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天使は空に告げる  作者: SiLENcE
第1章「夜明けの光」
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第5話「戦闘開始」


──煌王暦1185年、3月30日。

 エスタール帝国、ザリツブルク領、ヨーハン・ポガウ郡。


──午前6時、イースヴィヒ連邦共和国軍による突破作戦開始。




 晴れた天気。豪雨ともなれば、川向こうの部隊は孤立状態になっていただろう。第3独立行動小隊は、何事もなくイル川を渡れた。

 そこまでは良かったものの、渡河後といえば、作戦立案時に上がっていた情報の通り、これ以上の浸透を許すまいと、帝国兵の抵抗はあまりにも激しい。

 戦車や装甲車といった巨体ではいい的である。大きく車体を晒そうものなら、火を噴いて爆散していく。

 ミルニスたち小隊は、何とか敵前線に食らいついていた。


「ハインサイト、正面! 撃て!!」


「任せろ──」


 ハインサイトの義肢から放たれる一撃。

 敵の機関銃を溶解させるどころか、陣地を粉みじんに吹き飛ばす。


「1時の方向、技道兵きます!」


「私がやる」


 クレスは沈着な反応を見せる。

 吶喊する敵兵が姿を現した瞬間、彼のハンドキャノン(ハンドカノーネ)が一人の頭を撃ち抜く。

 もう一人、地面すれすれを駆け抜け銃撃を回避する手練れは、懐に潜り込もうと距離を詰める。

 しかし、クレスは腰に装着していた鞘から、こぼれも曇りもない軍刀を抜く。

 片腕のみ、しかし技道兵の膂力を押え、逆に体を切り裂いて見せた。


「流石ァ、力身魔法(カフターグン)の瞬発力、キレキレっすね」


「フルーゲ、無駄口を叩くな。アズメルを見習って索敵を──」

 

