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天使は空に告げる  作者: SiLENcE
第1章「夜明けの光」
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第8話「水と風の踊り」


──煌王暦1185年、4月1日。

 エスタール帝国、ザリツブルク領、ヨーハン・ポガウ郡。




 帝国の皇領は、未だ遠い。

 しかし、進軍の足を休めている暇もなく。

 作戦が再開してから半日、順調な道程を見せているが、その静けさは不気味とも言えるものだった。

 魔族発生が多い地域と聞いていたが、魔族、魔物の一体も出現しない。それは帝国兵も同様であった。

 

 私たちは小隊を分けたうえでの任務にあたっていた。

 アズメルとカイは、クレスのいない戦闘がどうなるかと、不安がなかったといえば嘘になるがしかし、新たに信頼を寄せる魔法使いに、それ以上の安心と期待を抱いていた。


「──やっぱり、帝国兵は感知できない······というか、生き物がいないの、これは······?」


「アズメル?」


「ミルニス少尉、まったく索敵に引っかかりません」


「私も、何も感じません」


 アズメルだけでなく、ラインすらも無反応ときた。では、本当に敵はいないのだろう。

 すると尚のこと、不可解に思えてくる。

 帝国はそこまで疲弊しているのか、それともかなり後方まで撤退したのか。


──嫌な感じがする。理由はない。

 ただ、無性に喉が渇いていく。


「少尉さん、これ······」


「どうしたの、カイ」


「ここ、地面見ろ」


 カイが草木を手で除けながら、地面を指さす。

 そこには、大きな『足跡』が残されていた。しかし、それはかぎ爪というような、動物の規則正しい形はしていない。

 足跡は不定形、さらに這うような、それとも悶えるような、不規則な蛇行を見せている。


 間違いない、ここには魔族が()()

 だが、すでに索敵範囲の外、ということは、いったいどこに······?


「これ、どこに行ったかまでわかる···?」


「い、いや、俺は魔族に詳しい専門家でもないし、さすがに······なぁ、アズメル?」


「はい。足跡から追えればいいんですけど、森は険しいですし、とても──」


「南に······きっと南です」


 会話を遮るようにして、ラインが言い放った。

 南の方の空を、ジッと見つめている。


「お前、さっき何も感じないって」


「ええ。私自身は感知できません。

 しかし、風たちが怯えています。『詞の遣い』が()()()()()()と」


「しの、つかい···? なんだそれ?」


「とにかく、それが向かったのが南なの?」


「はい。それは確かです」


 私が聞ける範囲の風の子たちは何も言ってない。流石はラインだ。

 しかし、南となると問題だ。本隊が控えている方角になる。

 急ぎ連絡のため、通信機の周波数を合わせる。


「──こちら第5師兵団・第3独立行動小隊。北部地域進軍中ですが、魔族の痕跡を確認しました。確認を······? 応答願います、こちら······」

 

「おい、周波数あってるか?」


「合ってるけど、これは大気中の魔素のせい?──いや、これはっ!」


「少尉! 強力な魔術干渉が······!」


「帝国か、いったいどこから······!?」


「わ、分かりません。相変わらず、私には感知できません···」


「仕方ない、南下しましょう。正体が分からない状況では、本隊への被害も計り知れない」


 急ぎ立ち上がる。

 一応のための武器を肩にかけ直し、焦りながらも指示を出す。


──なにか、計り知れないものが蠢いている気がする。

 見落としてるんじゃないか、なにかを。

 そう思いつつ、今は本隊へ合流することが、最善の策だとしか思いつかなかった。




━━━━━━━━━━━━━━━


「各部隊との通信途絶! グスタフ大尉、これは──」


「帝国軍だろう、各員警戒しろ! 大佐のところへ伝令兵を回せ!」


「了解です」


「クソっ、いったいどこに潜んでやがった···!」


 部隊の隊列が乱れる。

 通信兵を中心に、混乱の波が広がりつつある。


 士官が取り乱していてはダメだと己に言い聞かせながら、しかしグスタフは掴めぬ状況に混乱の表情を隠せずにいた。


「!──敵補足、これは···後方です! 隊の西方から魔術干渉が」


「なに? 間違いないのか?」


「はい、それに······前方から接近中の熱反応あり! 数は18、いや20以上!」


「中佐の戦車隊と第3の魔術隊を援護するよう、こちらも前方に歩兵を展開。他は後方を叩く!

