1 婚礼中止
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「残念だがスイレン。君との婚礼は中止だ」
え?この方いきなり何を言ってるの?あと十日ほどで私、泉の精霊スイレンと森の木々の精霊王の息子新緑の精霊リーヴァイ様の婚礼の儀式が行われるというのに。
「リーヴァイ様一体どういう事でしょう?」
一応尋ねてみる。一応ね。だってもうとっくの昔に分かってたんだもの。ただ、こんな間際に言われるとは思ってなかったから油断してたわ。婚礼だけは行われるのかと思ってた。ついさっきまでは。
「僕はこの清らかな夜露の精霊ドロシアを好ましいと思っている」
森の王子の傍らには愛らしい姿をした少女の精霊が寄り添っている。
私達の婚約は精霊の国の森を守る為に結ばれている。森の木々の守護者たる精霊王の息子と森の水源である泉の番人を引き継いだ精霊である私、二人でこの精霊の森を守っていくために。
「君は泉に捧げる祈りを怠り遊び惚けている。しかも人間の世界などに興味を持ち本を取り寄せているとか」
リーヴァイ様が厳しい顔をしている。
「僕は散々注意をしてきたのに、君は聞く耳を持たなかった」
一転して悲しそうな顔になるリーヴァイ様。
「そんな君に代わって、必死に毎日祈りを捧げてくれていたのがこのドロシアなんだよ」
愛しそうにドロシアを見るリーヴァイ様。
あ、こりゃ駄目だわ。私の言葉は聞くつもりないだろうな。もうかなり前からそうだったけど。私はこっそりため息をついた。一応反論しておこうかな。無理だろうな。
「お言葉ですが。私は自分の役目をおろそかにしているつもりはありません」
毎日朝夕、聖なる泉に祈りを捧げて水の神様に感謝してる。先代から引き継いだ泉の精霊の大切なお役目だもの。怠るなんてありえないわ。祈りを捧げた後、泉の水は光輝くように澄んで命を育てる力がいっぱいになる。結構疲れるんだけど、皆の命の源の水だから頑張ってたんだ。
でも最近お祈りをした後すぐに泉の水が濁ることが増えてきてて、不思議に思ってたんだよね。だからちょくちょく様子を見に来ては追加でお祈りをしてたんだけど。間に合わないときは決まってドロシアが祈りを捧げてそれをリーヴァイ様が見てる。家で本を読んでた私が慌てて泉にくると、リーヴァイ様の叱責が飛ぶのだ。ちょっとおかしくない?私は幼馴染の土の精霊のグラントリーに協力してもらって泉を見張ってたんだ。結果は良く分からない、だった。泉はいつの間にか黒い点が浮かんで濁っていく。これから、泉の中を調べてみようってグラントリーと相談してたところだったんだ。
「君が怠けるから、泉の水が濁って困ると他の精霊達からも苦情が出てる。君には僕の婚約者と泉の番人の役目を下りてもらうよ。真面目で誠実なこのドロシアがその立場に相応しいからね」
そう言って笑い合うリーヴァイ様とドロシア。
「君にはこの森の聖域に近づくことを禁じる。ここから出て行きたまえ」
ほら、やっぱり。この王子様は私の言う事を聞く気が無かったわ。ま、いいけどね。私は静かに頭を下げた。
「リーヴァイ様、婚約の解消ということでよろしいのですね。しかと承りました。二言は……」
「無い。当たり前だ」
苛ついたように私の言葉に被せてくるリーヴァイ様。どうしてこうなってしまったんだろう?さすがに少しの虚しさを感じたわ。でも……。
よし、やった!!
ガッツポーズをしたいのを必死にこらえる私。俯いて殊勝な態度に見えるよう頑張った。周囲の大精霊の皆様達がざわめいてる。今は精霊王様がいらっしゃらないから、この方々が証人ね。
「精霊王様がお留守の今、このようなことを……」
「いやしかし、泉の水が濁っているのは番人であるあの娘のせいだろう」
「そうだ!当然の処置だ!」
「しかし、スイレン様はきちんとお役目を果たしていたようですよ?泉が濁る原因を調査すべきでは?」
「いやいや……」
私達精霊の言葉は契約に近い力を発揮するのだ。もうこれで私はリーヴァイ様と結婚しなくて済む。泉の番人のお役目を外されたのは悲しいけれど、それも仕方が無いことだ。もう私にはどうすることもできない。さよならリーヴァイ様。最初は誇らしかったんだけどな……。美しくて気高くて優しい方だったから。仲良くなろうと色々努力したのに。ドロシアが現れるまでは。
「これからは君に任せる」
「リーヴァイ様っわたし頑張りますわ」
私は盛り上がる二人の会話を背に精霊の森の大樹の広場を後にした。
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