46 溝ねずみさんこんにちは
──私達の驚きの顔を、気にせずズンズン畑に向かって歩いていたクララ侯爵が一瞬立ち止まり、私にニカっとウィンクした。
……母上様、いったい何を?
「おや、あんた達何やってんだい? ぼけーっと突っ立ってないで、ほら動きなよ! あんた達の仕事だろうが! 何してるんだよ」
クララ侯爵が、立って見ていただけの侍女のサラと、キティ、ベス他、サラの取り巻きの侍女に鍬を取るように言う。
彼女達は露骨に嫌そうな表情を皆浮かべていたが、目の前で鍬を持ち仁王立ちのクララ侯爵殿に「ほら、早くしな」と、嗾けられると渋々と鍬を手にしていた。
「何だい、そのへっぴり腰は! それでも王宮勤めの侍女なのかい? 情けないねぇ。ほらさっさとしないと日が暮れちまうじゃないか!」
「……何で私達がこんなことを」
「あん? 何か言ったかい?」
「い、いえ……」
「ちょっと、サラさん何でこんなことに」
何やら彼女達は不満の声を上げている様子だったが、クララ侯爵殿の威圧感を前に、その声はかき消されていた。
「ほら、さっさと動く!!」
「ひぇぇええっ」
「もう嫌だぁ。何でこんな泥まみれになって、こんなことしないといけないのよぉ」
「帰りたぁぃーーー」
「ん? あんた今帰りたいと言ったね? よし、許可しよう!」
「本当ですか? 本当に帰って良いのですか?」
「構わんよ。さっさと荷物をまとめて実家にでも何処にでも帰りなさい。まともに仕事も出来ない、口の利き方も出来ないような者に、国民の尊い税金を払うつもりはないよ! ダニエル。このお嬢さんに『城下がり』の手続きをしておやり!」
「え? 『城下がり』って……私は何も実家に帰るだなんて一言も言ってませんし、何で勝手にそんなことを!」
「勝手に? あんた今『帰りたい』と言ったろ? 先日、女王陛下より『城内で働く者で城下がりを希望するなら許可する』と触書があったろ? 侍女長より説明は受けたはずだが? マリア?」
「はっ。クララ侯爵様。朝礼にて説明し、当日休みの者にも全員に通達を既に終えております。ベスさん? 貴女は当日朝礼にも参加していましたね。知りませんでしたは通りませんよ」
侍女長の厳しい声に、ベスを始め周りにいた、女中や侍女達は一瞬で静かになった。
「本日貴女方が作業しているこの畑は、女王陛下以下王家の方々が食されたり、今後大事な研究材料となる国の宝となるであろう作物を育てる為の『御料牧農場』作りですよ。その作業を行うのは王家、いやこの王城に勤める者の仕事なのは当たり前でしょう? 侍女とは何も、お茶や菓子をお出しするだけが仕事ではありませんよ!」
ピシャリと言った侍女長殿も、クララ侯爵から鍬を受け取り、畑を耕し始めた。
その姿を見ていたクララ侯爵が言い放った。
「このベス以外にも『城下がり』を希望する者は、侍女長に今直ぐ申し出るが良い。幸いマーガレット女王陛下も、エリック王子殿下もおいでになっていることだし、この場で書類を作成しよう! ダニエル書類を持って来なさい!」
「はっ! クララ侯爵様」
「ちょ、ちょっと待って、いやお待ち下さい! 私が先程帰りたいと言ったのは部屋に帰りたかっただけで……何も城下がりを希望したのではなく……」
「黙らっしゃい! 同じことです! 尊き血税を頂戴している者が職務中に部屋にでも帰りたいなどと、以ての外!」
クララ侯爵の強い言葉にベスは、顔を真っ赤にして一瞬私の方を見て睨んだが、直ぐに騎士の一人に連れられて行った。
「本日よりサラ、キティ、それからそこの女中の貴女、名は確かミーナと申したか? 貴女方をこの『御料牧農場』の畑作り担当とします。追って正式に辞令を出します。他数名も後程選定します。大切な『御料牧農場』です。庭師殿に良く御教示頂き、励むように!」
「は? 何で私が? 畑作りなんかを! 私は伯爵家の娘なのに!」
「サラ? 何か言いましたか? 伯爵なのは貴女のお父上であって貴女はただの城に勤める侍女です。そしてその侍女の仕事の配置を決めるのは侍女長の私の仕事です。私の決定に異を唱えるなら、何時でも『城下がり』を申し出なさい」
「そ、そんなぁ横暴な……」
侍女長の毅然とした態度に、小声で呟くサラに、侍女長が続ける。
「あと、これは別にどうでも良い小さな事ですが、私は親の七光りではなく、私自身が伯爵位を賜っております。ここ城内では貴族の娘等何の権限にもならないことを覚えておくように」
侍女長の「氷のように冷たい笑み」により、先程までざわついていた侍女や女中達が静まり返っただけでなく、一帯の温度が2、3度低くなったかのような感覚がした。
「女王陛下、並びにエリック殿下、カレン様にはお見苦しいところをお見せしてしまいました。以後このようなことが無きよう、厳しく致します故どうかお許し下さいませ」
私達が座っている方に、にっこり微笑む侍女長殿の顔は、とても爽やかだった。
その後、ダニエルさんが持って来た「辞職願い」通称「城下がり書」を提出する者は一人も居なかった。
「あら? 貴女、お顔に泥が飛んでますよ? 拭いなさいな?」
侍女長殿が、サラに表情一つ変えずに言う。
その言葉を聞いた、サラは顔を真っ赤にして急いでお仕着せの袖で顔を拭った。
そうすると!
あら!!
「ぷぷぷっ」
「おい、失礼だぞ? サミーお前」
「いえ、あまりにも、溝ねずみそっくりだったんで、ぷぷぷっ」
「そんな、ぷぷぷっ。溝ねずみって。お前。ぷぷぷっ。女性に対し失礼ではないか? ほら? 男爵家のただのお嬢さんに!」
「違いますよ! ビクトル隊長! 子爵家ですってばぁ!」
「おお、そうだったけな? そんなことより、さっさと手動かしな? あんた、あんたの所全く進んでないじゃないか! これじゃあまたクララ様に叱られるぞ?」
そう言って、ビクトル隊長とサミーさんが私にニカッっとウインクした。
「もうあの二人ってば……」
私が小声で呟くと、殿下が小さな声で
「俺も敵打ちに参戦してこようか?」
と笑いながら言った。
「殿下……お気持ちだけで。これ以上は流石に醜いです」
次々と増えて行く溝ねずみ達を見ながら、楽しそうに笑う殿下と、その姿に目を細める女王陛下のお姿を見て、私は何となくこの場に居るのが居た堪れない気持ちになった。
皆さんご存知だったのね……。
殿下が無言で私の肩を抱いた。
──翌日、正式に侍女長より「御料牧農場」作り担当者が城の掲示板に貼りだされた。
その名前を見て嘲笑う者や、泣き叫ぶ者、喜び叫ぶ者や静かに安堵する者と、様々な反応が見られた。
無事? メンバー入りを果たしたサラを始めとする彼女の取り巻き達は、他者達(自分達が虐めて居た城仕えの者)に「溝ねずみ」と揶揄されたのは言うまでもない。
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