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⑩花嫁の標本~宇宙人の侵略~  作者: 邑 紫貴


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花嫁


森行もりゆき 朱莉沙ありさ

教授の父が在籍する大学に入り2年。単位に必死な人が落ち着き始めた頃。

私の周りに残ったのは、誰もいない。友達を作るチャンスを失った。

こんなところ来るんじゃなかった。

皆の目が違うし。誰も信じられなくなりそうだ。

それでも、やはり自分が選んだ大学。

父に似たんだと、理解する。


そんなある日。

父が講師の依頼をしたのは、どうみても制服姿の高校生。

室内は、異様な空気を醸し出していた。

講義が始まり数分。

心地よい声。語る姿は、誰にも引けを取らない。

眼鏡の奥の切れ長の目は、人を惹きつけ。男の心をも捕らえるかのように、講堂は静か。

私の耳に入るのは、声だけじゃない。目に入るのは、見えるものだけではない。

話す内容に引き込まれ。膨大な知識と、理解しやすい話の構成と展開の速さ。

何て凄いのだろう。

時間は、あっという間に過ぎた。

残った時間は数分。質疑応答……

「はい!恋人はいますか?いないなら、立候補しても良いですか?」

ありきたり。私には興味のない話。

付き合うのが嫌ってわけじゃない。むしろ人並みに恋をして……

「あぁ、ふふ。妻なら、この中にいますよ。」

自分の妄想から、違和感のある言葉で現実に戻され。

幻聴だろうか?これ夢じゃないよね。妻がいるとか、冗談なのかな?

「ね、朱莉沙ありさ?」

……どこの、アリサちゃんでしょう?

周りを見ると全員が私を見ていた。

えぇ~っと、つまり?私……ですか?

「つ、妻ぁ~~?」

父を恨むことは、もう無いと思っていたのに。

絶対に許さない!



頭にきて、父のところに向かう。

「父さん、話が……!?」

いつもサボっている研究室のドアを、勢いよく開けた。

そこには、待っていました。そんな雰囲気の二人。

父と、奴だ……

椅子から立ち、私に微笑む。

【ドキッ】

じゃ、ない!何にときめいているのか。

怒りだった感情を一瞬で塗り替えた何か。私に生じたのは。

【グイッ】

気持ちを整理できず、パニックになった私の手が引かれ。

「は?」

間抜けな声が出た口も。

【ぷにゅ】

塞ぐように……?

何でしょうかね。このフニフニした感触。

目前には、目を閉じた奴の顔がドアップで。

彼の目がそっと開く。

唇が離れたのに、捕らえられるような鋭い視線。

時間が緩やかに流れるようで。私の目は見開いたまま。

顔の距離が離れ、もう感触もなく。記憶の違和感。

感触の記憶が弱まるのに。体に染み込んだように、はっきりと刻まれた何か。

茫然とする私に微笑み、視線を父に向けて。

「……教授。これで、本当に愛情は増えるの?」

今、何て言いましたか。

父は笑顔で、うんうんと何度も頷き。

彼は研究の成果を書き記すように、メモを取る。

『コレデ、ホントウにアイジョウはフエルノ』か?

「なぁあぁ~あぁー!?」

何が自分に起きたのか。

私は、まとまりきらない思考と感情を吐き出すように叫んだ。

一体、何が起きたのか。

唇……さっきのってまさか、キス?……父の前で?

「あぁ、朱莉沙。改めて紹介する。志茂田しもだ 孝彬たかなり君だ。どうだ、孝彬。キスの感想は。地球人の愛情はキスで出来ている。子どもの作り方は、この朱莉沙が教えてくれるからな!あはははは~~……」


……思考停止……


頭が痛い。頭に響くような雑音が私を苦しめる。

地球人?キス?子どもを作る?

デリカシーのない父の声。

キスは、どうだったかの感想を求め。

夢……そうか、これは夢なんだ!

何だぁ~最近、イライラしていたからねぇ。

でなきゃ、勝手に妻とか言われないし。結婚なんて……

【チュウ~】

頭を抱え、現実逃避をしていた私に。

また……今度は吸い付くようなキス。

感触は、きっと枕だ。欲求不満ね。うふふ。早く彼氏でも作らなきゃ♪

脳内はテンション高く。でもどこか冷静で。

奴の顔を押し退け、両手で挟むように叩く。

【バシッ】

「痛い。」

「痛い……」

両頬を押さえる奴は、涙目で私を見つめる。

何故だかわからない。そんな表情で首を傾げた。

仕草や顔は可愛いのだけれど。流されるわけにはいかない。

視線を逸らし、彼を叩いて痛みのある両手を見つめ。

ため息を吐く。

「教授、後どれくらいでメロメロになるの?」

メロメロ?

