第四話 才能ゼロからのプロデュース
その日の深夜。
子どもたちが寝静まった孤児院の廊下、レンの部屋から魔法の光が漏れ出ていた。
白く淡い光の下、レンとアリスが向かい合っている。
だが、二人の表情は対照的だった。
満足げに腕を組み、うっとりするレン。
その視線の先――鏡の前に立つアリスは、ぎこちない笑みを貼りつけたまま、完全にフリーズしていた。
「……よし。完璧だ。流石俺、センスの塊だな」
「…………」
彼女の身にまとうのは、いつもの清楚な修道服――ではない。
レンが勝手に“改造”した、肌色過多なゴスロリ衣装である。
袖は肩口までざっくりと切り落とされ、
スカートはあと数センチで検閲に引っかかるギリギリ仕様。
腹部は大きくカットされ、柔らかなへそまでバッチリ拝める。
そして胸元には、アリスの象徴だったベールが――巨大なリボンに作り替えられていた。
「な、なななっ……なんですかこれ!? わ、私の服、私のベールがぁっ!?」
絶叫するアリスをよそに、レンはひとり恍惚の表情で呟く。
「白銀の聖女×腹出しゴスロリ……完成してしまったな……。これはもう、“運命のデザイン”だ……売れる、絶対に売れるぞ……!」
完全に自分の世界に入ったレンは、うんうんと満足げに頷いていた。
アリスは恥ずかしさのあまり顔を真っ赤にして、
その場にしゃがみこんだ。
「や、やだ……聖職者がこんなの着れないです!」
「知らん。お前に拒否権はない。やるって言ったからには最後まで付き合ってもらう」
情けも容赦もないその言い方は、まさに魔王そのものだった。
レンはニヤリと笑い、さらに続ける。
「子どもたちに、少しでもいい生活をさせてやりたいんだろ?みんなに希望を与えたいんだろ?」
「……せ、せめて……お腹だけでも、隠しちゃダメですか……?」
「甘えんな!へそを見せられねぇ奴が、アイドルやるな!その甘えた根性から叩き直してやる!」
レンはがばっとアリスの腕を掴み、ぐいっと引き起こした。
最初は抵抗していたアリスも、彼の本気の目にしぶしぶ立ち上がる。
せめてもの抵抗とばかりに、必死に服の裾を引っ張り、露出を最小限にしようと足掻いていた。
「――よし。まずは歌の練習だ。曲は俺が速攻でつくるが……基礎がなけりゃ話にならん。何でもいい、知ってる歌を歌え」
「は……はいっ……!」
アリスは胸に手を当て、深く息を吸うと――
「あ゛〜゛あ゛ぁ゛⤴〜゛わ゛れ゛ら゛〜゛し゛ゅ゛〜゛よ゛゛〜゛ぉ゛」
「――ストォーーップッ!!」
バン!と手を叩き、レンが静止した。
「おい、それ本気か!? ふざけてんのか!?」
「えっ!? 本気で歌いましたけど……久しぶりだからかな?もしかして音外れてました?」
アリスは喉を押さえ、きょとんと首をかしげる。
(ちょっとじゃねぇ!音程もリズムも声量も、全部無視してたぞ……)
「……いい。とにかく最後まで歌ってみろ」
アリスは、気を取り直してもう一度歌い始めた――
しかし音程はあさっての方向へ、リズムは独自のテンポで進み、声はガビガビ。
レンは頭を抱えた。
(……マジか。想像の数倍壊滅的だ。これを売り出すとか、流石に無謀か?)
歌い終えたアリスが、にこっと照れ笑いを浮かべる。
「どうでしたか? 主への敬意をたっぷり込めたんですけど……ちゃんと届きましたよね?」
「届くかボケ!!」
叫んだ瞬間、レンの腕輪がピカッと光る。
「えっ?」
ビリリリリッ!!
電撃がレンを直撃し、彼は床を転げ回った。
「だ、大丈夫ですか……!?」
「……ああ、だいぶ慣れてきた……それより――」
ふらふらと立ち上がったレンは、天井をにらみつけて叫ぶ。
「おいクソ女神! いくらなんでも厳しすぎるだろ!!ツッコミ入れただけで即電撃って、どうやってレッスンしろってんだよ!?お前がやれって言うから、仕方なく……ぎゃあああああああ!!」
ビッカァァァァン!!
