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華と塵  作者: チョコリン
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01 瑶京からきた貴公子

 愛とは何か――

 それは時に、穏やかな陽だまりのような温もりであり、また時には、砂塵さじんに巻き込まれるような苦しみを伴う。


 この物語は、小さな村で家族を支えながら生きる青年・平安へいあんと、やがて彼の運命を揺るがす出会いを描いた、愛と宿命の物語です。

 どこか懐かしい村の風景の中で織りなされる日常、家族の絆、そして瑶京ようけいという夢幻の都に秘められた真実。それらが一つ一つ紡がれていく中で、平安の心は少しずつ変化していきます。


 しかし、砂塵が風に舞い上がるように、彼の人生もまた、思いがけない嵐に巻き込まれていくのです。その嵐の中心で彼が見つけるものは、希望か、それとも絶望か――


 瑶京(ようけい)――それは瑶鑫国(ようきんこく)の輝ける都。名の通り、都は(たま)のように美しく輝き、その繁栄は遠く異国にまで知れ渡っていた。


 石畳の街道では、色とりどりの衣装を纏った貴族の令嬢たちが優雅に談笑し、行き交う商人たちの間では活発な取引が交わされる。屋台からは香ばしい料理の匂いが漂い、寺の鐘の音がかすかに街の喧騒(けんそう)に溶け込んでいた。


 だが、この都に溢れるのは美しさだけではない。


 富と名声を求める者が集まり、それを奪い合い、時には踏みにじる――そうして、生き残った者だけが頂に立つ。そんな浮世の雑音など一切耳に入れぬかのように、一台の漆黒の馬車が、ゆっくりと静寂の方へと進んでいく。


