表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。

4 4 4 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 つぶらやは、自分の決めたパスワードとかを全部覚えているか? 防犯を考えると、ものによってパスワードを変えていった方がいい、とはよく聞くな。

 俺はどうも、そこのところが面倒でな。いつも同じ番号やパスワードを打ち込んじまう。

 いかにも不用心、とかいってくれるなよ? 前にパスワードをあれもこれも打ったのに、いつまでも認証されない経験があったんだ。ああいう風に胆を冷やしながら、次々パスワードを打っていくいらだちに比べたら、ずいぶんと血圧あがるの防いでいると思うぜ。


 俺たちは何かと、ナンバーを入力する機会に出会う。

 パスワード、証明書、各種カード類、場合によっちゃ自分の部屋に入るときにだってだ。

 一人一人をしっかり区別してくる、というと字面的には素晴らしいが、後ろに臭う管理の香りを、よしとしない人もいるだろう。

 縛られずに生きたいと願っても、数々の保障は管理されることによって得られる。それらに対する思考を停めることは簡単だが、ふとした拍子にスイッチは入れられるようにした方がいいかもしれないな。

 俺の昔の話なんだが、聞いてみないか?

 

 

 いまとは別のところで一人暮らしをしていたときだ。

 駅近くの一室で、徒歩5分圏内でコンビニ、スーパー、ドラッグスストアなどなど、一通りの生活用品が整うんで、時間ができればそれらへ頻繁に足を運んでいた。

 特にコンビニは24時間営業ということもあり、日をまたぐ時間帯とかで小腹が空いたりすると、しばしば世話になる。その日も部屋着の上からパーカーを着て、のそのそと家を出ていったんだ。

 

 やや小高い丘の上にあるアパートは、出てすぐに坂道が横たわっている。

 朝から夕方ごろは、そこそこ車どおりがあるのだが、日付も変わる夜中だとぐっと台数が減っていた。国道へつながるとはいえ、この坂道の上に用があるのは大半が頂上にある某高校とその関係者たちだろう。

 坂を下りきったところにある歩道橋を渡り終えると、もう数十メートルで駅のロータリーへたどり着く。その一角にあるタクシー乗り場の真ん前にある、コンビニが目的地だ。

 その歩道橋を降りきったところにも、3階建てのマンションがちょうど立っている。ロータリーに向けて横長の身体を持つエントランスは、橋側から見ると非常に細身なものだ。

 

 大人三人が並べるくらいの細い入り口は、自動ドア前にオートロックが設置されている。

 自動ドア脇の壁に設置され、住人はそこの番号を入れることでドアを開いていく。

 番号を忘れた時用なのか、0〜9までの番号を打つ箇所以外に、カギの差し穴も備え付けられている。ここに部屋の鍵を差し込んでも開けられるんだろう。

 ときどき、住人が番号を打ち込んでいくときとバッティングすることもある。番号もつい、目に入っちゃうこともあったさ。防犯用のミラーもないし、打ち込んでいる人がどれだけ気づいているか定かじゃないが。

 もちろん、悪用する気はない。とっつかまりでもしたら、お先真っ暗だしね。

 

 その時も、ドアのパネル前に人がいたのさ。

 明るいベージュ色のトレンチコートを羽織った、禿頭の御仁だ。お寺関係の人なのか? この時間であまり見かけたことないなと思いつつ、横を通り過ぎ際に、ついパネルを押す指運びを見てしまう。

 が、俺自身の目を疑ったね。なにせそのお坊さん、ただひとつ「4」の数字だけ連打していくんだぜ?

 途中で他の数字へ浮気することもなく、一途な思いをひたすらぶつけていく。

「俺以外に、ここで4を愛せる奴は他にいないんだぜ?」という声でも聞こえてきそうな、押しっぷり。

 いやいや、小学生でもそんな数を暗証番号に選ばんだろう……と、思いかけたところで。ぴたりと止まる指。迎え入れる自動ドア。仏頂面で入っていく禿頭の御仁。

 それらを信じられない面持ちで見送る俺の前で、自動ドアは律義に仕事をこなし、その口をぴったりと閉ざしたんだ。

 

 その日は、いささかあっけにとられながらも、予定通りにコンビニで買い物を済ませた。

 けれども、あの光景がどうも頭にこびりついて、気になる。

 ちょうど暇をしていた時期でもあり、毎晩のように俺はさりげなくマンション前を横切ったが、あの御仁を見かけることはしばらくなかった。

 必然、マンションそのものを何度か目にするわけだが、ふと思うことがある。

 