さっきより明らかに強烈な電撃が彼を貫く。
レンはその場で白目を剥き、ビリビリと痙攣していた。
アリスはそっと半歩だけ距離を取ると、小声で祈るように呟いた。
「……かっ……神のご加護があらんことを……」
心配よりも、どうしても“近寄りたくない本能”が勝っていた。
「……くそ……」
片膝をつきながら、レンはよろよろと立ち上がった。
「……もういい……次、ダンスだ。俺の真似して足踏みしろ。いくぞ。右、左、右、左――」
「右、左、右、……きゃっ!?」
ガッシャーン!!
アリスは自分の足に引っかかって、見事に顔面から床へ突っ込んだ。
胸元のリボンがふわりと宙を舞い、床に落ちた。
「……お前、今、同じ足二回出しただろ」
「ご、ごめんなさい……!頭では、ちゃんと理解してたんですけど……」
「頭で理解してるやつは、顔面から落ちたりしないんだよこのバ――……カじゃない。バカじゃないです、天才です。」
喉まで出かかった本音を、プロの笑顔で塗り潰すレン。
「……逆に怖いんですけど!?」
アリスが後ずさる。
(にしても……“歌と踊りは少しはできます”って言ってたよな。 ……この世界ならこれが普通なのか?でもまあ――)
レンは口元を引き締めた。
(売り方は、ひとつじゃない。素材は最悪でも、光らせるのがプロってもんだ)
「アリス。お前のステータス、見せてくれ」
「えっ!?」
「今後の方向性を決めるためにも、何ができるかは知っておきたい。……ほら」
「そんな……私のなんて、見ても意味ありません。普通ですから……」
「いいから早くしろ。もっと露出の多い衣装にしてもいいんだぞ?」
「うっ……!」
その圧に観念したアリスは呟いた。
「……ステータス、オープン……」
淡い光と共に、空中に半透明のウィンドウが浮かび上がる。
―――――――――――――
名前:アリス・スチュワート(17)(人間)
職業:聖職者
魔法適性:水魔法・回復魔法・光魔法
戦闘能力:レベル4
特記事項:音感:×/運動能力:×/
―――――――――――――
「……」
レンが、ゆっくりと、無言でアリスをにらみつける。
彼女は、明後日の方向を見つめていた。
「ア〜リ〜ス〜……これは、どういうことか、説明してもらおうかぁ?」
「うっ……」
「言ったよな。“歌も踊りもちょっとだけならできる”って!!」
「だって……あの子たちにだけは、自慢のシスターでいたかったんです……!
歌も踊りもヘタだったら、幻滅される気がして……あがら……ほっぺを……つねはなひへふらはい!!」
レンの堪忍袋が、ぷっつりと切れた。
アリスの頬をぐいっとつかみ、右へ左へと引っ張り回す。
「この嘘つきシスターがぁ……!」
「こ……こへんなはい!」
「……はぁ」
ため息がこぼれる。
(マジで、なにもかもが噛み合わねぇ……。いっそ、代わりのやつを――いや、それはない)
あの夕暮れの中、風にベールを飛ばされた彼女が見せた“あの瞬間の輝き”。
あれが、彼の脳裏から、どうしても消えなかった。
(歌や踊りは、練習すりゃあ上手くなる。でも、人を惹きつける魅力だけは作れねぇ)
(こんな素材、元の世界でもいなかった。今が最底辺なら、引き上げてやればいい。むしろプロデューサー冥利につきるな)
「なあ、このステータスって……今がダメなだけで、練習すれば変わってくるんだよな?」
「……はい。たぶん。あくまでも、“現時点”の評価ですから」
「なら――とにかく、練習あるのみだ。覚悟しろよ。泣いても、逃がさねぇからな」
「……ええ」
目をギラギラと輝かせるレンとは対照的に、 アリスの顔は後悔でいっぱいだった。