いい匂い
次の日の朝になって教室へ顔を出すと、教室内は昨日の球技大会の話題で持ちきりだった。一番活躍したリトッシュの姿が見えなくて気になったが、コンラッドが話し始めると教室内は騒然となった。
「普通クラスで、特進クラスが違反したって言い出した人がいたんだ」
「違反って紙のこと?」
「ああ。細工して勝とうだなんて、卑怯だって言って。つまり、あれが無ければ自分たちが優勝したって言いたいのさ」
アイラはコンラッドの前まで来ると、背筋を伸ばして言った。
「文句があるなら、その時に言うべきよ。引き分けになってから言うなんて卑怯でしょ」
「僕もそう言ったんだ。オリバ先生も練習で見て知っていたし、競技大会のルールには抵触してないと言ったんだ。そしたら、他の人にも言いふらしているみたいで、騒ぎになってる」
「そんなに勝ち負けに、こだわる必要がある?」
「彼らにとって、僕たちに勝てるのは球技大会くらいなんだろ? いくら学園内は平等って言っても、貴族と平民じゃ身分に差があるからね」
「それで、普通クラスの子達が満足するなら、勝ちを譲ってあげてもいいんじゃない?」
「ミーア! なんてこと言うのよ。欲しいから上げるなんて事をしたら、示しがつかないじゃない」
「アイラ様、誰に示しをつけるのですか?」
「誰って、みんなによ。文句を言えば、何でも思い通りになるって、思われても困るし……」
「困るのは誰ですか?」
「ミーア、その辺にしてあげて。貴族には矜持があるのよ。アイラ様の曲がったことは許せないみたいな性格も、あるかもしれないど」
「とにかく、このあと課外授業もあるだろ? 余計な波風は立てたくないよな」
あと一週間もすれば、実習が始まる。国の機関では無いが、仕立屋や工房の見学は、貴族の令息や令嬢が行けば、私達に気を使うだろう。けれど、就職するのは大抵が平民だ。彼らのプライドを刺激することなく、学園で生活するのは、それなりに骨が折れることだと思った。
「ミーア、何だか良い匂いがするね。何かつけてる?」
それまで、教室の端にいて話を聞いていたコンラッドは、私達の前まで来るとそう言った。
「コンラッド様? いいえ、何もつけていませんわ」
「コンラッド様? ミーアには婚約者がいるんですの。その辺にしておいてくださる?」
「すまない。何だかその匂いを嗅いでいると、おかしくなりそうだったんだ」
「おかしく――え?」
コンラッドが、戸惑いながらも匂いの話をしていると、教室の扉が開く音がした。
「どうしたのですか? 予鈴は鳴っていますよ。皆さん、席についてください」
その時オリバ先生が教室に入ってきて、その話はそれっきりになってしまった。そして、そのまま授業が始まったのだった。




