表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

3/5

第三話 アイドルで世界を救う

昼下がりの陽射しが、村の石畳をやわらかく照らしていた。

レンとアリスは、その中を並んで歩いている。


風に揺れる洗濯物、煙突からのぼる細い煙。

一見すれば、穏やかな暮らしがここにあるように見えた。

だが――レンには違和感があった、


(……静かすぎる)


「市場って、もうすぐなんだよな?」


「はい。すぐそこですよ」


「にしては……人の声が全然しなくねえか」


通りに人影はある。

だが、すれ違う誰もが俯き、彼らと目を合わせようとしない。

話し声も、笑い声もない。


アリスは歩みを緩め、そっとつぶやいた。


「この村は王国の最西端にあります。

土地は痩せ、支援は途絶え……村の人みんな“生きる”だけで手一杯なんです」


「……」


やがて市場に出たが、そこも同様だった。

露店がぽつぽつと並び、干し肉、痩せた野菜、古びた魔道具が雑然と置かれている。

だが、どこにも活気がない。


呼び込みの声はなく、人々は黙って物を選び、黙って硬貨を置き、黙って去っていく。


「……つまんねーな」


その言葉に、アリスは「えっ」と目を丸くする。


だがレンは、呆れでも批判でもなく、ただ淡々と感想を述べただけだった。


(誰も何も楽しんでねぇ。ただ死なないために生きてるだけ――)


かつて芸能界という華やかな世界で生きてきた彼にとって、この世界はあまりに味気なかく、色を失ったように見えた。


「傭兵団でも来てくれれば、少しは違うんですけどね……」


「傭兵団?」


「はい。魔王軍のが各地で暴れ回っていて、王国の騎士団だけでは手が足りないんです。最近は、傭兵のほうが柔軟に動けるって、重宝されてるみたいで」


(なるほどな。フリーランスの戦士ってわけか)


「でも、報酬も高いですし、こんな辺境にはなかなか来ないんですよ」


「なるほど……金に困ったら傭兵団って手もあるんだな……」


レンがポツリと呟く。


「あっ、ちなみに、入るにはその……いろんな攻撃魔法や回復魔法が一通り使えるとか……あと剣技がすごいとか、いろいろ求められるらしいですよ」


「あぁ?俺が行くのは無理って遠回しに言ってんのか?」


「い、いえいえ、そんなことは……たぶん」


アリスは気まずそうに、明後日の方を向いている。


(こいつ…ちょいちょい失礼なこと言ってくるんだよな)


彼女は逃げるように「晩ごはん、買ってきますね」とつげると露店のほうへ向かっていった。


店主が手を挙げる。

アリスは、この村では慕われているようだ。


レンは石垣に腰を下ろし、ぼんやりと周囲を眺めた。


ふと視界に映ったのは、生活に溶け込んだ魔法の光景だった。


風魔法で店先のほこりを払う老婆。

光の球を浮かべ、商品を照らす若い女性。


(魔法が、こんな日常の中に……ライブの演出に使えたら、どれだけ盛り上がるか)


そのとき――彼の視線がある一角に吸い寄せられる。


仮設の天幕、小さな木の舞台。

その上で、一座の芸人たちが滑稽な芸を披露していた。


《旅芸団パロミナ一座》


手書きの看板が風に揺れ、ピエロが笛に合わせて踊っている。

だが――


観客はまばら。

誰も拍手しない。むしろ途中で席を立つ者すらいた。


(……もったいねぇ。あのタイミングで火花を散らすとか、風を巻き起こすとか、いくらでもやりようはあるだろうに……)


楽器も衣装もある、魔法もある。

なのに、それを“魅せる”という視点がずっぽり抜け落ちてるようだった。


(……そうか。この世界には、人に魅せる“エンタメ”って概念がねぇんだな。――となるとこれは、チャンスかもしれねぇ)


元々のアイデアに加えて、魔法を組み込んだ演出の方法なら無限に考えられる。

もし、タレントがいれば――

転生前のように事務所を立ち上げ、大金を稼ぐことだって可能だ。


(まあ、タレントを見つけるのが大変なんだが……)


