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忘れ草

「それは以前、他の者に聞いた記録じゃ」


 私は、リトッシュがこの井戸へ来て記憶を失った話を思い出していた。私達もこの後、記憶を消されてしまうのだろうか。


「もしかして――」


「ああ、リトッシュだろうな」


 気がつけば、足下が光っていた。転移魔術陣が地面に描かれていると思った時には遅かった。


「時間じゃ。ある程度時間が経つと、自動的に魔術陣が発動するようになっている。ここは空気が薄いからの」


「ここへ来た者の記憶を消しているんですか?」


「はて? わしは、そんなことは……」


 セルスが何か言いかけた瞬間、私達は森の中にいた。学校の校舎が近くに見えるので、森の中を少し歩けば学園へ着く距離だった。


「学園長の結界の中ですかね? リトッシュ様は、なぜ記憶をなくしてしまったのでしょう?」


「分からないな……」


 その理由は、殿下の後ろにあった。殿下の後ろには、たくさんのオレンジの花が咲いていた――この世界には、忘れ(そう)という植物がある。見た目はホオズキのような形をしていて、開花時期になると花のように開き、近くにいた者の記憶を一部捕食するという。国内では栽培禁止となっているが、ここに咲いているのは、おそらく自生しているものなのだろう。


「もしかして忘れ草?」


「リトッシュは、これにやられたのか。忘れ草が開く前に、ここから移動しよう」


「そうですね、行きましょう」


 フィリップがそう言った瞬間、フィリップの後ろにある忘れ草が、弾けるように開いた。


「うっ……」


「フィリップ様!」


「殿下、申し訳ありません」


 フィリップは眠るようにして倒れてしまった。記憶を奪われた後は、どうやら眠ってしまうらしい。


「殿下……」


「不味いなこれは――三人ともやられたら、目も当てられない。レイラ、走れるか? 私はフィリップを担いで行くから、レイラは先に戻って、このことを伝えて欲しい。もし私が戻らなければ、理事長に言って迎えを寄こすように」


「分かりました」


 私は数百メートル先の校舎を目指して走り出した。途中で何度も木の根っこに躓きそうになりながら走り続けていると、森の茂みを抜けた先に、忘れ草が現れた。目の前で花が開きそうになった瞬間、私はしゃがみながら魔術を発動した。


「ウォールプロテクション!」


 間一髪の所で、私は土壁を作るとその影に身を潜めた。


「ディレイト」


 忘れ草の効果が完全に消え去った頃を見計らって、私は土壁を元に戻す土魔術を使用した──やっとの事で校舎近くにある井戸へ辿り着くと、生徒は帰ってしまったのか、校内は静まりかえっていた。理事長室へ報告へ行こうか迷っていると、森の茂みからフリップを背負った殿下が現れた。


「ラインハルト様! ご無事でしたか」


「レイラは大丈夫だった?」


「はい。一度、忘れ草に遭遇しましたが土魔術で、やり過ごしましたわ」


「眠っているフィリップを保健室へ運んで、理事長室へ報告に行かないとな」


「はい」




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