 ここのマンションは3階建てだ。それでいて数字の横に取り付けられた部屋の見取り図を見ると、4を飛ばした号数になっている。

 1階から3階までのどの部屋を使ったとしても、少なくとも部屋番号で4を押されることはないわけだ。それを、ああも4で暗証番号を固める御仁……。

 年甲斐もなく、にわかに興味をそそられてきた俺は、その晩も買い物に出かけるがてら、マンションの前を通りかかったんだ。

 行きは誰もいなかった。だが、コンビニで買い物を済ませての戻り際。

 駅の前を横切った時、俺のそばをすいっと追い越していく人がいた。ベージュ色のトレンチコートをまとった、背の高い禿頭。まぎれもなく、あの日に見た人だ。

 俺より一回り大きい御仁は、大股でずんずんとあのマンションへ向かう。とっさに俺が足を速めたが、それに合わせて御仁もまた足を速くして、差を縮めることままならなかった。

 

 ――ついてきているのを気取られているのか?

 

 御仁の敏感さが、俺に一抹の不安を抱かせる。下手に追いかけると、俺の立場が悪くなるような事態になるかもしれない。

 

 速さを緩める。

 御仁は構わず差をつけていくが、構わない。こちら側なら、エントランス脇の窓から自動ドア側の様子が見渡せる。

 いったいどのような人が、あの番号を押しているのか。せめて顔でも拝んでやろう。

 そんな気持ちで、俺はあの御仁がエントランス側に姿を現すタイミングに合わせ、件の窓の外を通りかかったんだ。

 でも、まさかまた目を疑う光景に合うとは思わなかった。

 


 なぜなら、その人には目鼻に口、眉毛などという顔を成すパーツがどこにもなかったのだから。

 最初はエントランス内の照明の反射で、見えないだけと思っていた。信じがたい心地で、なお顔を窓に寄せて目を凝らすも、光の中で御仁の顔は変わらずのっぺりしたまま。

 その俺からの視線が、見えているのかいないのか。御仁は、変わらず指を動かし続けている。ただひとつのボタンから、決してずらさず、延々と。

 あのときの比じゃない速さだ。ボタンそのものを押しつぶさんとするように、一心不乱の連打、連打、連打……。


 もはやいくつ押したか分からないところで。

 ぽろりと、パネルの下から小さいものがこぼれるのと、御仁の動きが止まるのはほぼ同時だった。

 しかし、押す動作が止んだのはほんのわずかな間だけ。御仁はすぐまた押し始める。先ほどまでの人差し指ではなく、中指で。

 無理もない。だが人であったら、無理はある。

 見間違いでないのなら、パネルの下からドアの向こうの入口へ落ちていったかけら。それはもげてしまった、人差し指の先端から第一関節までの部分に見えたんだから。


 前回とは比べ物にならない連打の末。

 自動ドアは身を開き、例の御仁を受け入れてくれた。何十、何百、いやことによると千に届いたかもしれない。セキュリティの枠を超えている。

 御仁は入るや、俺の見ている窓にそっぽを向ける形で、マンションの奥へ消えていってしまう。正直、鳥肌がおさまらない俺だが、どうにかそろりそろりと、エントランス側へ回ってみたよ。

 数字を押すパネルは、4の部分だけがぬらぬらと脂ぎり、てかりを放っていた。ボタン周りにも、真新しいねばつきがあって、それらが糸を引いて下部へと垂れていく。


 そして足元に転がる、あの人差し指の先端。

 そこには血も肉も、骨さえも含まれていなかった。

 脂身そのもの。それがあたかも人差し指のような形でもって、転がっていたんだ。

 落下の衝撃のためか、その形もいくぶん崩れてしまって、あれを見ていない人にはただのゴミが転がっているようにしか思えないだろう。


 それから実家に戻ったとき、じいちゃんに聞いた話がある。

 たとえ人がご無沙汰しているものでも、何者かはじかに触れて気にかけてくれるものだと。それはことによると、放っておかれたもの自身が生み出し、自分に触れてなぐさめていくこともあるのだと。

 あの御仁は、人の手に触れられることに飢えた「4」の数字が生み出した、慰め手だったのかもしれないな。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