三人目の攻略対象者
「えっ? また?」
殿下の体調も良くなり、そろそろ領地に帰らせて貰おうと暇を願い出たが、認められなかった。そんな状態が三週間続いていた。
「殿下の婚約者なのですよ。城でやるべき事は、たくさんあるでしょう?」
オリバ先生のマナーやダンスにもっと励みなさいという小言は、いいかげん聞き飽きていた。私は婚約破棄されるために動いているのだから、色々と察して欲しい――いや、無理か。
「図書館へ行って来ます」
「今日は休日なのですから、殿下と遊びに行ったらどうですか?」
「いえ、殿下もお忙しいでしょうから。いくら婚約者とはいえ、殿下に8才の女の子の相手をしている暇はないでしょう。そのうち、外国の王女と婚約話でも、持ち上がるかもしれません」
「どうしたら、そんな冷めた8才になれるのですか。あなたが不安になる気持ちは分かりますが、それはありませんよ。もっと、殿下を信じてみては、いかがですか」
「いえ、私は殿下のことを信じています。それなりに──婚約者として信じているかと聞かれれば、即答は出来ませんが。それに、殿下とはあまり話したこともありませんし」
「だったら……」
「申し訳ありません。必要のないことには時間を割かない主義なんです」
「レイラ様?!」
私は踵を返すと王立図書館へ向かった。王宮とは別の建物になるが、渡り廊下で図書館と繋がっていて、外に出なくても城の中から行ける図書館だった。
「おっ……」
「すみません」
「え?」
図書館へ行く途中――考え事をしながら歩いていて、前を見ていなかった。渡り廊下の少し手前にある曲がり角でぶつかりそうになって立ち止まると、反対側から来た少年に、ぶつかりそうになった。赤い髪に黒い瞳をしたその少年は、私を見ると目を瞠った。
「まさか?! カルロスJrではありませんか?」
「おや、有名人と会ったと思ったのは、私だけではなかったようですね」
彼もまたゲームの中で攻略対象者の一人である。私と同い年の設定だったから、たぶんまだ8才なのだろう。自分の身長と変わらない少年に出会って、何故か急に親近感が湧いていた。
「私のことを、ご存じで?」
「もちろんですよ、未来の王太子妃であるレイラ様」
「なんで、みんな知ってるのよ」
「何でって――有名な話ですよ。パーティーの時、殿下を救ったとか、具合の悪い殿下を治癒魔術で救ったとか」
「ええ?」
「一部の者は、聖女の再来だと、騒いでおります」
ゲームにはない設定だが、大昔に光魔術を使う伝説みたいな人がいたと聞いている。歴史学では、疲弊した1000人の兵を一度の魔術で全て回復させたという伝説の人だ。そんな桁外れの人物と私を比べないで欲しい。
「そんな、大げさな。たいした魔術が使えるわけでもないのに」
「否定は、なさらないのですね」
「否定して、おさまる噂でもないでしょう?」
「それも、そうですね」
「そのうち、もっとすごい光魔術を使える人が現れるわ」
「何だか、知ってるような口ぶりですね」
「知らないわ――ただ、そんな気がするだけ」
「……」
私がそう言うと、彼は困ったように黒い瞳を揺らしていた。彼が手にしていた本の内容が気になった私は、本のタイトルに視線を移した。本の背表紙には『剣と剣聖』の文字が見える。
「図書館で借りた本は、剣の本ですの? 珍しいですわね」
「ああ。型とか体捌きについて書かれている本なんだ。挿絵もあって、分かりやすいだろうからって、父上が」
「勉強熱心なんですね」
「鏡を見て練習するんだ。まだ型がなってないから──そういうレイラ様は?」
「私は歴史書を探そうと思って」
「休みの日に?」
「休みの日に」
私が休みって、どうして知っているのだろうと首を傾げると、彼は笑っていた。
「昨日、殿下が珍しく騒いでいたから、知ってるんだ。レイラ様と休みが一緒だって」




