身代わり
彼女がそう言った瞬間、閃くものがあった。なぜ、彼女がそのように感じているのか。なぜ死のうとしているのか。なぜ涙を流しているのか。私はゲームの内容や前世のことは言わずに、ただ彼女の話に耳を傾けていた。
「だってここは、ゲームの世界なんだもの……」
(やっぱり、転生者なのね)
私は自分自身が転生者であることを言い出せないまま、彼女の次の言葉を待った。
「もう私は終わりだわ……」
悲しみに暮れる彼女の様子を見て、どうするべきか迷った。このまま、何も知らないふりをして、彼女を励ましつつ、彼女を側仕えの元まで送り届けるか。それとも、彼女に自分も転生者であることを話して、一緒に困難を乗り越えるべきか。
「お嬢様! こちらにいらしたのですか。ラインハルト王太子殿下の誕生日パーティーが始まってしまいます。ご存じの通り、王太子殿下の隣には公爵令嬢であるアイラ様がいなくてはなりません。すぐに支度を――ベイン、ベインいる? お嬢様がいらしたわ」
さっきのメイドが呼びに行ったのか、アイラの侍女がやって来た。バルコニーの向かいの部屋は、アイラの部屋だったようで、部屋から駆けて来た彼女の視界に入る前に、私はバルコニーの扉の影に身を隠した。戸の隙間から、そっと彼女の様子を覗き見ると、彼女は毅然とした態度で侍女へ言った。
「コリアンナ、この先の事を考えていたの。すぐに行くわ、先に行っててちょうだい」
「承知いたしました」
侍女は踵を返すと、バルコニーを出て行った。私は扉の影から顔を出すと、彼女へ言った。
「いいの? パーティーに出席して」
「よくないわ。王太子殿下の誕生パーティーで、殿下との婚約が発表されれば、私は終わりなんだもの。ゲームでは、どのルートを選択しても、成人する前に断罪されて死刑になってしまう」
「死刑?」
「……」
確かにラブメのストーリーでは、『ざまぁ』展開が多かったので、悪役令嬢はほとんどのストーリーで断罪されていた。けれど、死刑ばかりのストーリーではなかったはずだ。
「アイラ様。未来はまだ決まっておりません。死なない未来だって、きっと選べますよ」
「それは、あなたがアイラじゃないから言えるのよ。死を宣告された人間の気持ちがわかる?」
それは痛いほど、よくわかっていた。私は前世で病気を患い亡くなっていた。何度も入退院を繰り返し、大学に合格して通い始めて――数日で、再び入院することになってしまったのだ。
私には、その後の記憶がない。だから、入院した後に私は死んでしまったのだろう。
「分かりません。ですが、死を悲観して嘆くより、前を向いて生きていた方が、よりよい人生を送れるでしょう」
前世の記憶があるから言える言葉だ。8才の私が言っても説得力に欠けるだろう。そう思った時、声が聞こえた。
「アイラ様――」
侍女がアイラ様の名を呼びながら再び戻って来ていた。私は身を隠そうと再び扉の影に身を潜めようとした──けれど、彼女に腕を引っ張られ、身を潜めるどころか、前によろめいて倒れそうになっていた。
「アイラ様?」
「え? アイラ様?」
戻ってきた侍女は私の様子を見て、怪訝な顔をしていた。隣を見ればアイラの姿はなく、後ろにある扉の隙間から金色の瞳だけが、こちらを覗いているのが見えた。
「あ……」
「行きますよ」
「え? ちょっと待って。私は──アイラ様!」
「何を仰っているのです? アイラ様」
「アー、アイラ様ー!」
「ご自分のお名前を叫ぶのは止めてください」
私は侍女に鷲摑みにされると、何処か別の場所へ連れていかれたのだった。




