「捨てないで」
クリシュナはゆっくりと目を開ける。
部屋は静かで……アイラの姿はなかった。
「はぁ……助かった。」
彼は心の中で呟く。
「今日は本当に殺されるかと思った。
どうしてあいつ、時々ああなるんだ……
たまに完全にサイコパスみたいになる。」
その時――
ドアが開く音が響く。
クリシュナの心臓が強く跳ねる。
「ま、まさか……アイラが戻ってきた?
それとも……全部聞かれた?」
彼は息を殺し、ドアの方をそっと覗く。
そこに立っていたのは――ヴィシュヌだった。
少し安堵するが、すぐに苛立った声で言う。
「おい……なんでそんなにコソコソ見てるんだ?
それに、まさか……全部聞いてたんじゃないだろうな?」
ヴィシュヌは冷静に答える。
「もし聞いてたら、どうする?
お前に何ができる?」
クリシュナは鋭い目で睨む。
「調子に乗るな。
忘れるな……俺はお前の未来だ。
頭も力も、お前より俺の方が上だ。
身の程を知れ。」
ヴィシュヌは軽く笑う。
「はいはい、分かってるよ。言われなくても。」
少し沈黙が流れ、クリシュナは話題を変える。
「……で、大学の初日はどうだった?
問題なかったか?」
ヴィシュヌの顔が一気に明るくなる。
「兄貴、最高だったよ!
あんな大学、俺たちの時代にはなかった。」
クリシュナは微かに笑う。
「本当か?」
「うん、本当。」
クリシュナは少しだけ真剣な表情になる。
「でも……俺は大学を最後まで通えなかった。」
ヴィシュヌは驚く。
「どうして?」
クリシュナが答えようとした、その瞬間――
アイラが部屋に入ってくる。
彼女は、クリシュナが起きているのを確認すると、
ヴィシュヌに向かって言う。
「もういいわ。
ここから出ていって。
私、クリシュナと話があるの。」
ヴィシュヌは冗談めかして言う。
「はいはい……まるで夫婦だな。」
そう言って部屋を出ていく。
アイラは静かに、クリシュナの元へ近づく。
彼女の目にあるのは怒りではない――
恐怖と不安だった。
「クリシュナ……」
「私に、何か足りないところがある?」
「それとも……まだ前と同じように話してるから?」
少し間を置いて、彼女は言う。
「……ごめんなさい。
でも、そう感じてしまうの。」
クリシュナはすぐに答える。
「俺、そんなこと一度も言ってない。」
アイラの声が震える。
「でも……あなたは、前みたいに話してくれない。」
「一緒に過ごす時間も減った。」
「私の話、全然聞いてくれない……」
彼女はさらに一歩近づく。
「もし何か欲しいなら、言って。」
「私は……何でもあげる。」
彼女の瞳が深く、暗くなる。
「でも、無視したり……
私を捨てるなんて、考えないで。」
クリシュナは低い声で言う。
「俺は……そんなこと、考えたこともない。」
アイラはすぐに言い返す。
「だったら……約束して。」
「あなたが欲しいものは、全部あげる。」
「だから……」
「私を置いて行かないで。」
部屋は静まり返る。
その沈黙の中で――
アイラの恐怖だけが、はっきりと残っていた。




