を求めながら、俺の愛情を注いではいない?
苦しい。理解できない感情に狂いそうだ。
家に着く。
ドアの前、取っ手に手を伸ばすが開けるのを躊躇する。
【ガチャッ】
【ガンッ】
勢いよくドアが開き、俺の頭に直撃。
痛みより、一瞬どこかへ意識が飛んだ。
「大丈夫?!孝彬が帰ってこないから私。ごめんね。」
朱莉沙は視線を逸らし、どうして良いのか戸惑っているように見える。
「入ろう?俺達の家に。中で話し合おう。今までの事、そして将来の事を。」
震える手を一度、握り締め。開いて、朱莉沙の肩を引き寄せる。
歩調を合わせ、家の中に入る。
テーブルには、俺の好きな物ばかり。
「怒ったのかと……謝りたくて。その。私、分からないことが多いし。聞くタイミングを失ってた。」
時間。その感覚さえ、異なるのだろうか?
共に過ごす時間も同じではない。
「朱莉沙、何でも聞いていい。答えるから。だから、お願い。俺に愛情を頂戴?愛して欲しいんだ。」
抱きしめる手に、力が入らない。震える。
情けない……
「孝彬、あなたの求める愛情は私と同じなの?」
同じなのか?
「俺の求める愛情……朱莉沙、俺は欲しいと願う。朱莉沙を。すべて。どこまでなのか、線の引けない奥深いところまで。知りたいんだ。理解できない痛みも、癒されるような温もりも。」
「それは、私を標本と呼ぶのと、どこまで関係するの?」
どこまで?
言葉に出来ない。もどかしい。
「じゃあ。朱莉沙の求めるのは、何?俺に、何を求める?」
俺達の生活は、始まったばかり。
過ごした数日は、あっと言う間で。意味がなかったわけじゃない。
それでも問題がなかったわけでもない。
表面には出ない内面の重要な欠陥。足りない愛情。埋まらない溝。
「朱莉沙、俺は君を妻に決めたんだ。」
「お父さんが、勝手に決めたんでしょう?」
「一か月、君の家の地下で暮らし、君たちを見ていた。」
そう朱莉沙と妹の桐沙を。そして、選んだ。
二択だったけど、他に選択がなかったわけじゃない。
それでも、魅力的な女性として惹かれたんだ。
「標本って、何?」
標本とは。
「俺の、観察対象。愛しき存在。」
「分からない。理解できない。それは、産まれた星が違うから?あなたに惹かれた。語る知識と、その姿に。初めての感情。勉強が楽しくて、皆のように恋愛を楽しむことは無かった。不器用で、一つにしか融通が利かない。こんなに、取り乱すことも。正常な判断が出来ない状況も無かった。どうすればいい?」
どうすればいいか?
「朱莉沙、俺も分からない。それは星が違うからか、俺だからなのか。朱莉沙、俺の気持ちは君だけが愛しい。それに偽りはない。今は、それじゃダメだろうか?」
そっと、涙を零す彼女を抱きしめる。
「柔らかい。女性は、みんなそうなの?」
「男の人と違うわ。みんなと同じ。」
「そっか。でも、触れたいと思うのは朱莉沙だけだよ?」
俺の言葉に、嬉しそうに微笑む。
【きゅん】
胸に苦しいような、くすぐったいような言い表せない感情。
「朱莉沙、キスしてもいい?」
彼女の頬に、手を添え。顔を近づける。
返事は無い。けど、視線や態度は拒絶を示さない。
【ドキドキ】
脈打つ音が、自分に大きく聞こえる。
目を閉じ気味に、顔を近づけていく。
朱莉沙の目が伏せ気味に、俺を見つめたまま。触れそうな距離。
彼女が目を閉じた。
【ドクン】
急かすような衝動。
柔らかさを感じる程度で、そっと唇に触れた。
息の詰まる思いに、唇から離れる。
朱莉沙が目を開け、笑顔。
愛しい。どうしたら、手に入るんだろう?
力任せにすれば、壊れてしまいそうな身体。触れるのを戸惑う。
「孝彬?」
また不安の表情。
クルクル変化する表情に、一喜一憂。
戸惑い、幸せを感じ。
深い闇を手さぐりで、光だと信じた物にも疑心暗鬼。
簡単に唇に触れ、感情の促すまま。
それでも彼女の拒絶はなかった。
「朱莉沙、俺の事は嫌いじゃない?」
「嫌いだったら、ここにはいない。あなたの考えを、知りたいとも思わない。でも、不安なの。言い表せない感情が私を苦しめる。」
触れたい。思いきり、彼女の存在を実感するように。でも。
「朱莉沙、触れるのが怖い。今まで俺は、どうしていた?」
手が震える。
簡単に壊れるんじゃないだろうか?壊してしまう。きっと、傷つける。
また涙を零し、俺を見てくれないかもしれない。
怖い。冷たいような恐怖に、囚われる!
「孝彬、私に触れるのが怖い?今まで触れていたのは、無意識なの?」
朱莉沙は俺の両腕を捕まえ、必死で問う。
それに答える。
「怖い。君の身体は柔く、壊してしまいそうだ。今まで?無意識じゃない。ただ、教授の情報の通り。自分で考えたわけじゃない。増えた俺の情報。朱莉沙の気持ちや、俺の気持ちさえ今は、すべてに頭がついていかない。戸惑いと不安。怖いんだ。」
泣きそうになる情けなさと、もどかしさ。
こんな俺を、朱莉沙はどう思っただろうか。
「孝彬、私の心が反応する。あなたの愛情を、初めて身近に感じた。嬉しい。ありがとう。」
【チュ】
『愛情を注げば、愛情は増え返ってくるのです』
朱莉沙からの、初めてのキス。
受けた愛情に、想いは膨らんで……