「分かってますよ、ただ、後ろはカイの奴がしっかり押さえてますし······上はねぇ······」


 クレスはほんの一瞬、視線を空中に。その光景を、信じられないのか、信じたくないのか。すぐに視線を戻した。


「あれが彼女らの仕事だ。私たちもそれで返すだけだ」


 その言葉に適当に返事を返しつつ、フルーゲも上を見上げる。ただクレスよりも長く、じっとその様を見る。

 一人の魔法使いと一体の魔族が、まるで空を支配しているようで。




━━━━━━━━━━━━━━━


──想定していたよりも、なんとかなっている、と思いたい。

 今のところ、浮遊に問題はない。敵の攻撃もいい具合に去なせている。

 それに──。


「共和国のクソどもがッ!」


「!」


 敵にも当然、飛行可能な魔道士はいくらか存在する。

 それでも、声なんて上げて攻撃してくるものなら、対処は容易い。

 身を捻り攻撃を躱す。そのまま、がら空きの背後に魔法を叩きこむ。無残にも散っていく敵兵に、同情なんてする余裕はない。私だってああなるかもしれないんだから。

 ただ、現状安全とは言い難いが、円滑な作戦遂行が成せる理由は明白であった。


「······」


「こいつ、またッ···!」


「魔術が通じん! 軍曹、実銃を──」


 私に付きまとう敵兵は、せいぜい一人か二人で。

 それ以外の、ほとんどの敵部隊を引き付けているのは、天使(ライン)だった。


『〝覚めろ宵闇。空を裂きし白矢が報せる〟』


 その言葉に呼応し、大気が揺れる。 

 刹那、快晴の早朝が白点滅する。かと思えば、轟音と共に一筋の雷が降り注ぐ。

 直撃したものは塵すら残らず。付近の敵兵も、光と音と、さらには熱によって、目と耳が潰される。

 もはや行動能力すら喪失したといえる彼らに、容赦なくラインは追撃を仕掛ける。


 やはり、噂に違わぬ力だった。

 あんな強力な一撃、どれほどの魔力を消費するのか。それにどうやったら防げるのだろうか。


「──ミルニス、向こうに」


「敵軍艦か、まずい···!」


 敵の軍艦が我が物顔で接近してくる。

 空を圧倒する存在感、事実その火力は侮れない。

 地上への制圧力はもとより、魔術兵装を積んだ帝国の高速軍艦は、投入された戦役で多くの魔道士を葬っている。


「私が撃滅します」


「援護する──」


 ラインの光輪が一層輝きを増すと、尾を引くように空を駆けていく。

 私も彼の後を必死に追う。もう滞空時間を正確に測っている余裕はないが、無茶は付き物だ。敵だって死に物狂いの防衛を見せている。こちらだけが計画通りにとんとん拍子で進んでいく保証はどこにもない。


 接近していくと、機銃掃射が襲い掛かってくる。

 風たちがすんでのところで危険信号を発してくれるおかげで、何とか回避できている。

 ただ、ラインはまったく意に介す様子がなく、最小限の動きで回避し、むしろ加速すらしている。

 すごい速さ······! でも、つかず離れず、私への被弾を考慮しながら回避してくれてる。


 そうこうしているうちに、ラインが軍艦にとりついた。

 その隙に、私も風魔法で砲身を潰していく。これくらいなら、少し距離があっても可能だ。


──だが、そんな必要はなかったかもしれない。

 流石に気づかれたか、こちらへの大口径の魔術攻撃を防いでいると、突然軍艦の中央部分が大爆発、火を噴きだした。

 装甲も魔道防壁も、ラインの前では無力であった。一筋の稲光が、軍艦を落として見せた。


「なんて威力······雷放魔法(ブリッツェントラス)どころじゃない──雷絶魔法(ブリッツァイヒ)か、さらに上位の······」


『ミルニス少尉、大丈夫すか』


「はい。ロート・リンゲン級高速軍艦を撃沈、こちらに肉薄していた空戦力は撤退する模様」


『了解っす。一時合流を。中尉が時計ばっか確認してるんで』


「···了解です」


 流石に小隊から離れすぎたか。

 とはいえ、私たちは突破部隊全体の、ほぼ最北端に位置する。南下を目論む敵とは、必然的に交戦せざるを得ない。それが軍艦や魔道航空隊のような相手であれば、殊更に無視するわけにもいかず。


 ただ、疲労感がどっと押し寄せてきているのは事実だ。

 いったん小隊に合流した方がいいだろう。




「──少尉から、高速軍艦ひとつ落としましたよって」


「······凄まじいな」


「声色的に、あの天使がやったと思うんすけどね」


「だとしてもだ。果たして、あの少女で御せるものか······」


「そういう過保護なとこ、いつか自分の身がやられるっすよ」


「そんなの百も承知だ。それが部隊長──いや、年長の義務だ。

 あの丘陵まで進む。索敵に集中しろ」


「はいよっと──お、姫さん、帰ってきましたよぉ」




──地面をしっかり踏みしめる。

 空を往くと、すっかり大地のありがたみを忘れそうになる。

 ひとまず、喉を潤したい。空中では、水分補給も難しい。

 

