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天使は空に告げる  作者: SiLENcE
第1章「夜明けの光」
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第4話「前夜の凪」


──煌王暦1185年、3月29日。

 イースヴィヒ連邦共和国、ツヴァイマンド州。




 煙が舞う訓練場。鋭く深く抉れた地面の真横、血が滴っている。

 片膝をついたハインサイト伍長の頬には、うっすらと赤い線が刻まれていた。

 

「──私の勝ちです」


「·········」


 目の前の光景が信じられないのか、頬が震えている。酷く瞳孔も開いており、怒りに満ちているようで。

 勝敗が決し、ハインサイト伍長の激情を察してか、クレス中尉が静かに近寄ってきた。


「ハインサイト──」


「くっ、くく······ははは!! こんなに強ェとはな······!」


「······」


「完敗だよ、畜生······」


 どうなることかと思ったが、なんとか──なってはないが、爆発することはなさそうだ。

 ハインサイト伍長の目には、確かに悔しさが見て取れる。ただそれ以上に、負け惜しみと取られても仕方ないほどの清々しさもあった。


「本当に、馬鹿が。貴様は懲罰決定だぞ」


「かまわねーけど、戦争が終わった後でな」


「生意気なことを······まぁいい。少尉、貴様もほぼ同罪だ。二度とこんなことをするな」


「はい」


「······まったく、朝からなんだったんだ、これは。作戦会議室に戻るぞ」




「──それで、人の部隊を勝手に訓練に使ったわけか。相変わらず軍規を恐れぬ傍若無人な立ち回りだな、ユフト少佐」


「お褒めにあずかり光栄だね、ジュニス君」


「その呼び方はやめろ」


「いいでしょう、同期じゃない。士官学校の時だって──」


「とにかく、今日は何の用だ。こちらは作戦が下されるんだが、まさか······」


「そのまさかだよ。参謀部と執行部の共同で、君たちには作戦命令が下されることになった。だから通達の任、私が拝命したんだよ。

 久しぶりにホーライト魔道兵の顔とか、諸々直接見たかったし」


「それは随分と、難儀な作戦になりそうだ」


「祖国のためさ、キミたちは英雄になれるんだから──さぁ」




──扉が開く。

 一斉に立ち上がり、ジュニス中佐とユフト少佐に敬礼する。

 すでに私の心臓は高鳴っている。いつも単独での任務が基本だったため、部隊での作戦会議なども、ほとんど初見であるから。


「──執行部隊のユフト少佐だ。本作戦は参謀部と執行部共同のものだ。早速だけど、本題に入るよ。

 エスタール帝国と開戦してから、1ヶ月が過ぎようとしている。前大戦の、塹壕戦の教訓から得られた縦深攻撃、電撃戦案に基づく作戦は、今のところ一定の成果を見せている。けれど······」


 プロジェクターはカタカタ音を立てながら、次の資料を映し出す。


「我が軍の先鋒は、帝国領のイル川渡河作戦で、渡河に成功したものの大打撃を被った。

 帝国領でも最東端だったため、援軍が到着するのに時間を要していたのだろうが、前線からの報告では皇領の魔道大隊が合流したようだ。

──その結果、現状は川岸のわずかな範囲を守備するので手一杯」


「帝国技道兵か······厄介だな」


「さらに、魔法と魔術の正確無比な砲撃に、こちらの魔道艦隊も接近は厳しい状況。

 そういうわけで、我々は地上・空中兵士の同時攻撃による突破作戦を立案した」

 

 私は戦術素養も戦略知識もからっきしだから、この作戦はどうなんだろうか。たかが歩兵の力でどうにかなるものなのか。

 横目でちらりとみんなを見やる。

──隊長は鉄面皮でよくわからない。ハインサイト伍長は······つまらなそうな顔をしているが、あれは会議時間に対してだろう。他は、若干苦そうな表情を見せている。


「空中戦は第3師兵団の魔術中隊が請け負う。

 キミたち独立行動小隊は、ここ。第2渡河地点からの攻撃だ。あわよくば突破後、敵火砲陣地を撃滅することが望まれるが、敵魔道大隊に出血を強要するのが目的。

──作戦決行は明日、30日の早朝0600だ。魔法使いの実力、祖国に示してもらいましょう」




──会議、というか、作戦の通達が終わり、細かな部隊運用の話へと移り変わる。

 先ほどは緊張の顔色が見えたが、意外とみんな落ち着いている様子だ。きっと、中心に平静の塊であるかのようにすら感じる、ジュニス中佐やクレス隊長がいるからだろう。


「基本的に前列はクレス中尉とハインサイト伍長が担当する」


「俺はどうします?」


「カイは、そうだな──少佐、敵魔道大隊の情報は他にないか」


「残念だけど、あまり質の良いものはないかな。おそらく精度と射程に優れた魔道式······魔法なら光放魔法(リヒテントラス)雷放魔法(ブリッツェントラス)、その上位魔法······。魔術はもうお手上げだね。帝国がどこまで開発しているかによる」


