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華と塵  作者: チョコリン
12/28

12 玉勢の使い方

 気がつけば、室内には、平安(へいあん)高瑛(こうえい)の二人だけが残された。


 「……助かりました」


 平安は、胸を撫で下ろした。


 まるで助け舟を出されたような気分だった。


 きっと、高瑛は自分の居心地の悪さに気づいて、わざわざ気を利かせてくれたのだろう。


 そう思うと、少しだけ彼に感謝したくなった。


 その時だった。


 「ほら、西域から来た面白い『お茶』だ。試してみろ」


 高瑛は琉璃の杯にとくとくと赤い液体を注ぐ。その色合いは深く、まるで熟れた果実をそのまま溶かしたかのようだった。


 赤いお茶なんて、初めて見た。


 杯を手に取ると、鼻を近づけ、くんくんと嗅いだ。


 ……ん?


 鼻腔をくすぐる、甘くて少しスパイシーな香り。しかし、その奥にほんのわずか、苦みを帯びた異質な匂いが混ざっている気がした。


 「なんか、薬みたいな……?」


 透き通った琉璃の中に満たされた紅い液体。


 ――紅茶……?いや、でも少し違う気がする。


 「西域からきた特産の『お茶』だ。ほら、お前『お茶』好きだろ」


 高瑛はそう言って、促すように盃を軽く傾ける。


 なるほど、西域特有の茶なのか。そう思うと、ますます興味が湧いてきた。平安は素直に杯を持ち上げ、口をつける。


 「……ん、甘い?」


 思っていたよりも、口当たりが良かった。どこか果実のような香りも混じっている。これはなかなか美味しいかもしれない――


 そう思っていたのも束の間だった。


 食事が始まると、高瑛はことあるごとに「もっと味わえ」と言わんばかりに平安に“茶”を勧めてくる。


 「お前、お茶が好きだったよな?」


 「え?いや、別にそんなこと――」


 「遠慮するな、せっかくの良い茶だ」


 「でも、なんだか頭が……」


 奇妙だった。


 いつの間にか、体がふわふわと浮いているような感覚に襲われる。視界がぼんやりして、高瑛の顔が二重に見える。


 ――まさか……これ、お茶じゃなくて……?


 「ん、酔った……かも……?」


 平安は、ぽつりとそう呟くと、ぐらりと体を傾けた。


 「……おい」


 高瑛が支えようとするより早く、平安はそのまま彼の膝の上に座り込んでしまった。


 「お前……」


 驚いたような声を出す高瑛。しかし、平安はそんなことなど気にせず、彼の肩にぐったりともたれかかる。


 「……ん、ちょうどいいな……椅子……」


 「椅子?」


 「うん……ちょうどいい高さ……」


 言葉が完全におかしくなっている。どうやら、相当酔っているらしい。


 高瑛は苦笑しながら、平安の腰に手を回した。そして、するりとその尻に触れる。


 「んっ……?」


 平安はくすぐったそうに身を捩ると、にこりと笑った。


 「尻、痒くないよ?」


 「……そうか」


 高瑛はますます愉快そうに笑い、もう一度ゆっくりと手を這わせる。平安はふにゃりとした顔でそれを受け入れた。


 しばらくそうしていたが、やがて平安は大きく欠伸をすると、ぼそりと呟いた。


 「……眠い」


 「なら、寝ればいい」


 「うん……」


 平安はよろよろと立ち上がり、部屋の奥にある寝台へと向かう。その途中、ふと、指先が何か硬いものに触れた。


 「……ん?」


 手探りで拾い上げたそれは、滑らかな玉石でできた細長い物体だった。端の部分には、いくつかの小さな突起が並んでいる。


 「おお、これは……!」


 途端に、平安の目が輝いた。


 「こんなきれいな翡翠、店でも見たことないね……高瑛様、これも、西域から来たものなのですか?」


 光沢があり、触れるたびにしっとりと吸い付くような感触。


 表の模様は精緻で、職人の手によって丁寧に磨かれたことがよく分かる。


 高瑛がベッドにもたれながら、面白そうにこちらを見ていることに気づかず、平安は興奮気味に語り始めた。


 「高瑛様、これはきっと、工匠の技が光る逸品だよ。見てください」


 「ほう」


 高瑛は椅子にもたれかかりながら、ニヤニヤと平安の様子を眺めていた。


 「この突起の部分なんて、どうやって加工したんだろう……まさか、一つ一つ手作業で削り出したのか?」


 「ふむふむ」


 「そしてこの形状……まるで握りやすいように作られている……」


 「ほうほう」


 不意に聞こえた高瑛の含み笑いに、平安は首を傾げた。


 「……ふふ」


 「ん?」


 不意に聞こえた高瑛の含み笑いに、平安は首を傾げた。


 「なんで笑うの?」


 「いや……お前、真面目な顔して何を熱弁してるんだ?」


 「何って、これは珍しい芸術品だから――」


 「へえ。じゃあ、これが何に使う物か、分かるか?」


 「……え?」


 平安は、手の中の玉石を見つめる。


 ――用途……?


 何かに使う物なのは確かだが、一体何のために……?


 そんな彼をじっと見つめ、高瑛は楽しげに微笑んだ。そして、ゆっくりと囁くように言った。


 「教えてやろうか?」


 「……教えるって、何を?」


 平安は手の中の玉石を見つめたまま、首を傾げた。


 「んー……飾り物?いや、でも持ちやすい形状だし……まさか、武器?」


 酔いのせいで思考が鈍くなっているのか、普段ならもっと冷静に判断できるはずなのに、なぜか上手く頭が回らない。


 「ぷっ……」


 不意に聞こえた笑い声に、平安は顔を上げた。


 高瑛が楽しそうに口元を手で覆い、肩を震わせている。


 「お前、本当に面白いな。」


 「……な、何が?」


 「武器……ねぇ?」


 にやりと微笑む高瑛は、いつもの上品で余裕のある佇まいのままだが、どこか悪戯を企む子供のような雰囲気も漂わせていた。


 「なら、使い方を試してみるか?」


 「え?」


 その言葉に、平安は一瞬固まる。


 「いや、試すって……これ、一体何に使うの?」


 「さっきまであんなに熱心に語っていたのに、用途が分からないとはな。」


 「……いや、だって……」


 平安は困惑した顔のまま、もう一度玉石を眺める。しかし、どんなに考えても、それが何に使われるものなのか、さっぱり分からない。


 「ほら、お前、骨董屋の見習いなんだろう?」


 「そ、そうだけど……」


 「なら、もっとよく観察してみろ。」


 高瑛はそう言うと、ゆっくりと平安に近づいてきた。


 ――え、ちょっと、距離が近い……!


 酔いが回ったせいか、それとも高瑛の余裕たっぷりの態度のせいか、平安の心臓は妙に早く跳ねた。


 「お前、本当に可愛いな。」


 高瑛の手が平安の頬に触れる。その指先はひんやりとして心地よく、酔った体には妙に気持ちよく感じられた。


 「ちょ、ちょっと待っ……!」


 「……さて、俺が講義の続きをしようか?」


 高瑛の口元が、ゆっくりと平安の耳元に近づく。


 「……俺が、直接教えてやるよ。」


 その言葉と共に、平安の背筋がぞくりと震えた。


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