 軍曹、魔術索敵は中断していい。そんな長時間、体への負荷が計り知れない」


「りょ、了解です!」


 グスタフの的確な指示で、歩兵隊はなんとか正常な行動を保っている。

 彼は、前方を戦車隊と魔術隊と共に迅速に撃滅後、後方は時間をかけて倒せばよいと考えていた。

 後方に出現した敵は妨害行為を働いていること、さらには共和国の索敵から外れていたことから、少数勢力による足止めだと思い至ったからだ。


 ならば前方の、おそらくは魔道大隊を叩こうと決断を下した。

 教本通りの、いわゆるエリートの回答であるが──。


「大尉! 前方の魔術中隊より短距離通信、『支援求む』とのこと······!」


「分かっている、こちらも歩兵を──」


「いえそれが、敵は大型の魔物が数十以上、第5師兵団の救援をと······!」


「魔物だと!?──はめられたかッ!」




「──さぁ、共和国のお手並み、存分に見せてもらおう」


 後方では、帝国の将校がひとり、ゆったりとカップを口に運んでいた。




━━━━━━━━━━━━━━━


「砲撃! 近い」


「少尉、わ、私に構わずに、先に······」


「私が抱えます」


 体力的に厳しかったか、さらには森林のような悪路を駆け巡っていたからか、アズメルの足は悲鳴を上げていた。

 そもそも魔道科は、通常兵科が兵士に課すような体力作りと全く同じトレーニングをこなすわけではないので、どうしても基礎体力が低い魔道士は多い。

 そんな彼女を、ラインが難なくひょいと抱える。


 先ほどから、森の向こう──丘陵を超えた先で、戦車砲だろうか、激しい砲火の音が聞こえる。

 それだけじゃない。地を揺らす、体内に直接響くような地鳴りもする。

 とても戦車の行軍音(キャタピラー)には聞こえない。もっと、叩きつけるような、無慈悲で暴力を感じさせるものだ。


「少尉さん、この揺れ方間違いねぇよ、たぶん──」


「ええ、速戦即決で行きます! 魔法の準備を!」


 やっと丘に着く。

 その眼下に広がっているだろう光景は、確信に近い予想があったが、実際に目撃すると、惨いものだった。


「魔物が、こんなに!」


「ライン、アズメルを守っていて。カイは私と魔物の撃退を!」


「少尉、私は大丈夫です。一応、近接戦の心得もありますから。

 それより、ラインの火力は前に回した方が賢明です!」


「分かりました。でも、危険だと感じたらすぐ退避を」


「おい、もう行くぞ!」


「はい──」


 本隊は押されている様子だった。

 戦車が強烈な砲撃を繰り出すが、魔物の外角を少し傷つけるのみ。

 それに対して、魔物は数メートルの巨体でただ動いているだけで人は死んでいく。

 もちろん、明確に人を食い破っている個体もいるが、他の魔物すら顧みない個体は、寝返りをうつが如き動作で、人も兵器も潰していく。

 



「クソっなんでこんなことに──く、くるなァああ!!」


「チッ! 役立たず共が···!

──魔術隊、班でまとまって各個撃破しなさい。統率の取れた軍隊というわけでもあるまい」


「中尉! カロッサ中尉! あまりにも魔物が多すぎます!」


「無駄口を叩いている暇などない。いいから攻撃を!」


「な、魔術すら弾くのか!」


巨殻類(テスタラビュリ)···いったん引け! 爆裂系の魔術師は?」


「アインのやつはさっき上半身ごと持ってかれましたよ──っ!?

 うわ、やめろぉおおッ!!」


「クソッ、こんな、こんなの──」




「──援護します」


──間に合った。しかし、とっさに前に出たから少し足をやったか!?

 だがそんなことも気にしてられない。

 これ以上の損失が出れば、帝国への進軍は難航する。いや、もはや損失というか、ここで全滅するかもしれない。


 手に風域を展開し、薄皮一枚、けれど確かに魔物の身に任せた攻撃を防いでみせる。

 だが非常に重い。いつもは魔物が見上げるしかない上空から仕留めていたから、ここまで肉薄したことはない。

──さすがに厳しい! 死なせたくないと、つい前に飛び出してしまったのが迂闊だった!


「お、おも──い、けど!」


 風域の流れを急激に下方へ変換し、触肢を地面に弾く。

 その一瞬のうちに空に上がり、一点集中させた風の弾丸を魔物の背中目掛けて放つ。

 どす黒い体液を噴水のようにぶちまけながら魔物は痙攣し、やがて動かなくなった。


「次──」


 すると、いつの間にか魔物が背後まで飛翔していた。

 高度が足りなかったか!?


飛翔類(ムサカエィジ)──!」


『──〝転輪の呼び声、水降の導き。悲哀の付き人が今見せる〟』


 突進してくる魔物の頭部が、綺麗に切断される。

 その断面は、刃物によるものよりもなめらかで。


「少尉さん、油断は禁物だぜ」


「カイ······助かりました」


「敬語も礼も、どっちもいらないよ。今は敵をやるぞ!」


「ええ」


 カイの水迅魔法(ワッサキュネール)だ。

 随分危なかったが、本当に助かった。

 

 そのまま、私は上空から攻撃した方が良さそうだ。

 魔術中隊も何とか立て直したようで、グループごとに固まって魔物と攻防を繰り広げつつ、最後は競り勝って駆逐している。

 カイは単騎と言えど、水式魔法の『(はや)き』の使い手。

 巨体の魔物の、せいぜい一般的な人間の速力を追い抜けるかどうかという速度で、彼を捉えることはできない。

 まさに水の如き流動。あれよあれよという間に、水魔法で形成した鋭い刃で3体の魔物を切り裂く。


「これは、私も負けてられないな」


 手に魔力を集中。

 風の子たちが、周りに集い始める。

 

 どれだけ彼らに罵られようと、私は、魔法使いだから。

 この力、使わせてください──。


『〝轟け。我こそは風、大地震わす怒号なり〟』


 今まさに、本隊の陣地深くに突撃しようとしていた魔物が、空に舞い上がる。

 ただ、兵士たちは強い風を感じるのみ。目を細めるような暴風だが、一瞬顔を背け、また視線を戻す。

 すると、魔物だけが、無慈悲に空で回転している。

 戦車砲でも傷つかなかった魔物たちは、あっという間に粉微塵に引き裂かれてゆく。


──この日、ザリツブルク領では大型の竜巻が観測されたという。






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