10 温かい泉
来ていただいてありがとうございます!
光が消えると突然舞踏会の会場から音楽が聞こえてきた。集まった人々の賑わいの声も。
「女神様が結界を張ってくれていたようだな」
「じゃあ、今の騒ぎは他の人達には」
「分からなかっただろうな」
「そっか、良かった。……なんか大騒ぎだったね……ん?」
ため息をついた私の足元で泥モグラがもそもそしてる。
「あ、ケーキ!」
いつの間にかベンチに置いてあったケーキを持って来て食べてる。
「口の周りにクリームがついてるわ。美味しい?」
泥モグラはうんうんと頷きながら小さな手でケーキを掴んで食べてる。そういえば私もお腹空いてたわ。
「グラン……」
「新しいケーキを持ってくるよ」
グランは少し笑いながら、明るい会場へ走っていった。
「ありがとう!」
私とグランと泥モグラは噴水の庭園で一緒に楽しくケーキを食べた。
ふいに華やかな三拍子の音楽が流れてきた。
「ああ、今夜の最後の曲だ。スイレン、俺と踊っていただけますか?」
「喜んで」
グランの手を取った私は誰かに見られる緊張も無く、楽しくダンスを踊ることが出来た。本当ならきちんとあちらの華やかな会場で踊らなきゃいけないのに、グランに気を遣ってもらっちゃった。
「グラン、私次はもっときちんと王子妃として頑張るから!!」
「スイレンはそのままでいいんだよ。……でも、嬉しいよ」
グランの顔が近づいて来る。私は誰かが来るんじゃないかと気になって辺りを見回した。
「あ、あの子寝ちゃってる?」
いつの間にか泥モグラが噴水の淵で丸くなって眠ってる。
「満腹になって安心したんだろう。あいつはもう泥モグラとは呼べないな」
「そうなの?確かに毛並みや目の色が変わってしまったけど」
「気づいてなかったのか?あいつは君の眷属の小精霊になったんだよ」
「え?眷属?でも眷属って力のある大精霊様くらいじゃないと……」
「自覚なしか。スイレンはもともとその素養があったんだよ。それでもそんな風に強い力を持てたのは毎日純粋に祈りを捧げてきたからだ。君は水の神や女神だけでなく他の小精霊達にも愛され、慕われてる」
そうなの?確かに小精霊のお友達は多かったけど……?
「君の力に気づいて無かったのはあのリーヴァイくらいだよ。ドロシアだって嫉妬してたからあんな小細工をしたんだ」
グランが私を眩しそうに見てる。
「でも、あいつが馬鹿で本当に良かった。君は俺のものだ。誰にも、神にも女神にも渡さない」
グランの深い茶色の瞳に炎のような色が灯る。大地の深淵の精霊……。女神様がそう言っていたっけ。綺麗な瞳。思わず見惚れているとグランは切なげな表情になる。
「グラン?」
唇が重なった。何度も何度も。誰かに見られたら……。そんなことも考えられなくなる。
………………………………
「……結婚式、早めよう」
グランの腕の中で夢見心地でいる私の耳にそんな言葉をささやかれた。
あれから数日。私はお城で教師を付けてもらって、様々なことを学び始めていた。王子妃になるには全然時間が足りないけど、泣き言なんて言っていられない。グランと一緒にいるためだもの。頑張らないとね。
泥モグラ改め泉モグラは精霊の国には行かず、私にずっとくっついている。一緒に本を読んだりおやつを食べたり。うーん、私に懐いたというよりも私と一緒にいるとお菓子を食べられるのが嬉しいのかなって思ったりもする。大人しくしててくれるからいいけどね。私はこの子にグラと名前をつけた。名前を呼ぶようになったら、毛並みが艶々なったような気がする。気のせいかしら?
勉強の合間にグロリアーナ様のお茶会に招かれたり、王妃様のお茶会に招かれて物凄く緊張したり、グランのお兄様方に何度も話しかけられたり、そのせいで婚約者や婚約者候補のご令嬢様に怖い目で睨まれたりとそりゃあ色々、色々あったけどなんとか頑張って過ごしてたんだ。
あ、でも一番びっくりしたのはあのマージョリー王女殿下が電撃訪問してきたことかな?夏至の舞踏会では婚約のお祝いをいただいたんだ。まだグランの事好きなのかなって思ってたけど違ったみたい。婚約者候補しかいない第二王子殿下が目的なんだって。
「あの兄貴が怯えた顔して逃げ回ってて傑作だ」
グランは笑ってた。第二王子殿下は小さな頃からグランに対するいじめが一番酷かったらしい。ちょっとお気の毒な気もするけど、恋心は縛れないから仕方ないよね?
グランはどんなに忙しくても私の部屋へ毎日来てくれる。あと二日で結婚式という今夜も二人で座ってお茶を飲みながらお話をしてる。この時間があるから頑張れる。でも今日のグランはいつもより嬉しそうな顔で話し始めた。
「巡検使になる」
「巡検使?って確か……前に本で読んだ気がするけど……」
「大昔は貴族達の領地の様子を調べて回る仕事だったんだけど、今回は地質調査の仕事になる」
「王子様のやる仕事じゃないような気がするんだけど……」
グランは嫌がらせにあってるの?私は心配になった。
「国王陛下に申請したんだ」
「え?グランから?」
地質調査というのは名目上の仕事で、実のところはあのマージョリー王女殿下の事件が関係している。水源枯渇事件は証拠が無くて魔法王国にまだ抗議すらできていないのだ。だからマージョリー王女殿下は野放し状態なんだ。泉の精霊の私の証言だけだと証拠が足りないらしい。そこで私達が見回ることで同じことが出来ないように牽制しようと提案したのだそう。
「スイレンは世界を見て回りたいんだろう?」
「え?どうして?」
知ってるの?私グランに言ったことあったっけ?
「分かるよ。それにスイレンには城や王宮は窮屈だろう?」
「……」
確かに、マナーとか社交とかって苦手かもしれない。
「でもグランと一緒にいるためなら、頑張れるよ?」
「……そういう可愛いこと言われるとすぐに襲いたくなるから止めてくれる?」
グランはにっこり笑って口付けてきた。
「それに俺も王宮に閉じこもってるのは嫌なんだ。どうせ王妃や他の王子達にも疎まれてるしね。それならいっそ王位継承権を放棄してスイレンと一緒に旅してまわろうと思ってさ。国王陛下に申し出てたんだ。やっと許可が下りたよ。遅くなってごめん」
「じゃあ、グランと一緒に旅ができるんだ……!嬉しい!ありがとう!グラン!大好き!」
私はグランに抱き着いてしまった。
「ああーっ!!あと二日なんだ!堪えろ俺!!」
言いつつグランは私から少しだけ離れた。
二日後、グランと私は結婚式を挙げた。
王族にしては小規模だったらしいけど、私には十分豪華な結婚式に思えた。
そしてその夜、それまでの王子妃教育では追いつかなかった色々をグランに優しく激しく教えてもらうことになったのだった。
数年後、殆ど資源の無い領地を賜って公爵になったグランと公爵夫人の私が、温泉付きの観光施設を作って収入を上げ、のんびり楽しく暮らしていくことになるのはまた別のお話。
おしまい
最後までお読みいただいてありがとうございました!