「加えて近接戦闘用の技道兵もいるだろうからな······カイ、君は後列だ。前は中尉と伍長で事足りるだろう、後ろを任せたい」


「了解」


「フルーゲとアズメル、貴様らは中列で索敵だ」


「了解っす」


「了解しました」


「──そして、ミルニス少尉」


 ついに、ジュニス中佐が私の方を向く。自然と背筋が伸びる。

 吟味するような視線、今にも目を逸らしてしまいそうな圧がある。


「君には、例の装備品との浮遊遊撃を任せたい」


「浮遊遊撃、ですか?」


「ああ。滞空時間はいかほどか」


「······訓練では、長くて5分ほどは」


「では3分滞空、30秒地上のインターバルを。──魔道の索敵には限界がある。かといって目視頼りでゆっくり行軍するわけにもいかない。魔法すら打ち消せる君が警戒するのが、最適だ」


「了解です」


 何だか大変な役回りな気がしないでもないが、この少人数、それぞれが自分の力をしっかり発揮しなくてはならないだろう。

 そういった意味では、中佐の考えに賛成だ。


──ただ、天使って飛べるのか······?

 正直魔族であるが故に、なんでもありの無法を体現したような存在だから、飛べそうではあるが、もし「否」ならば抱えて飛行しなくてはいけないのか?

 そんな危険なこと、した試しがない。だが今更無理などと宣言するわけにもいかず。

 会議は淡々と進んでいった。




「──終わりましたか、ミルニス」


「ごめんなさい、随分待たせて······」


「大丈夫です。ここの空気はとてもおいしいですから」


 心配は不要だった。やはり。

 幼心とも少し違う、確かにヒトではありえないような純心は、眩しさすら感じてしまう。


「おい」


「?──伍長······」


 ムスッとした顔で、仁王立ちのハインサイト伍長がいた。一件落着とはいかなかったか。

 恐る恐る要件を聞こうかと思ったが、私の口が開く前に、彼が歩み寄ってきた。


「さっきは悪かったな」


「え? あ、あぁ、大丈夫ですよ。

──伍長も、頬のお怪我、大丈夫ですか?」


「ハッ、なんてこたぁねーよ。前の大戦に比べりゃな······」


「······失礼かもしれませんが、その左腕は大戦で?」


「ああ。今でもうなされるぜ、マジで。

──おいクソ魔族、言葉通じてんだよな?」


「······」


 無反応。ただ目は合っている。

 頼むから伍長、爆発しないでほしい。そして天使も何か言ってあげてほしい。


「シラきりやがって···。

 いいか、テメーのご主人様の言うことだけは聞いとけ? 俺は魔族なんか今にでもぶち殺してやりたいが、テメーのご主人様にゃコテンパンにやられたからな。せいぜいしっかり働けや」