「ミルニス、大丈夫ですか」


「ええ、大丈夫。あなたは?」


「問題ありません」


「──よくやってくれた、少尉」


「中尉」


 水筒にかけていた手を外し、クレス中尉に向き直る。

 すると、彼は「かまわない」というように片手で静止してみせる。


「休みながらでいい。

 貴様らのおかげで、こちらの魔道大隊は退きつつあるようだ。同様に、第3師兵団の魔術中隊の進軍も抑えられていないようで、作戦は今のところ順調だ。

 司令部から、我々はここで側面防衛を言い渡された。次の命令が下されるまで、第12師兵団と並んでここで防衛だ」


「了解です。しかし、もう少し良い場所に陣取ったほうがいいのでは?」


「だろうな。これより西側は例の···『森』だからな。魔族の発生が多い地域とはいえ、我々は魔道士だ。他師兵団には任せられまい」


「······確かに、そうですが」


「無論、貴様が危惧していることは理解している。それでも、歯車として······組織全体の動きを考えなくてはならない。

 小隊、一時休息をとれ。陣地防衛の──」


 中尉の掛け声に、みんな動き出す。

 そう、きっとみんな分かってる。私たちがいいように扱われていることは。




 前線にいるとき、時間の経ち方は二種類あると聞いていた。

 ひとつは「あっという間」だ。というより、時間なんか気にしていられない。

 眼前の敵を死に物狂いで撃退し、砲弾の雨あられに縮こまり、地響き恐怖して。そうしていたら、あっという間に陽が傾いてくる。


 もうひとつは「あくびが出るほど」だ。まったくの暇だ。

 敵が来なければ、別段することはない。来ないでくれるなら、もちろんそれに越したことはない。


 防衛を始めてから、もう日が傾いている。それまであったことと言えば、せいぜい鹿が挨拶に来たくらいだ。つまり「あくびが出る」というわけだ。

 が、暇は油断を引き連れてくる。感覚も鈍るから、適当に風魔法で木の葉たちと戯れていた。


 ラインといえば、目を閉じて沈黙している。

 やっぱり睡眠ではないようだが、どうしたのだろうか。心配で一度声をかけたが、一言「大丈夫です」とだけ呟いて、すぐ瞳は閉じられてしまった。


「······」


 流石にあれだけ強力な魔法。体に堪えたのだろうか。


「──なぁ、ちょっといいか」


「へっ? あ、はい。大丈夫ですよ」


 突然の声掛けに驚いた。カイとアズメルだった。

 すでに、斜陽がさらに地平線に沈み込もうとしている刻。彼らも暇に耐えかねたのだろう。


「索敵は?」


「フルーゲが隊長と話したいことあるから、ついでにって······伍長はもう寝てたな」


「そうですか······。それで、なにか······?」


「や、そんなに大したことじゃないんですけど、あなたとお話したいな······って」


「こいつ、やっと部隊に魔女が来たから、喜んでるん──」


「うるさいっ」


「···あはは。二人は長い付き合いなんですか?」


 なんだか、久しぶりに自然と笑みがこぼれたような気がする。

 私は魔法をかけて戯れていた木の葉を一息で自然へ返し、彼らを招くように場所を開ける。

 二人は腰を下ろして、ゆっくり語り始めた。


「長い···そうでもないな。部隊に配属されてから知り合ったから······どれくらいだ?」


「私とカイが第5に配属されたのは今年の1月ですね。伍長やフルーゲ、隊長たちは、大戦からの腐れ縁らしいですけど」


「そうなんですね······。ああ、生まれはどこなんですか?」


「俺は中央で」


「······私は、えと、覚えてなくて。へへ」


「私もですよ。何度も引っ越しを繰り返して···気づいたら軍に捕らえられてましたから」


 私的には笑い話か、共感のつもりで軽く出した話題だったが、二人とも顔が引きつっている。


「···んん。あ、そうだ、な、何歳になるんですか?」


「俺は今年で20歳だ」


「私は17ですね。少尉は?」


「7月で19歳になります」


「じゃ、やっぱり私が最年少か······」


「なんでがっかりしてんだよ」


 分かりやすく声のトーンを落とすアズメル。

 彼女は顔をうずめてすら見せるので、戦闘中とは違う、年相応な行動が可愛らしかった。


「だって、隊長と少尉はともかく、この部隊子どもみたいな人しかいないじゃない」


「おい俺も入れるなよ」


「入るよ、さすがに。伍長よりかはマシだけど······」


「あの人と比べられんのマジか······」


 本気で嫌そうな顔を出すカイ。

 彼は口をゆがめて、大きく空を仰ぐ。やはり彼も、私やアズメルとの年の近さというか、似た雰囲気を感じられる。


