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勘違い

作者: 西川藍世

 死にたいなんて思っても死ねない。

 消えたいなんて思っても消えれない。

 何かを変えたいなんて思っても何も変えられない。

 そんな生活をただ続けることに自分は何を見出して活力にし、生きていけばいいのか。

 「それがわからないから楽しい」とか「それを見つけるのが人生」なんて言葉に何度も裏切られて、二十歳になる今まで苦しみながら生きてきた。

 だから決めた。

 二十歳の一年間を最後にこのゴミのような自分の人生を終わらせようと。

 死ぬことで裏切られてきた言葉たちの意味を理解できるかもしれない、自分のやってきたことが報われるかもしれない、自分の人生に少しでも意味を持たせれるかもしれない。



 「人は生きているだけで意味がある」

そんな言葉を幼い頃にかけられた。もちろんその時は中身の部分や本質なんて考えずただ鵜呑みにしていた。

綺麗事を純粋に綺麗なものだと信じて疑わず混じり気のない真っ直ぐな眼差しで自分の中に落とし込んでいた。

 今になって思う。たった一言で一蹴できる

 「そんなのはただの綺麗事だ」と。


 本田優斗、僕の名前。歳は二十歳。大学生。片親で遠距離の彼女がいる。顔を平均、これといって秀でているものもないただの一般人。側から見ればなに不自由のない人間。ただ僕には自殺願望がずっとある。

中学生の頃から常に自殺願望があった。何かがあって自殺したいなんて理由はない。ただ生きているのが苦しかった。

死んだところで何かが変わるなんて思ってもいないし、楽になるとも考えていない。

 ただ死にたかった、死への憧れがあったのかもしれない。

友人や恋人に相談なんてしない。どうせ浅はかな言葉と理由で止めてくるのはわかっていたし、どうせ死んだら友人も恋人も関係ないのだから話す気もなかった。

 大学に入り僕の自殺願望は増していった。ひとり暮らしをして一人でいる時間が増え、より自殺を考える時間が増えた。方法などは別に調べてはいないけれど、単純に死にたいと思う頻度が増えた。

 お酒やタバコに頼る生活になったのも自殺を助長する原因になったのかもしれない。

遠距離になった彼女とは毎日電話をしていた。その日の学校のことやバイトでのこと、他愛もない話を一、二時間ほどしてから寝る生活を一年半続けていた。自殺の話なんてせずに。

ある日、いつものように電話をしていると、彼女から

 「優斗は死にたい願望あるよね。」と少し微笑みながら言われた。

僕は戸惑いと疑問を抱きながら「どうして?」といつものように笑顔で聞いた。

すると彼女は、「なんとなく!」と元気に答えた。

その答えに少し安堵しつつまだ戸惑いを隠しきれない自分を抑えるように首を横に振った。


 飯田羽衣、僕の彼女。高校の同級生で二年の夏に付き合い始めて三年近くになる。特に決定打となる出来事などはなくごく一般的に友達から恋人へと関係は変わっていった。

羽衣は僕とは正反対の明るく真っ直ぐな人間で、思ったことや感じたことをすぐに実行できるタイプ。恋人になった経緯は多分僕の無い物ねだりだと今になって思う。悪く言えば誰でもよかった。

そんな羽衣からの言葉はなぜかずっと頭の中に残り続けていた。まるで悪性の腫瘍のように。

羽衣は僕が死んだら悲しむだろうか、怒るだろうか。いつしか死ぬことよりも死んだ後の羽衣のことを気にする時間が増えていった。


 「どうせ死んだら関係ない。」

僕はそれをどこか心の拠り所として生きてきた。死んでも生きている人間の時間は進み続ける。何ヶ月、何年か経てばそれが当たり前になる。そんな考えで今まで生きてきた。なのに今は、死んだ後の羽衣のことを考えている。そんな自分が余計に嫌いで気持ち悪くて自殺願望は増していった。

そんなある日、ネットサーフィンをしていると自殺願望者のサイトを見つけた。そこには自分と同じく死にたい、自殺したいと願う人の書き込みが幾多もあった。書き込みはせずそのサイトを眺めている日々が続き僕は初めて書き込みをした、単調でどこにでもある言葉を。

 「僕も死にたい、死ねば楽になれる。自殺がしたい。」

具体的な方法や願望は一切思い付いていない僕はその言葉だけを投稿した。

すると、一通の通知が来た。名前はなくただ要件だけで。

 「私もです。一人で死ぬのが恐ければ一緒に死にませんか?」

僕は驚いて返信に迷った。ここのサイトはいわば自由に書き込みをして自殺方法やそれに必要な道具が流れてくるだけだと思っていた。僕はどうせここだけのやり取りだろうと思い