 その車体には、高家(こうけい)の紋章が誇らしげに刻まれ、まるでこの国における「権力」の象徴であるかのように、周囲の景色を圧倒していた。


 その中で、貴公子・高瑛(こうえい)は無感動な眼差しで窓の外を眺めていた。


 「九十九(つくも)、まだか?」


 投げやりな声が、馬車の中に沈む空気を微かに揺らした。


 「あと一時間ほどかと」


 護衛兼従者の九十九(つくも)は、いつものように寸分違わぬ調子で答えた。


 「あと一時間ほどかと」


 「……お前の返事はいつも無駄がないな」


 無機質な返答に、高瑛(こうえい)はわずかに唇の端を歪める。面白みの欠片もない。まるで精密に作られた人形のような男だと、改めて思う。


 高瑛(こうえい)は、頬杖(ほおづえ)をつきながら窓の外へと目を向ける。


 街の喧騒が遠ざかるにつれ、景色は徐々に移り変わっていく。賑やかな繁華街を抜け、道端の屋台が消え、やがて、くすんだ色の建物が点在する一帯へと入る。


 街の喧騒(けんそう)が遠ざかるにつれ、景色は徐々に移り変わっていく。賑やかな繁華街を抜け、道端の屋台が消え、やがて、くすんだ色の建物が点在する一帯へと入る。


 「まったく、あんな辺鄙(へんぴ)な場所にわざわざ足を運ぶのも退屈極まりないな」


 窓越しに流れる景色を眺めながら、高瑛(こうえい)は扇を軽く揺らす。退屈な移動時間を少しでも紛らわせるように。


 「だが、珍しい品があるという話は聞き捨てならないし……」


 そう――ただの暇つぶしだ。退屈な日々を埋めるために、目新しいものを求めるのは当然のこと。


 だが、それだけではない。


 「その骨董屋に、なかなかの逸材がいるという噂も気になるところだ」


 唇の端に笑みを浮かべる。


 どんな逸材かは知らないが、少なくとも、ほんの少しの好奇心を刺激するには十分だった。


 珍品も、逸材も――どちらも自分を楽しませる「道具」にすぎない。


 どんなに珍しい品でも、どれほど優れた才能でも、飽きた瞬間に価値は失われる。


 だからこそ、興味があるうちは存分に愉しめばいい。


 「お前、何か思うことはないのか?」


 「(あるじ)が興味をお持ちであれば、それで十分です」


 機械のような返答。


 つまらない。


 予想通りすぎて、高瑛(こうえい)は思わず小さく肩をすくめた。


 「……ふん、まあいい」


 扇を閉じ、高瑛は静かに瞳を伏せる。


 あと一時間。


 その先に待つ「逸材」が、果たしてどれほどの価値を持つのか。


 それを知るのは、悪くない暇つぶしになりそうだった。


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


 西へと進む馬車は、都の喧騒と田舎の静寂の狭間を揺蕩(たゆた)うように、一定のリズムで揺れていた。


 賑やかな街並みは徐々にその影を潜め、行き交う人々の姿もまばらになっていく。代わりに、広がるのは素朴(そぼく)な田舎道。長閑(のどか)な風が草の香りを運び、遠くで鳥のさえずりが微かに響く。


 道沿いには、年月を重ねた木造の建物がぽつぽつと点在していた。その一角に、ひっそりと佇む小さな骨董屋――宝閣苑(ほうかくえん)


 かつては繁盛した店だった。しかし今では訪れる客も少なく、店内には長い沈黙が根を張っている。それでも時折、物好きな商人や目利きの貴族がふらりと足を踏み入れることもある、と店の主は言っていた。


 静まり返った店先で、平安(へいあん)は壺の埃を払いながら、ふっと小さく息を漏らした。


 「……売上が立たなければ、母さんの薬も、妹との生活も……」


 呟いても、現実が変わるわけではないと分かっている。


 病に伏す母。幼い妹。寄る辺なき家族の生活。


 そのすべてが、彼の肩にのしかかる。


 ――あまりに重い。


 「商売とは巡り合わせだ」と、店の主は言う。


 けれど、巡り合わせだけでは家族を養えない。


 もし、今日も客が来なければ――


 不安と焦燥が平安の胸を締め付ける。そのとき。


 遠くから、馬の蹄の音が響いた。


 規則正しく、整ったリズムが、乾いた空気を震わせる。


 その音は、確かにこの店へと向かっていた。


 やがて店の前でぴたりと止まる。


 静寂の中、重厚(じゅうこう)な馬車の扉が開かれ、中から一人の青年が降り立った。


 そして――


 平安の目は奪われて、思わず手を止めた。


 紫。


 この国において、貴族や皇族の象徴とされ、威厳と神秘を兼ね備えた色。


 なんてきれいな色だ……この色は、きっとすごく高いに違いない。


 陽の光を受けてなお深く、けれど決して沈むことのない気高い紫の服。


 金糸の刺繍が繊細な光を宿し、呼吸するたび、儚げに揺れる。


 目の前に立つ貴公子の姿に、平安は無意識に、「高貴」という言葉を頭の中に浮かべた。


 けれど、それがどういう意味を持つのかを深く考える余裕はなかった。


 ただ、この色を着ることが許される人間は決して「普通」ではないのだ、と直感で理解していた。


 その紫を纏い、ゆるりと馬車を降りた青年に、平安は思わず息を呑んだ。


 「ここが宝閣苑(ほうかくえん)か」


 その貴公子は、店を一瞥しながら、扇をゆるく揺らし、薄く微笑む。


 「さて、どんな珍品があるのか楽しみだ」


 どこか退屈そうな声。しかし、わずかな興味の色が滲む。


 「お前、少しは期待しろよ」


 「期待より、警戒の方が必要かと」


 背後から、影のように控える男が冷静に言う。


 その目は、静かに周囲を見渡し、僅かでも不審な動きを見逃さぬように研ぎ澄まされていた。


 貴公子は、そんな従者の言葉に特に反応することもなく、店の中へと足を踏み入れる。


 わずかに埃の匂いが鼻をかすめた。微かに眉をひそめながらも、扇を軽く振るう。


 まるで、この場の空気すら、自分の思うままに操るかのように――

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