愛情
何度と繰り返すキスは、いつも同じではない。
自分からのキスも、相手から愛情を受けているのではないかと思う感覚や愛情。
深まる想いは、回数に比例したりしない。
君は、俺の花嫁。
愛情を頂戴。
君を標本に選んだんだ。
俺の愛情は、君に伝わるだろうか。
共に住むけど、どうしていいのか分からない。
彼女の父から、取扱い説明書をもらったが、分厚くて難しい。
その1ページ目は、キスの説明から始まるのだ。
『地球人は、キスで愛情を増やすのです。回数を重ねるごとに、愛情を与えましょう。相手は、メロメロになっちゃうぞ♪その状態を、愛情が深まったと言うのだ。そんな風に深まった愛情は、返ってくる。つまり、相手から愛情を注いでくれるようになるという美味しい特典が!頑張ってくれたまえ。』
恋愛とは、難しい。
環境の似た星。子を作る知識もなく、ここに来た俺達を教授が保護してくれた。
俺達の作るゴミをダイヤと呼び。そんな物と引き換えに。
教授は、何でも協力してくれたのだ。
知識のない俺に、教授は『花嫁の標本』もくれた。
知的な女性。柔らかく、良い匂いがする特別な存在を。
朝。
「孝彬、起きて。学校に遅れるわよ?」
志茂田 孝彬。
この星での生活の為、教授がつけてくれた名。
それは自分を認識する大事なもの。
そして学校生活で、この星の常識を得る。
起こしてくれるのは、俺の花嫁。
俺が愛情を与える相手。観察対象の標本。
森行 朱莉沙。
「朱莉沙……キス、して。」
愛情を何度か注いだら、キスをしてくれると言う。
それは、いつなのかな?
「起きないと、あなたの分のお弁当も大学に持って行くよ?」
言葉を間違えると、どうやら愛情が減るようだ。
「起きるから愛情を注いでも良い?」
寝た状態で甘えてみる。
けれど。
「孝彬。今日、帰ったら話があるの。」
真剣な眼。
何かを訴えるような表情。
「今じゃ、駄目なの?」
「ダメよ、どうして」
朱莉沙は、口を閉ざす。
胸に表現できない重み。痛みなのか、熱さなのか理解できない。
取説にも、書いていない。
俺の理解できない感情。
これも、標本の君が与える愛情だろうか?
「孝彬、私は先に出るから。」
「いってらっしゃい。」
「うん、行ってきます。」
ここは愛の巣。
俺たちはそれぞれ学校に行き、この家に帰ってくる。
会話も増えている。
次の段階に行けるのだろうか?
取説には、事細かに状況例もある。
しかしこれだけ分厚い書物にも書かれていない状況が望む。
俺は、どうすればいいんだろうか。
愛しさ。苦しいような想い。
俺の花嫁、標本。
朱莉沙……
学校に歩いて向かう。
それが地球人の移動手段。
道のりで、出合う女の子達と言葉を交わす。
「好きです!付き合ってください!」
「ごめんね。俺には一人決めた人がいる。その人以外に、想いは抱けない。」
この日本では、一夫一婦制。
朱莉沙以外への想いは不倫。倫理に反する。
誰かに対する愛情を、一人以外にも?
そんな事、出来るはずがない。
だって、彼女一人でも得る情報は果てがない。
研究の結末を知らない俺は、永久に迷い込むのでは?
たどり着く先は、出口?本当の答え?
分からない……
教授は言った。
答えは、俺一人では見つからないと。
朱莉沙、苦しいんだ。この想いは、普通なのかな。
愛情を与えるから、もっと君から頂戴……
授業は理解できる。
理解できないのは、この星の常識。
しかし自分のいた星でも、他に興味を示さず浮いていたと弟が言った。
どちらにしても、欠けている。
常識がないと朱莉沙の愛情は得られない。
休み時間、本に視線を向けて耳は周りに集中する。
耳に入る情報で、状況判断。まずはそこから。
「やあだぁ~、もう!くすくすくす……」
「ふふ。本当に、イヤなの?」
「また、イチャイチャだぜ?」
「うらやましいのか?」
「あれは、ないわよ。」
「見ていないところでやれって話。」
「続かないわよ。彼、他の子にも」
視線を注目の二人に向けた。
皆の視線を受け、中傷を知りつつ取る行動とは?
窓際で、男子生徒のヒザの上。
女子生徒が座って彼の口にキス。
男子生徒の手は、服の中。
視線を戻して、本を睨みつけた。
しかし、目に映る文字は形を成さない。
何だ?目が回るような。頭に上る熱。
心臓がありえない音を響かせ、苦しいような急かされるような感情。
俺は席を立ち、教室を飛び出した。
思い切り走り、止まったような思考の中。
暗闇を抜けるような光。
「孝彬?どうして、大学に?」
気が付けば、手には瞬間移動の装置。汗だくで。
駆られるように、目の前にいる朱莉沙に抱き着いた。
「え?ちょ、どう」
周りを気にしていた朱莉沙。
それでも俺の様子がいつもと違うのを察して。
背中を優しく撫でた。
ほっとする。
胸に留まっていた何かが出るように、息がもれた。
「気分が悪いの?家に帰る?」
今、この温もりを逃したくなくて首を振る。
心配してくれる優しさに、愛情を感じ。
「ここは目立つから。歩ける?移動をしよう?」
促すことにも理由を告げて。優しい声。
誘導する朱莉沙の歩調に合わせ、抱き着いたまま移動した。
「朱莉沙、俺……どうすればいい?」
「孝彬、私も同じ。どうしていいのか分からない。今日、帰ってから話そうと思っていた。あなたは、私の愛情を求める。でも、私にはキスをして。その……それ以上を望まない。あなたは、私を標本だと言ったよね?私は、あなたにとって本当は何?」
キス以上……
「望んでも良い?望めば応えてくれる?俺……」
顔を上げ、視線を朱莉沙に向ける。
考えも想いも、止まったような時間。頭が真っ白。
目に入ったのは。朱莉沙の目に涙があふれて零れ、静かかに流れ落ちていく一筋。
【ズキッ】
心の痛み。
これは、朱莉沙の痛みを感じた?それとも、俺の感情?
「朱莉沙?」
「分からない。あなたの愛情は、私とは違う。あなたは違うのね、私“たち”と。」
突き放されたような。
暗闇に居るような感覚。凍てつくような寒さ。
それも、愛情なのだろうか?
俺が求めたのは。君は観察対象の標本。
花嫁の標本。俺の妻。教授が俺に与えた。
俺は、君に愛情を注ぐ。
注いだ愛情は、返ってくるはず。
俺の愛情が間違っている?
育たない。得られない。愛情を欲しいと願うのに……