 「そうですね、機会があれば。」

とだけ返信をした。そこからしばらく僕はサイトを開かなくなった、そしてその反面、本格的に自殺を考えるようになっていった。


 あのサイトの返信をしてからひと月が経った頃、僕のパソコンに一通の通知が来た。送り主はサイトで返信をしてくれた方だった。

 「生きてますか?生きてたら返事をください。」

僕はまた通知に驚いた。まさかまた来るとは思っていなかった。

 「お久しぶりです、まだ生きています。」

そう返信すると僕の返信を待っていたかのようにすぐに返信が来た。

 「そうですか、良かったというべきか残念というべきか。何か進展はありましたか?」

 「ちゃんと自殺する方法や場所を考え始めました。もうそろそろかもしれません。そちらは?」

なぜか僕までも会話をしようと続けてしまった。

 「私もあとはやるだけって感じです。あと、前に言ったこと覚えてますか?」

多分、一緒の死にませんかと僕を誘ったことだろうとすぐに思い出し、

 「はい、覚えていますが本気ですか?」

冗談と言ってくれと切に願いながら返信すると、そううまくはいかず

 「本気です。なので心の準備ができたらお声がけください。先に死ぬかもしれませんが。」

 「わかりました。ではまた機会があれば。」

僕は動揺しながらもとりあえずやりとりを終わらせることにした。


 あのやりとりから数ヶ月後、僕は唐突に死ぬことを決意した。方法は飛び降り自殺。理由は特になかったがなんとなく最後に空を飛びたかった。決めたら行動に移すのは元々早い方だったのですぐに死ぬ準備を進めていった。

ただ少し気がかりだったのは、羽衣のこと。そして、あのサイトの方のことだった。もちろん羽衣には申し訳なく思っているし、こんな彼氏だったことを後悔している。ただ羽衣は理解してくれるような根拠のない自信があった。だから羽衣のことはそこまで死ぬことへのブレーキにはなっていなかった。問題はあのサイトの方だ。

 「よかったら一緒に死んでくれませんか?」

 「お声がけください。」

そのやりとりが死ぬことの段取りにブレーキになった。別に会ったこともなければサイトのメールだけの関係の方なんて無視すればいいわけだし、そういうサイトで出会った人なのだから尚更気にする必要はないはずだった。

ただ、気にかけているのと同時に死ぬことへの感情の加速は止まらなかった。


 街には恋人や家族、寒さを耐えるように寄り添いあっている冬の日に僕は自宅のベランダに立った。

遺書も一応書いた。家族や同級生などではなく羽衣に対して。自分なりに思い出や自殺願望があったこと。

そして、「ごめん。」それを伝えるために書いた。いずれ届くといいなと思いながら机の上に置き、僕は最後にタバコと携帯、缶ビールを持ってベランダに出た。最後くらいは幸せと感じるもので締めたかった。羽衣からの連絡は2日ほど前から無視していたので最後に続いていた内容をスタンプで終わらした。

 缶ビールを開けて一口飲み、最後の一本にしたタバコを咥え火をつけた。その時に携帯が揺れた。

 「死ぬんですね。いいと思います、幸せになってください。」

あのサイトの方だった。僕はなぜわかったんだろうと思いながらも

 「はい、お誘い守れなくてすいません。あなたも幸せになってください。」

と返した。今はなぜわかったのか、幸せになってくださいの意味なんてどうでもよかったし考えたくなかった。

タバコが減っていき最後の一吸いをして地面に擦り付け火を消し缶ビールの残りで喉を潤し吸い殻をそこに入れた。


死にたいなんて思っても死ねない。

 消えたいなんて思っても消えれない。

 何かを変えたいなんて思っても何も変えられない。

 そんな生活をただ続けることに自分は何を見出して活力にし、生きていけばいいのか。

 「それがわからないから楽しい」とか「それを見つけるのが人生」なんて言葉に何度も裏切られて、二十歳になる今まで苦しみながら生きてきた。

そして、その苦しみや無気力から人生をやめた。正しい選択とかどうでもいいくらい狂うほど死に飢えていた。

もし生き続けていたらもっと幸せだったかもしれない、逃げ道があったかもしれない。でもその時の僕にはこれしか頭に浮かぶものはなかった。だから幸せだと言い聞かせながら生きていた時のように地に落ちた。


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