思わず顔を上げ、何を言っているのか訳が分からず。

「さぁねぇ~?それを研究しながら、子どもを作ればいい。あはははは♪」

この、おやじぃ~~?

これが夢ではなく、残念ながら現実なのだと受け止めて。

「お父さん、話があるの。ちょっと、顔を貸してくれるかな?」

睨んだ私に、静かな声。

笑っていた表情から一変し、授業をしているときのような真剣な視線で。

「朱莉沙、言いたいことは分かる。」

今までと違った雰囲気。

あれ?もしかして。何か、大切な理由が……

「お父さんは、早く孫が見たい!」

…………。

ハヤクマゴガミタイ?そう言いましたか、今。

怒りで体が震える。

「許さない、絶対に許さないからね!」

一瞬でも父を信じようとした私がバカだった。

どうやら夢ではない。結婚も子作りもキスも。

それなら、ここを逃げた方が……

【ガシッ】

肩と手首を掴まれた。逃げ場を失った様です。

恐る恐る視線を向けると。

「くく……ね、標本にしてあげる。俺のキス……君は受ける度に、俺の愛情で変化して。」

年下の彼は、まだ高校生。

標本とか言われて、あやしい研究に捕まった。

しかも、父との会話では宇宙人のような気配。

「嫌ぁあ~~!」

頭はフル回転。

奴から逃げるには、どうすればいいのか。

奴の足を踏みつけ、痛みの隙をついて逃げた。

痛覚が同じなのは、さっきの頬を叩いた時に確認済み。

一時的な解放。逃げ場はないような気がする。

家も危険……しかし家には妹がいる。

妹は、妹だけは私が守らないと!


私は、家に向かって走る。

一刻も早く、妹の元に急がねば。

この時間なら晩御飯の当番で、支度を始めた頃だろう。

のん気に、料理をさせている場合ではない。

母さん……どうして父さんと結婚したの?

私達を置いて死んじゃうなんて。

うわぁ~ん!許さない~~。絶対に、許さないんだから!

私や妹だけで、幸せに暮らしてやるー。



家に着き。息切れを何とか整えつつ。

桐沙きりさ!いる~?……どこに居るの、返事して!今すぐ……?!」

二人を置いて、走ってきたはずなのに。

二人がリビングで寛いで、お茶を飲んでいた。

「……な、なぁ?」

何故なのか理解できないけれど。

今は、それよりも桐沙が優先だ。

台所を見渡し、他の部屋も探すけれど見つからない。

立ち尽くす私に近づいて。

無邪気な微笑み。

「桐沙は、弟と一緒だよ?」

「ぎゃぁあー!弟?桐沙と一緒って何?返して!あの子だけは私が……」

必死で問い詰める。

首を絞めるように、服を掴んで揺らして。

「ふふ……積極的だね♪」

【チュッ】

……また、キス。したのか、コイツゥ~?

怒りで震える。

我慢の限界。

突き放すように服を手から離し。

距離をとって、唇を拭う。

「いい?地球人は、愛情をキスで増やさない!何度もされると、慣れちゃうんだから!へっ!もう、愛情どころか……メ、メロメロどころか。飽きちゃったわよ!」

自分でも何を言っているのか。

ただ言葉を吐き出して。踏ん反り、睨んでやる!

すると。何をどう受け取ったのか。

何かを探し始め、手に取った本を開きながら。

小さな独り言を始める。

「ちょっと待ってね?……てことは、次のステップOKってこと?くふふ……何だ、標本が良いのかな?愛情は案外、簡単か。次のキスは……」

ブツブツと、分厚い本を次々に捲り。

「次のキスは……っと。これかな。」

真面目に読み込んで、私を無視。

その分厚い本は、私の何でしょう?

ずっとキスの事を考えているのだけは分かる。

茫然と見つめる私に、父が声をかけてきた。

「そうだ、朱莉沙。家が決まったから荷物も送っているよ?」

私に追い打ちをかけるような父のセリフ。

視線を向けると、腹が立つほどのニヤけた微笑み。

ずっと、そんな顔で私たちを見ていたのだろうか?