 捨て台詞のように放って、曲がり角に消えていった。

 思っていたよりも、誠実な人かもしれない。

 いやまぁ、私が負けていたら、そんなことはなかっただろうが。


「戦闘の音が聞こえましたが、あれはミルニスと彼だったのですか」


「え、ええ」


「彼を『コテンパン』に?」


「······そこまでではないと思うけど」


「流石はミルニスですね」


「···え?」


 なんだか、誇らしげな物言いだ。

 実際、その横顔は、わずかな喜々を含んでいるようにも見えた。

 白昼夢かもしれないが、もし本当に『よろこび』を感じているのなら──新しい一面を垣間見たようだ。

 それに、ちょっとだけ。

 私も嬉しさを感じていた。


「あ、そうだ···。あの、天使。あなた、飛ぶことってできる?」


「はい」


 即答だった。

 迷いはなく、逆に自信をもって答えるのでもない。至極当然かのように言い放ってみせた。


「ほ、ほんとう? じゃあ大丈夫かな······」


「次の作戦についてですか?」


「ええ。私とあなたは、小隊の上空、といっても極端に高度は上げなくていいのだけれど、空中で彼らを援護するよう命令されたの」


「分かりました。ミルニスは大丈夫なのですか?」


「多分······これでも魔力量には自信あるから、きっと」


「いざとなれば、私が抱えますから」


「だ、大丈夫だよ。多分、だけど······」


 気概は十分なようだ。

 流石に魔族。私なんかより余裕か。

 とはいっても、敵も魔道士が大隊規模ときている。過信なんてもとよりないが、自分自身はもちろん天使についても、慎重に行動しなくてはならないだろう。


 そう思うと、緊張の波がまた押し寄せてくる。あと数時間は、ゆっくりして心を落ち着かせたい。

 だが東部まではそこそこ距離がある。第5師兵団の基地は南部のツヴァイマンドにあり、東部ザクセンフェルトからの進軍、しかも明日の早朝に作戦決行となれば、もう数十分後には出発だ。

 汽車だろうが軍用車だろうが──あるいは軍艦でも、あまり良い乗り心地ではない。


 しかし贅沢も言ってられない。

 先の大戦での疲弊を考えると、共和国にも帝国にも余裕はない。短期決戦に全てを賭けているだろうし、ここで追撃の手を休めたら、一気に押し戻されるかもしれない。

 結局、平和なんて訪れやしないのか。




「──ミルニス。ひとつ、お願いがあります」


「なんでしょう······?」


「私に、名前をくれませんか?」


「······なまえ」


「はい。名前です」


「そういえば···初対面のとき、名前がないって言ってた······よね?」


「はい。私も、私にも、『個人』を象徴する符号がほしいのです」


「わ、分かりました。ええと······」


 どうしようか。名付けなんて、したことない。

 でも確かに、ずっと「天使」と呼ぶのも、味気ない気はする。それに、本人が欲しいと言っているのだから、しっかり考えてあげたい。


 だが、どんなものがいいのだ。

 普通によくある名前···では、面倒なことになりそう。ただ古風な名前も違うか? もういっそ、特徴からつけてしまおうか?

 天使······光輪(リヒトカエス)、はなんか部位で呼んでいるようだから、流石に却下だ。白髪だから、ヴァイスか? シュネーヴァイスとかの方がいいかな······? いや、(シュネー)というほどの冷たさはないだろう······!


 頭痛とまではいかないが、久しぶりに頭をフル稼働させているせいか、顔が熱い気がする。

 隣では、食事時に待てをくらった犬のように天使が揺れている。急かしているわけではないのだろうが、その動きは余計に焦る。

──なにか、特徴、いろいろあるだろう。

 一番記憶に残ってるのは、初対面の時だけど······軍用車で揺られていた髪は、本当に綺麗だったな。それに、ここ数日の飄々とした様子といったら──。


「──ら、ライン······純心(ライン)······で、どうでしょうか······」


「······ライン」


 顔色を窺う。

 透き通る瞳は、いっそう輝いていて。


「気に入りました。これからはラインを名乗ります。ありがとうございます、ミルニス」

 

「い、いえ」


 どうにも、本当に嬉しそうだ。

 正直、ホッとしている。天使のこと······いや、ラインのことだから、どんなものでも良いなんて言ってしまいそうだが、実際に喜ばれると、私も嬉しいものがある。


──ただ、もうこの目の前の存在が、魔族だとは思えなくなってきた。

 名前をもらい一喜一憂する様を見て、今までの常識も、価値観も、ほころびかけている。


 そんな私には、一抹の不安がある。

 明日になれば、嫌でも戦場だ。ラインだって、きっとその猛威を振るう。

 まだ長い付き合いとは言えない間柄ではあるが、()には、自然を慈しむ姿が似合っている。土と血をかぶっている姿を、想像したくはない。


 きっと私だけが抱えているであろう、おかしな不安をしまい込む。

 どちらにしろ、これは戦場では足かせだ。命にかかわる。


──それでも。そう分かっていても、捨てきれぬ感情との折り合いを探って、もう夜になっていた。

 結局、汽車で東部を目指している。ガタガタと揺れる車内。寝付けぬ瞳の隙間には、相変わらず空を眺めるラインが居て。

 

 もうすぐで前線だ。

 車輪の回転は遅くなることを知らず、しかし夜は嘘のように静寂に包まれていた。






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