村から歩いて来た聖女
次の日の朝早く、私はミーアの部屋を訪れていた。貴族の訪問前の挨拶状は三日前に届ける決まりだったが、平民である彼女には関係ないだろう。彼女は朝食の途中だったのか、口いっぱいにサンドイッチを頬張ってこちらを見上げていた。
「あ、あなたは?!」
「ごめんなさい、食事中だったのね。また来るわ」
口に頬張りながらしゃべっている彼女に、何とも言えずに退出しようとした私を見て、彼女は慌てていた。
「ま、待って。もう終わるの。私、今日中に村へ帰りたいから、用があるのなら、今お願いします、お貴族様」
彼女には、それが精一杯なのだろう。たどたどしい敬語を使うと、手にしていたサンドイッチを再び口に詰め込み、椅子から下りると臣下の礼をした。
「用って程でもないんだけど……」
私は雑談でもしながら、転生者ではないか、それとなく探りを入れたかったのだ。切羽詰まった様子の彼女に、今度は私が慌てた。
「この間来ていただいた時とは、ずいぶん雰囲気が違うのですね。あなたが来てくれないと死んじゃう――とか言ってたのに」
「まさか、それじゃ聖女っていうのは……」
「あなたが、そう言ったんじゃないですか。お貴族様」
「待って。私はアイラじゃないの」
「もしかして、もしかしなくても双子?」
「もしかしなくても、双子じゃないわ」
「じゃあ、なんであんなこと言ったのよ」
訳が分からなくて苛立つ彼女の肩へ、私は手を置くと言った。
「ミーア、私はアイラじゃなくてレイラと言います。私達の事情に巻き込んでしまって、ごめんなさい」
「え? ええ……」
急な謝罪にミーアは、鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をしていた。私を見つめると何かを考えるように首を傾げた。
「もしかして、あなたも騙されたの?」
「少し解釈が違うけど、だいたい合ってるわ」
「わたし、王子様の婚約者になれるって聞いたから、棚からぼた餅だと思って村から頑張って歩いてきたのに」
「わたしも色々と残念だわ。そうだわ、あなた光魔術が使えるって聞いたけど……」
聞いたっていうのは嘘だけど、ゲームで得た知識を迂闊に話せない私は、アイラから聞いたと装って、何とか話を聞き出せないかと思っていた。
「光魔術? 何ですかそれ……。ああ、そういえば、この間来た、あなたによく似たお貴族様。ええと、アイラ様ですか? その人が、王子様に会えば治癒魔術を使えるようになるからって、言ってましたね。全然だめでしたけど」
それは、私が聖女が城へ着く前に、私が光魔術を使ってしまったせいだろうか──もしくは、聖女の力の発現時期は決まっているのかもしれない。
「でも、王子様には婚約者がいらっしゃったんですね」
「え? 何で知ってるの?」
「さっき、使用人の方にお聞きしました。アイラ様は、何であんなことしたのでしょう? あてつけですかね」
「8才なのに難しい言葉を知ってるのね」
「あなた様に言われたくないです。同い年か、年下じゃないですか?」
「これ、言い過ぎですよ」
部屋付きのメイドに窘められ、ミーアは舌を出してごめんなさいと謝っていた。けれど、悪いことをしていないと思っているのか、完全に口先だけの謝罪だった。




