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華と塵  作者: チョコリン
11/28

11 平安の窘迫

 二階の個室に案内され、ようやく落ち着いた頃。


 平安(へいあん)はずっと気になっていたことを口にした。


 「高瑛(こうえい)様……さっき踊っていたお姉さんたち、どうして靴を履いていないのですか?もしかして、誰かに盗まれたんじゃ?」


 「……ぷっ……!」


 高瑛は思わず吹き出した。


「はははっ、本当にお前ってやつは!」


 平安はぽかんとした表情で高瑛を見つめた。


 (……どういうことだろう?)


 何かを言いかけたが、高瑛がいたずらっぽい笑みを浮かべながら、ぱんぱんと手を打った。


 すると、扉の向こうから、露出度の高い衣装をまとった女たちが艶然と微笑みながら現れた。


 彼女たちは彩り豊かな料理を運び、しなやかな動作で卓上に並べると、ひと仕事終えたように軽やかに引き下がっていった。


 平安は喉の奥に小さな違和感を覚えながら、ちらちらと彼女たちの背中を見送った。


 次の瞬間。


 ちゃらん、と琵琶の音が響いた。


 同時に、屏風がさっと開かれ、そこからふわりと軽やかな影が宙を舞った。


 「いらっしゃい、坊ちゃん」


 鈴のような笑い声とともに、桃色の下着みたいのをまとった踊り子がくるりと回る。薄布がふわりと揺れ、その隙間から覗くしなやかな素肌がちらりと見えた。


 「わっ——!」


 平安の心臓が大きく跳ねる。


 突然の出来事に驚き、思わず仰け反った。その拍子に手が卓上の器に当たり——


 ガタンッ!


 皿が倒れ、甘い果実が床に散らばる。


 「ああっ、ごめん……!」


 慌てて拾おうとしゃがみ込んだ、その時だった。


 すっと、目の前に差し出されたのは、白くしなやかな——


 裸足の足。


 「兄さん、そんなに焦らなくてもいいのに~」


 踊り子がくすくすと笑いながら、つま先をそっと動かす。


 「……!?」


 平安は固まった。


 足の指が、するりと動く。


 次の瞬間、その足先がすっと顎に触れ、くいっと持ち上げられる。


 「え、あ、あの!?」


 赤く染められた爪が視界の隅でちらちらと揺れる。その動きに、鼓動が不自然なほど速くなる。


 (ち、近い……!!)


 しかも、踊り子の薄布の奥、ふわりと揺れるシルエットに気づいた瞬間——


 平安は、思わず真っ赤になり、目の前にあったリンゴをひったくった。


 「お、お姉さん! 服が、服がは、入ってない!!」


 必死の言葉に、場が一瞬静まり——


 そして次の瞬間、大爆笑が巻き起こった。


 「ひゃははは! なんて坊やなの!」


 「可愛すぎる~♡」


 色子たちは口々に囁きながら、手を叩いて笑う。


 その中で、高瑛がにやりと笑い、箸の先でちょんちょんと平安の額を突いた。


 「おい、まさか——お前、まだ女を知らないんじゃないのか?」


 「だ、誰がそんなこと!」


 平安は反射的に否定するが、今にも蒸気が吹き出しそうなほど耳が赤い


 ふと、昔の記憶が蘇る。


 隣の兄さんが嫁を迎えた日。


 こっそりと覗いた新婦の支度部屋——


 障子越しに映る、ぼんやりとした赤い影。


 (あの時は、もっと、ぼやけてた……)


 今は、違う。


 目の前にいるのは、鮮やかな色彩を持った、生々しい女の子。


 つややかな肌、しなやかな指先、甘く香る髪——


 あまりに直接的すぎて、頭がどうにかなりそうだった。


 「ふふっ」


 不意に、すぐそばで低い声がする。


 「——嘘をつくとね」


 ひんやりとした何かが首元をかすめる。


 はっとして振り向くと、高瑛がすぐ間近にいた。


 すらりとした指先には、玉制の指輪。


 その冷たい感触が、さっきの感覚の正体だった。


 「子犬になっちゃうぞ?」


 ふっと耳元で囁かれ、平安は思わず喉を鳴らした。


 (な、なんだそれ……!?)


 わけがわからないが、なぜか全身の毛が逆立ちそうになる。


 とっさに、目の前の『お茶』をひっつかみ——


 ごく、ごく、ごくっ!


 冷たさが喉を駆け下りると同時に、背筋にぞくりとした寒気が走る。


 「あれ?」


 ようやく、ある違和感に気づいた。


 (……いや、待って?)


 どんな茶館でも、こんなに女の子が裸足で踊るものなのか?


 壁際に目をやると、ふっくらとした枕が置かれている。


 刺繍の模様——


 男女が絡み合う、艶やかな模様。


 「……ここ、本当に茶館ですか?」


 「坊ちゃん、甘いのは好き?」


 不意に、隣から囁く声。


 気づけば、赤い衣を纏った女が、ぴたりと寄り添っていた。


 「これは、糖糕(たんがお)よ。ほら、一口♡」


 平安はぎこちなく手を伸ばし、ひとつ摘まんだ。


 「ありが——」


 言い終わる前に、手の甲がひやりと濡れる。


 「っ!?」


 ぺろりと伸びた舌が、指先の砂糖を舐め取った。


 平安の脳内に、警報が鳴り響いた——!!


 「ぼ、僕手を洗ってきます!」


 平安は弾かれたように立ち上がった——いや、正確には、立ち上がろうとして盛大に転んだ。


 「うわっ!」


 どたん!


 思いきり尻もちをつき、痛みに顔をしかめながら周囲を見渡すと、色子たちはさらに笑い転げていた。


 「もう、やめてよぉ~♡ 坊ちゃん、可愛すぎる!」


 「ねえねえ、あたしが手を洗わせてあげようか?」


 「いいえ、あたしが♡」


 平安は必死で床を這いずりながら、なんとか逃げようとした。


 そんな彼の様子を、高瑛は椅子に座ったまま琉璃の杯を軽く揺らしながら、唇に微笑を浮かべた。


 「はははは、十分楽しませてもらったな。もういい、下がってくれ」


 高瑛が指をぱちんと鳴らすと、色子たちは名残惜しそうにしながらも、しなやかな動きで退室していった。



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