8 降臨
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「ドロシア!危ないっ!!」
手のひらに乗るくらい小さかった泥モグラが私達の腰の高さくらいの大きさにまで変化した。四つ足でドロシアに走り寄り、おもむろに立ち上がる。大きな爪がドロシアに向かって振り上げられる。
「ひぃっ」
リーヴァイ様は情けない声を上げてドロシアから離れて逃げ出し、そのまま庭園の向こうへ消えた。
「リーヴァイ様っ?……っいやぁっ!!来ないで!!」
立ち上がった泥モグラはドロシアの背丈をゆうに超えている。ドロシアは恐怖ですくんで動けない。
「ちっ」
グランが咄嗟に力を振るい、泥モグラの前に土の小山を出現させた。大きく伸びた爪が土に食い込み動けなくなる泥モグラ。泥モグラは怒りの声を上げた。
「ドロシア!こっちへ!!」
私はドロシアに駆け寄って手を引いた。
「スイレンっ!前に出るなっ!!」
グランの焦ったような声が聞こえる。もう!ドレスって走りづらいわね!
「あ、何よ!あんたなんか……。いつもずるいわよ!泉の番人のお役目も、いい男も捕まえて!!お役目はもういいから、グラントリーと王子妃は私に譲りなさいよっ!!」
「ちょっとこんな時に何言ってるの?」
ドロシアは私の手を振り払って怒りに任せて力を振るった。
「お前、もう要らないわっ!!」
「ドロシア?やめて!!」
水の刃がどうにか爪を外してこちらへ走って来た泥モグラを切り裂く。いえ、切り裂けなかった。ドロシアの力は弱すぎてわずかに黒い体毛を切り裂いただけだった。でもそれは更に泥モグラの怒りに火をつけてしまった。
咆哮を上げた泥モグラが襲い掛かって来る。私にはその咆哮が悲しいものに聞こえた。
「大地よっ!」
グランの声に応えて、土が泥モグラの両側からせり上がり泥モグラの体を抑えつけた。泥モグラは顔以外を土の山に封じられてしまった。
「こいつは何も悪くないんだけどな」
グランが痛ましそうに泥モグラを見つめる。その赤い目は憎々しげにグランを睨んでる。
「っグラントリー様ぁっ!私をお助け下さったのですね!怖かったですわ!」
ドロシアがグランの背中にしがみついた。ちょっと何してるの?グランはっ……
「やめてっ!触らないで!」
私はドロシアを押しのけてグランに抱き着いていた。
「グランは私の好きな人なの。ドロシアには渡せないわっ!!」
静まり返った場に、ハッと我に返る私。今私なんかすごいこと言っちゃった……。嫉妬心丸出しで……。どうしよう。グランに呆れられてたら。私は恐る恐るグランを見上げた。
「スイレン……」
グランはとても嬉しそうに私を見てた。あれ?呆れたり怒ったりは、してないみたい?
「……そんな……スイレン……僕の時はそんな風に嫉妬なんてしてくれなかったのに……」
いつの間にか戻って来たリーヴァイ様が呆然と呟いている。
「ごめんね、私、つい……はしたなかったよね」
そっとグランから離れようとしたけど引き寄せられた。
「ヤキモチ妬いてくれるんだな。可愛い」
可愛いの?今のが?でもグランにそっと抱きしめられて、ホッとした。
「何なのよっ!スイレンなんかのどこがいいのっ?」
怒ったドロシアが、泥モグラの顔に向かって水の刃を放つ。完全な八つ当たりだ。私は泥モグラの前に立ちはだかり水の刃を受けた。ちょっと防御が間に合わなかった。ああ、綺麗なドレスが破けちゃった……。
「!」
「スイレンっ!傷が……!」
慌てたように私の頬に手を当てるグラン。
「大丈夫。すぐに治ると思う。それより……」
私は泥モグラのことが気になった。ドロシアの言うことを聞いてたってことは、ドロシアの事が好きだったんだろうに。二度も攻撃されてとても傷ついたんじゃないかな……。
私は泥モグラがさっきよりも落ち着いているように見えたので、ベンチに置きっぱなしのケーキのお皿を持ってきて、上に乗った赤い果物を泥モグラの鼻先へ近づけた。
「スイレン?」
泥モグラはフンフンと匂いを嗅いでパクっとそれを食べた。
「お腹空くと怒りっぽくなるよね。精霊の国のとは違うけど、これも美味しいでしょ?」
「うーん、そういう問題じゃないんだけどな。……まあ、スイレンらしいか。あ」
グランの驚いたような声に泥モグラを見ると、元の大きさに戻っていた。だけじゃなくて黒かった毛並みが白く変わってる。
「君、どうしたの?」
私は土の中から出てきた泥モグラを抱き上げた。閉じた目がうっすらを開き私を見た。
「あれ?目の色が水色になってる?」
「新しい契約が結ばれた?」
グランの言葉に驚いて泥モグラを見みるとウンウンと頷いている。
「そうなの?」
またウンウンと頷く泥モグラ。そんなことってあるんだ……。
清らかな光が降り注ぐ。
「全てを見せていただきましたわ」
慈悲深く、優しい、大らかな声。
大きな力の波動が降りてきた。
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