そのとき、アリスが紙袋を抱えて戻ってきた。


「お待たせしました。……何か面白いもの、ありました?」


「まあな。アイデアはまとまってきた。……で、それ晩飯か?」


袋には干し肉とくたびれた野菜が少しだけ。

アリスは申し訳なさそうに笑った。


「……ほんとは、もっと食べさせてあげたいんですけど。孤児院の支援金がずっと止まってて、寄付も減ってて……」


「支援金だけが手じゃねぇだろ。商売して稼ぐとか――」


「はは……魔王が来たら、全部焼かれて終わりですよ。みんなで作った畑も燃やされちゃいましたし」


アリスは冗談めかして笑ったが、その目は笑っていなかった。


それは“期待しないほうが楽”という、生きる知恵。

それが当たり前になった者の、慣れきった諦めだった。


(これか……ずっと感じていた違和感の正体。この村には“希望”がない。誰も信じていないんだ、より良い明日を……そんなもの、最初から持たないほうが楽だと思ってる。確かに魔王の影響はあるのかもしれない。だが…)


「……そんな生き方、俺は認めねぇ」


レンの口から、静かに、けれど燃えるような熱を帯びた言葉が落ちた。


「えっ?」


アリスが不思議そうに顔を向ける。

レンはそっぽを向き、ぽりぽりと頭をかいた。


「……いや、なんでもねぇ……そういえば“魔王”って、どんな奴なんだ?」


アリスは表情を曇らせ、視線を落とした。


「……さっきはごめんなさい。孤児院には、魔王軍に家族を殺された子もいます。子どもたちの前では……あまり話したくなかったんです」


「……そんなに強いのか」


「魔王軍は、魔獣を操り、見たこともない魔法を使います。この前村が襲われたときも、騎士団がいても防戦一方で……」


声が震えていた。


「でも……騎士団と傭兵団が本気で協力すれば倒せるって言われてるんです。なのに誰も動こうとしない。皆、自分の損得ばかり考えて……」


(どこの世界も同じだな。互いの面子や利益を優先するあまり、問題が解決しない。

――でも、“倒せない敵”じゃない。それは朗報だな)


「……だいぶ魔王攻略のヒントは見えてきたな」


「えっ!? まさかレンさん、魔王を倒すつもりなんですか?

だって、魔法も剣も――人並み以下なのに……」


またアリスが口を押さえた。

レンはため息をつき、あきれたように言う。


「お前、ほんと失礼な……」


「す、すみません……」


「ま、嫌でもやらなきゃいけねぇんだよ。

女神様の“ありがた〜い”ご命令だからな」


アリスは「はあ……」と、どう反応していいか分からない声を漏らした。

魔法も剣も使えない男が、魔王を倒す――

それは冗談というより、狂気にすら聞こえた。




◇◆◇◆◇◆




買い物を終え、二人は石畳の道を引き返していた。

夕陽が落ちはじめ、伸びた影が足元に揺れている。


小高い丘の上に、孤児院の建物が見えてきた。


道中ずっと、レンは上の空だった。

何かをぶつぶつとつぶやきながら、眉間に皺を寄せている。


「……どうスカウトするか。村で声かけるか……いや、それじゃ効率が悪い。しかも確実性がねぇ……」


「レンさん、もうすぐ着きますよ?」


アリスがややあきれたように声をかけた、ちょうどそのとき――


「ウインド・ストーム!!」


甲高い声とともに、風の魔法が吹き抜けた。石垣に隠れていた少年が、アリスのベールを風で奪い、そのまま笑いながら駆け出す。


「こら! ハンス!待ちなさい!」


アリスが慌てて追いかけていく。


(うるせぇな……考え事してんのに)


「やーい、こっちこっち!」


少年は無邪気に逃げ回る。

レンのことは気にもとめていないようで、彼の周りを走り回る。

背後からそっと近づいたレンは、ひょいと襟首をつかんで持ち上げた。


「クソガキが……人が集中してるときに……って、ぎゃあああああッ!!」


右腕の腕輪が光り、全身に電撃が走る。


(なんでだよ……!俺、悪くないだろこれ!クソ女神め……!!)