「というか、少尉の話聞きたくて来たんだよ。俺のことはどうだっていいって」


「私···私のことですか?」


「はい。〝風隠し〟って、噂ではいろいろ聞いてたんですけど、なんか······」


「最初はびびってたんだよ。そもそも女ってことも知らなかったし、何より軍の機密って中佐が言ってたから、そりゃたいそうやべー奴が来るんじゃないかって」


「ほ、ほんとうに最初の話ですよ!? 今は違いますから──」


「ふふ、分かってますよ。

 でも、私のことですか······。普段、あまり他人に自分のことを話す機会がなかったので、何から言えばいいか······」


「あー······」


 しまった、また気まずくさせてしまったか。

 取り繕うように、記憶から話題を引っ張ろうとするが、ほんとうに何もない。

 いや、あるのだろうが、人に話すこと、と言われると難しい。


「そうだ、()使()とはいつごろから──」


「ラインです。天使ではありません」


「うわあぁっびっくりした······!?」


「ライン······大丈夫?」


「ええ、問題ありません」


 彼の訂正、というより突然の発言は寝耳に水であったようで、二人ともかなり大胆に驚いている。

 当の本人は全く気にする様子もなく、いつの間にかしっかりと眼を開いて、ススッと私の背後を陣取った。


「寝て···じゃなくて、目を閉じてても大丈夫だよ。もしかしてうるさかったかな···?」


「いえ、そんなことありませんよ。ただ、天使と聞こえたので······訂正を。私はラインです」


「え、えぇ······なんか、ゴメンナサイ······」


「びっくりした、こいつ······めちゃくちゃ喋るじゃんか」


 確かに、言われてみれば、ラインが他の人と言葉を交わしているのは、初めて見たかもしれない。

 せっかくの機会だし、彼にも色々と話してみてほしい。


「どうです、ラインも一緒に話しましょう」


「話ですか?」


「ええ」


 会話の中身までは聞こえていなかったようで、目を丸くして私を見つめている。


「私について······何から話したら良いのでしょうか?」


「おい。少尉と同じこといってるぞ」


「ラインっていうのは······?」


「ミルニスがつけてくれた名前です、アズメル」


「へぇ······え? 私の名前知ってるんですか?」


「はい。とても断片的なものばかりですが、自然を漂う魔力──魔素が教えてくれます」


「さらっとすごいこと言わなかったか、いま。魔素って人間は干渉できないのに、さすがは魔族だな······」


「ええ。それ故に、魔族は強力な魔法を扱えたり、魔道への耐性を持ちます」


──なんだか、不思議な気分だ。

 彼が、当たり前のように、彼らと馴染んで会話している。

 驚きもさることながら、小さな嬉しさを隠し切れず、ささやかな笑みがこぼれる。


「なんで、ラインはイースヴィヒにいるの? というか、どうして人間に与するの?」


 急に、アズメルはかなり芯を食ったことを口にした。軽はずみに聞いているわけではないことは、表情を見れば一目瞭然だが、何分突然の投げかけであったため、少々場の空気が固くなる。


「イースヴィヒにいるのは、気づいたら捕らえられていたからです」


「······これもどっかの誰かが言ってたな」


「······」


「そして、人間に与する······というと、語弊があるように感じます。

 私は、ミルニス=ホーライトその人のために行動する。ただそれだけです」


「あ、あのライン······。そう言ってくれるのは嬉しいんだけど、はっきりそう言われると恥ずかしい、というか······ね?」


「ですがこれは私にとって、何よりも優先されるべき──()()()()()()()()()、と言えばよいのでしょうか」


「なんだそれ。ずいぶん最強で、眩しい飼い犬を引き取ったみたいだな、少尉さんは──」


──まだ二人とラインは会話をしていたが、私は言葉に詰まる。それどころか、視野も狭くなっていく。

 彼は「本能に刻まれた思考」と言った。

 その言葉が、頭に刻まれて離れない。


 彼が、いったいいつから存在しているのかはわからない。

 ただ、もし。もしも数千年前からこの地にいるのなら。『私』個人ではなく、私という()()に作用しているなら──。


 私の血が騒ぐ。

 ただ、それは勘違いか、考えすぎなのではと、深呼吸。

 しかしそれ以降、何を話したか、全く覚えていない。

 





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