9 神様が見てた
来ていただいてありがとうございます!
「水の女神様……!」
まさかお姿を現すなんて……。私は自然に跪き、胸の前で手を組んだ。
はっきりとしない輪郭だけど光の中にとても美しいお姿が見えた。グランもリーヴァイ様もドロシアもそして泥モグラも同じように跪いている。あれ?女神さまの足元にやはり跪いて控えていらっしゃるのは森の精霊王様なのでは?
「父上?!どうしてここに?」
リーヴァイ様も気が付いたようで、とても驚いていた。
「女神様とのお約束だ。私も見ていたよ。全てを。女神さまと共に」
「す、全てとは……」
リーヴァイ様の頬を汗が伝う。
「分からぬか?お前達は試されていたのだ」
精霊王様の瞳には失望が浮かんでいる。
「リーヴァイ。貴方には次代の精霊王は荷が勝ちすぎているようね」
女神さまが悲し気に目を伏せた。
「な、何故ですか?!僕は皆に慕われていますっ」
「一つ一つ挙げていかねば分かりませんか?」
怖い怖い怖い……。優しく微笑む女神さまの圧が怖い。
「まず一つ目。私の可愛いスイレンを蔑ろにしたこと。一つ、スイレンを無視したこと。一つ、スイレンを侮辱したこと。一つ、…………」
女神さまが次々に指を立てていく。あの女神様……大体同じようなこと仰ってますよ?
「お、お待ちください!僕はスイレンを蔑ろにはしていません!むしろスイレンの方が僕を遠ざけていたのです!そもそも彼女は愛想もなくて、役目にも怠慢で……いや、怠慢だったわけじゃないのか……」
あの、リーヴァイ様?さっき私がつきまとってたって鬱陶しそうに言ってましたよね?私といるよりもドロシアや他の精霊達と一緒の方が楽しそうでしたよね?
少し考えたリーヴァイ様は再び言葉を続けた。
「スイレンが役目を怠っていたのではなく、ドロシアが泥モグラを使って泉を濁らせていたのは分かりました。つまり悪いのはドロシアで、騙された僕は全く悪くないでしょう?それにスイレン、それならそうと僕に言ってくれれば良かったんだ。それなのに……」
いや、だから私は役目を怠ったことは無いですって言ったのに。本当に私の話を聞いてないのね、この方。
「リーヴァイ、私は全てを見ていたと言ったでしょう?」
水の女神様の声が一段低くなった。
「全てを見た上で言っているのですよ。お前は精霊王には相応しくないと。良く調べもせずに他者を貶め、色に現を抜かす。知っていますよ?お前の相手はドロシアだけでは無いでしょう?」
「え?」
「スイレンは知らなかったんだな……」
「グランは知ってたの?」
「ああ、だからあいつがスイレンに手を出してないことに驚いた……」
もしかして、私ってかなり魅力ないのかな?私は秘かに落ち込んだ。
「そんなっ!リーヴァイ様っ酷い!!」
ドロシアが礼儀も忘れて立ち上がり、隣のリーヴァイ様を責め立てた。
「何を言うんだ!君だってグラントリーなんかに乗り換えようとしてたくせに!」
ちょっと、痴話げんかなんて始めないでよ……。それからまた、なんかって言ったわね?後でひっぱたいてやるわ!拳を握った私の手をグランがそっと抑えた。優しく笑って首を振る。駄目よ?グランが許しても私が許せないの。絶対ひっぱたくわ。
「ドロシア。お前もですよ」
言い争う二人を遮って更なる圧がかかった。深い水底にいてぐぐーって押し付けられてるみたい。
「お前の罪は重い。私の泉を汚し、スイレンに冤罪をかけ、精霊の国から追放させた。あまつさえ、魔物を生み出すところだったのよ」
私は隣にちょこんと跪いている泥モグラを見た。魔物になってしまったら、殺すしかなかったかもしれないのだ。こんなにかわいいのに悪いことに使われてしまって可哀想だ。私は白くなった毛並みをそっと撫でた。
「お前の祈りは不快でした。泉に力を与えるなんてしたくなかったのよ?お前ごときがスイレンの代わりに祈ったところで何も届きはしないのに、よくもまあ、泉の番人などを名乗れたこと……」
再び跪いたドロシアは悔し気に唇を噛みしめている。
「……二人には泥の沼地への追放を命じます」
水の女神さまの冷たい命令に二人が叫ぶ。
「そんなっ!」
「何で僕まで!!」
ここでそれまで黙っていた精霊王様が口を開いた。
「当然だ。お前達は婚約者同士。夫婦も同然なのだから。それにドロシアを泉の番人の役目に就かせたのはお前だろう?我々はこれ以上女神さまのご不興を買う訳にはいかないのだ、可愛い息子よ」
やや疲れたようにゆっくりと言い聞かせるように言葉を紡ぐ。
「泥の沼地……」
精霊の国と、人の世界とはまた違う世界との境界の場所。名前の通り暗くて湿った土地。良くないものの世界との境目だから、そういった存在も入って来る場所だと聞いたことがある。
「嫌だ!スイレンっ、僕はっ!!君の事が好きなんだ!助けてくれ!!君が僕を許して選んでくれればきっと!」
リーヴァイ様が私に向かって走って来た。
「女を見捨てて逃げ出した奴が、女に助けてもらおうとするなよ」
グランが力を振るい、二人を固い石の檻に閉じ込めた。そのまま二人は水の女神さまの力でどこかへ連れて行かれてしまった。
「そんな顔しないでスイレン。大丈夫よ。あの二人が泥の沼地にいるのは数年だけだから」
「そうなんですか?良かった……」
それでも二人には辛い生活が待っている。そう思うと少し胸が痛んだ。水の女神様とグランが呆れたようにため息をついた。
「本当はね、夫の方があの二人にとても怒っているのよ」
「水の神様が?」
「二人を雫と木の芽に戻してしまえって、もの凄い剣幕だったのをやっと収めたの。大変だったわ……」
「女神様、深く感謝申し上げます」
精霊王様は深く頭を下げたまま。
「次は無いわよ?」
「はい。愚息が戻れましたなら、厳しく躾けし直し監督いたします。それでは私はこれで……。スイレン、リーヴァイが大変申し訳なかった」
精霊王様は私にも頭を下げて帰って行かれた。
「さてと、私もそろそろ帰るわね。ふふふ、そんなに睨まなくても大丈夫よ?大地の深淵の精霊グラントリー。貴方の大事なスイレンを連れて行ったりはしないから」
「グラン……?」
水の女神さまの言葉に驚いてグランを振り返ると、険しい顔で女神さまを見ていた。
「私達はスイレンを気に入っているから、神界へ連れて行こうかって話はしてたんだけどね」
え?そうなの?グランがぐっと私を抱き締めた。
「でもスイレンはここにいたいのでしょう?」
「はい。水の女神様。私はグランリーと一緒にいたいです」
「ふふふ、スイレンがしたいようにするといいわ」
「ありがとうございます。女神様」
「でも、祈りを捧げることは続けて頂戴ね。貴女の祈りはとても心地よく響いて私達を慰めてくれるのよ。それから、舞も時々見せて欲しいわ。よろしくね」
そう言って片目をパチンと瞑ると水の女神様は清らかな光と共に消えて行った。
「はい。必ず」
私は噴水の水音だけが聞こえる静かな庭園でそっと答えた。
あ、リーヴァイ様をひっぱたき損ねたわ……。思い出してちょっと悔しくなっちゃった。
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