「だ……大丈夫ですか?」


「……なんとか。ほら……」


息も絶え絶えに、レンはアリスにベールを差し出す。

それを受け取ろうとアリスが手を伸ばす。


ふと――彼女と目があったその瞬間。


レンの中に、腕輪の電撃とはまるで違う、プロデューサーとしての本能が、雷鳴のように響いた。



金色の光。



琥珀のような瞳が、沈みかけの太陽を反射して淡く揺れる。

雪のように白い髪が、風に揺れて、ふわりとなびく。

すっと通った鼻筋、儚げな唇、そして――

透き通るような肌に、夕陽が溶け込んでいる。

まるで、神様が彼女だけに照明を当てているかのように。


(……なんだ、これ……)


言葉が出ない。

いや、声を出すことがはばかられるほど神秘的な存在感。


目の前にいるのは、どこか抜けててお人好しで、たまに失礼なことを言う“シスター”のアリスのはず。


けれど――ベールを取った彼女は普段とは違う。

絵画から飛び出してきたような美しい少女だった。


この世界の中で、アリスだけが――色鮮やかなグラデーションで彩られている。


(……俺としたことが……ベールで隠れて気づかなかった)


何万人という人間を見てきた彼だったが、ここまでの“原石”を見たのは初めてだった。


(……これだ)


頭の中の霧が、一気に晴れた。


レンは、息を吸い――そして告げた。


「アリス。お前――アイドルにならないか?」


「……えっ?」


アリスは思わず聞き返した。

“アイドル”――その音は、この世界のどこにも存在しない、異国の呪文のように彼女には聞こえた。


「あの……アイドルって、なんですか? わたし、聖職者なんですけど……」


困惑しながらレンをみる。

レンは困惑する彼女なんて気にせず、その手を取りぐっと詰め寄った。


「歌は?自信あるか?」


「え、ええ……聖歌なら、少しだけ……」


「踊りは?」


「子どもたちと、遊び程度になら……」

 

「十分だ。さっそく今日から練習だ」


「え、ちょ……ちょっと待ってください! 話が飛びすぎてて全然わかんないです!」


アリスが目をぱちくりさせ、戸惑いながら半歩退く。

だがレンは、その手をさらにぎゅっと強く握り直す。


「アイドルってのはな、歌って、踊って、心を揺らして、金を稼ぐ。最高に熱い存在だ」


「……どっ、どんな存在ですか!……そ、それに、……お金儲けとか、そういうのは……聖職者として」


「お布施と大して変わらねぇよ。それに、子どもたちに腹いっぱい食わせてやりたくないか?」


アリスの視線が自然と紙袋に向いた。

干し肉と、しなびた野菜……

自分に笑いかけてくれる子どもたちの顔が浮かぶ。


「……それは、そうですけど。でも……人前で歌うなんて、そんなこと……」


「大丈夫だ。俺がついてる。お前を必ず、誰よりも輝くアイドルにしてみせる。かつて“魔王”と呼ばれた男の――本気、見せてやるよ」


「……かつて?」


「とにかく、アイドルとして人気が出れば、金も集まる。生活も安定する。傭兵だって雇える。そうすりゃ……魔王軍にも勝てるかもしれない――


アイドルで、世界を救う。完璧な計画だ!」


レンの顔は自信と興奮で満たされていた。


突拍子もない話で、アリスはまだ半分も理解できていない。現実味もまるでない。

でも――なぜか、レンの言葉には“力”があった。


彼女の胸の奥――

ずっと静かだった場所に、レンの思いが触れた。


アリスは、こみ上げる思いを言葉を詰まらせながら、それでも一つ一つ、確かめるように呟く。


「……私は、いろんな人に生きる希望を届けたくて、シスターになりました。でも……現実は、何も変えられなくて。変える勇気も、だんだん……なくなって……」


「なら、今から変えればいい。――俺とお前なら、なんだってできるさ」


レンは即答する。

まっすぐな声だ。迷いも、打算もない。

ただただ純粋で、真っ直ぐで、どうしようもないほどにまぶしい。


そのまぶしさに――アリスの頬が、ふっと熱を帯びる。


そして、アリスは静かに息を吐き、そっとレンの手を握り返した。


「……正直、まだうまく飲み込めてません。でももし私が、誰かの希望になれるなら、子供たちを笑顔にできるなら……レンさんがそう信じてくれるなら……アイドル、やってみたい……いえ、やりたいです!」


レンは、一瞬だけ目を見開き――そしてふっと笑った。


「……契約成立だな」


それを見てアリスも笑う。


ふたりの間を、夕風が優しくすり抜けた。


アリスの胸に灯った小さな火は、あたたかく、ゆっくりと――けれど確かに、強さを帯びていく。


そして今はまだ頼りないこの火が、いつか世界を照らす**“希望の光”**となることを、この時のふたりはまだ知らなかった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