5 婚約
来ていただいてありがとうございます!
「そういえば私、ダンスなんてしたことないわ!」
あの夜からグランからの贈り物でいっぱいになってる部屋の中で唐突に気が付いてしまった。どうしよ……。
「あと三日もあればスイレンなら一曲くらいなら余裕だろ?」
今夜もまたグランがやって来た。視察の時に城下のお店で買ってきたという可愛らしい花の形の焼き菓子を持って。グランはこともなげに言う。
そ、そんな馬鹿な……。
「その根拠は?」
「だってスイレンってリズム感が良いだろう?よく泉のほとりで舞ってたじゃないか」
「み、見てたのー?!あれは、水の神様がお喜びになってくれて……だから……」
恥ずかしいっ恥ずかしいっ恥ずかしぃっ!!
「そんなに真っ赤にならなくても……。大丈夫だよ。俺が教えるからさ。ダンスの後は俺と一緒にいてくればいいから」
そう言って肩を抱いて来るグラン。なんだかんだでグランが触れてくるのを拒めない私。
嫌じゃないってことはそういう事だよね?
ダンスの練習をしながらグランを見上げる。
「ほら、上手いじゃないか」
グランは笑って私を見つめてる。
「これでも必死なのよ?」
恥ずかしくて目を逸らす私。近いんだもの、顔。人間てよくこんなことできるわよね。いろんな人と踊ったりするのよね?あ、もしかしてグランも他の女の子と……。胸がちくっと痛んだ。
思い返せば、グランとは婚約者のリーヴァイ様よりも一緒にいた時間が長かったかもしれない。婚約した最初の頃はそれなりにお話もしてたけど、私は泉の番人としての役目があって忙しかったし、リーヴァイ様は人気者でいつも他の精霊達に囲まれてた。
グランは人間の世界に興味のある私に人間の世界の本を持って来てくれていた。私はグランの持って来てくれた本を夜眠る前に読んで、次の本と交換する時にグランと読んだ本の内容を話しあうのが楽しみだったっけ。
婚約してからそれほど経たない頃からリーヴァイ様の傍にドロシアが寄り添うようになっても、グランが励ましてくれてあまり悲しくなかった。生まれて十六年目、十六の歳に婚約が決まってそれから二年くらいの間、グランが来てくれる頻度が上がってた。ずっと見守っててくれたのかな?そう思うと胸が温かくなる。
「何?」
知らずにグランを見つめてたみたい。
「頑張って他の曲も覚えるから、これからは私以外の人と踊らないで欲しいなって」
ダンスのステップが止まる。
「っスイレン?それって……」
「うん。私もグランのこと好き……だから……」
腰を抱き寄せられ、力強く口づけられた。
「んんっ」
この前と違う……!
「ごめん。ちょっと我慢できなかった」
足の力が抜けそう……。グランの胸に寄り掛かって動けない。
「これ……知らない。本にも書いてなかった……」
「そんな本渡すわけないだろ……。この先は俺が教えてくから本なんかで勉強しなくていいよ」
そういえばグランは私より二つ年上で、人間の世界でたくさん勉強してるんだ。そう思ったら彼がすごく大人びた表情をしてるのも納得できた。
でもこの先ってなんだろう?
「あ」
グランは私を抱き上げるとソファに座らせた。
「結婚式までは我慢するけど、遠慮はしないから。十年分くらいたまってるから」
「何が?!」
うっとりとした表情のグランの顔が近づいて来る。その夜は随分遅くまで話をしていた。時折グランの口づけを受けながら。
本当は世界を見て回ろうって思ってたんだけど、グランのこと好きになっちゃったから、ずっとそばにいたいって思ったんだ。
慌ただしかったけど私達は正式に婚約し、内外に発表が行われた。
「これで堂々と夏至の舞踏会でスイレンを紹介できる」
「紹介?どなたに?」
「リーヴァイだよ」
「え?いらっしゃるの?」
「ああ、言ってなかったか?国王は精霊の国とも親交があるからね」
しれっとグラン。あ、これわざとだ。でもどうして?
「見せつけてやろうと思ってさ。手放した宝石を。あいつの悔しがる顔が今から楽しみだ」
「宝石って、言い過ぎだよ。それにリーヴァイ様は悔しがったりしないと思うんだけど」
だって彼はドロシアを愛しているんだもの。
「……それにそろそろ困ってる頃だろうしね」
「?何に困るの?」
「実はね……」
グランが語ったことに私は酷く驚いた。
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