「家?荷物?」

当然、とぼけたつもりはない。

会話の流れを読めば、そうなんだろうけど認めたくはない。

現実逃避くらい、許してほしい。

それなのに追撃の容赦ない言葉。

「新居だよ♪結婚したんだ。子作りを、ここでは……ねぇ?くすす……」

駄目だ。何かが、行き止まりの崖っぷち。

嫌な汗が流れる。

「さて、朱莉沙?次に行っても良いよね?俺の花嫁……愛情を育てよう?キスで、俺にも愛情を頂戴。愛情が増えると、君からもキスをくれるんだよね?」

何?何か、色気?甘い囁き?

私に詰め寄り、期待のような眼差し。

私を崖に突き落す気なの?

戻れない後一歩で、逃げ場を……逃げきゃ、私も……

「い、一週間待って!そう、待って欲しいの。私にも、その……準備と言うか。心の……」

視線をさ迷わせ、何とか言いくるめないと。

言葉を探し、逃げ道を探す。

「何を待つの?キス?一緒に住むこと?子作り?」

さら距離を詰め、上から圧力をかけるような視線。

恥ずかしげもなく、私の言っていることが信じられないかのような質問攻め。

「全部!」

「却下!俺の花嫁、標本に拒否権なんかない。じゃあ教授、約束通り頂いていくね?」

全拒否の私に、自分の異論をぶつけ。

奴が私の手を握ったと同時。体が浮いたような感覚が一瞬。

不思議な違和感に目を閉じた。


「朱莉沙……目を開けて、愛の巣に着いたよ?さ、次のステップにいこう……」

握る手が熱く、力の入っているのが分かる。

こいつも、なにか必死な気がする……?

目を開けて、声のする方に視線を向けた。

視界に入るのは、さっきまでいた家ではなく。見覚えのない部屋。

「……どこ、ここ?」

「だから愛の巣だよ。教授が準備してくれたんだ。俺達の結婚祝いに。ね、キスをしよう?」

結婚祝いに。愛の巣。

新居に荷物は送ったよって言っていたな~、確か。ふふふ。

いよいよ逃げ場を失った?

胸がドキドキする。これは。

嘘だ。キスで、愛情なんか育つものか!

これは吊り橋効果に違いない。

きっと……動転して、思考回路がショートしているに違いない。

「ねぇ?逃げないってことは、良い?」

逃げていない?違う。足が動かない。

怖い?違う……

首を必死で振った。

頬に、優しく手が添えられる。

【ビクッ】

「……嫌?」

傷ついたような悲しそうな表情。

ずるい。こんな混乱に、悪意などないような優しさ。温もり。

「嫌なら、逃げて。」

顎を支えるように、指が私の顔を上に向け。

真剣な視線を注がれる。

気づかなかったけれど。講義の時にしていた眼鏡、普段はしていないのかな。

それでわからなかったのか、近くだから分かるのか。

目が紺色に近い黒。引き込まれるような瞳。

目が逸らせず。近づく顔。唇が掠るように触れ……

違う、駄目だ。愛情じゃない……

軽く重ねるようなキス。視線を受けたまま。

切れ長なのに鋭さはなく。目をだんだん細め。

顔の角度を変え、深く求めるようなキスに変わって。

私はゆっくり目を閉じた。


記憶に刻まれた何か。

彼の話した知識。尊敬のような一時。

惹かれる要素があった。

皆を引き込む魅力的な容姿に、声……

それに甘さが加わって愛を囁く。

落ちる……そんな感覚。

キスを受け入れたのは愛情?増えている?


「…んっ…んん?ん~~~~~~!」

自分の舌に、絡む生ぬるく柔らかい何か!

抵抗をして、解放された時には。

また身体に刻まれる記憶。

「次のステップは……はぁ……興奮する。このまま欲望に促されて、君を求めても良いかな?」

「ダメ!まだ無理!うわぁ~~ん!」

両手を掴まれ、逃げ道のない愛の巣。

心惹かれ、突き刺さるような視線を逸らすことも出来ず。

甘い声で、愛情が欲しいと私に求めて。

「俺の花嫁、愛情を頂戴?君は標本……大事にするから、俺の子を産んでよ♪ね?」


私は花嫁の標本……






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