慣れないことはするものじゃないと思うのですが……
2話目です。
昨日早く眠ったせいか、やけに早く起きてしまった。まだ日も昇っていない。
早起きは3ミョンの徳とはよく言うが、この時間帯の露店は早朝価格で高い。少しの徳どころか損しているような気がするのだ。
しかし今から魔導書を読んでいたら時間を忘れてしまって怒られるだろう。主にカーパあたりに。
彼女の親が商人ということもあってか、このドドド・ド田舎では珍しい、かなり時間に厳格な性格をしている。
気は乗らないが、仕方ない。適当な時間まで街をぶらつくことにしよう。
お腹空いて買い食いすることになるだろうなあ。
……やはり、早起きは3ミョンの徳ってあれ嘘なのではないか?
元から変わったものなどなにもない田舎街、朝だからといって変わるはずもなく──
む?
どうやら今朝だけは変わったこともあるらしい。
朝に弱いフレイルがこんな早くから出歩いているとは……今日は雨が降るかもしれない。
「今すごく失礼なこと考えてなかった?」
「考えていたよ。今日は雨が降るかもしれないってね」
「そこは誤魔化すものでしょ……?」
お約束は破られるのだよ。
やましいことがあっても堂々とする。これが私の座右の銘だ。
「それで、どうしてこんな早くに?」
「それはモチロン、今ならジゼルがいるような気がしたからよ」
「なるほど。うちのタイムキーパーは時間に厳しいからね」
「え、聞いてた?」
聞いていたとも。
気の知れた仲であっても、親指の先くらいはドキッとした。
それがあり得るくらい、彼女の容姿は整っている。
とてもではないが不細工とは言えない。あれが不細工なら世の女性は皆、そうでない何かだ。
そんな彼女が、面白みも魅力の欠片もない自分に笑顔で接してくれると言うのは純粋に嬉しい。
有り難いことである。
「聞いてた聞いてた。何か食べる?」
「いいの!?じゃあサンドイッチが食べたい!」
世の男なら、こんなふうに喜ばれて引っ込める者など居ないだろう。
まぁ、私の場合は単純に感謝からのものであって下心など全く無い。
だいたい考えても見ろ。彼女のような人物にふさわしい男など、この世界広しと言えども数えるほどしか居まい。故にその数人に自分が入れるなどと思ったことは当然ながら一度もない。
それこそ、オッサムのような男が適正だと思う。
そう言えば、かなり前にオッサムが告白していたか。
そしてすぐ断られてもいた。
あの時は彼も彼だったが、ともあれ私では尚の事無理があるというもの。いや、もとからその気は無いのだけどね。
「サンドイッチとなると……」
「カーパのところなら出してるよ」
オーケー、ならばそこで良いだろう。
ゴリロードのところでも出していたような気もするが、ここからだとカーパの方が近い。
しかしこうなると分かっていたらあの魔導誌を持ってきたのに。
いや分かっていなくても持ってくることはできただろう。私としたことが、完全にボケていた。
「そうそう。今、と言っても2ヶ月前の記事だけど、王都では浄水の魔法が開発されたらしい。結構詳細に書いてあったから今度貸すよ」
「へぇ~っ、ありがとう!今日の仕事の後取りに行っても……あ、まだ読み終えてなかったり?」
「うん?構わないよ。昨日読み終えたから」
半分くらい嘘なのだけどね。
私はめぼしい記事が無いか一通り目を通してから細かく読んでいくタイプだ。今回は件の魔法に強く惹かれたが、他は別の日にでも読もうと思う程度だった。
だから別に構わない。
良いものはそれを活かせる人に逸早く伝わるべきだ。
「あれ、ジゼルにフレイルだ〜。なになに、デートですぅ?」
「さっきそこで会っただけよ!」
そうそう、フレイルの言う通りだ。
だから、ニヤニヤしながら私とフレイルを交互に見るのはやめろ。
「ジゼルがね、サンドイッチ奢ってくれるって言うから」
「え……ジゼル食べ物で女の子釣ったの?」
「断じて違う」
私がおかしいのだろうか。
女の子の友人を街で見かけて、朝食がまだだったら……奢るだろう?
「そもそも私はこんなに朝早くから活動する人間ではない、ってこれだけ聞いたらただの無職中年男性のような気が……とそんなことは良くて、今朝に限って偶然フレイルに会ったから、単にたまにはこういう日があっても良いだろうくらいの気持ちだったというかなんというか。……つまりそういうことだ!」
ガラにもなく語ってしまった。
こんなくだらないことを。
一息でまくし立てたせいで苦しい。
やはり早起きは3ミョンの徳など大嘘だ。
「ぷっフフ、分かってるって。フレイルはそんじょそこらの男に釣られていくような軽い子じゃない。それこそ王都の三ツ星レストランに招待されたって蹴るでしょ」
「……否定はしない、かな~」
む、それは安心して良い、のか?いや、何を?
分からないな。
ともあれ誤解されていないようで何よりである。
だが、おしゃべりなカーパは止まらなかった。
「今回はジゼルが誘ったから喜ん──」
「──カーパ、お手伝いは?」
「そそそそ、そうだったぁ!」
脱兎のごとく厨房へ戻っていった。
女同士の独特のやり取りはよく分からないし、首を突っ込むべきではないのだと思う。いや、本当にね。
さて、今更ながらここはカーパの親が運営する食堂で、彼女は朝だけ手伝いとして入っている。
それを見ていると自分が情けなく思えてくるから、慣れないことはするべきではないとつくづく思う。
その後は雑談で時間を潰し、手伝いを終えたカーパや、どこで聞きつけてきたのかオッサムも混ざっていつの間にか皆揃っていた。
今日も今日とて冒険者の依頼をこなすのだ。
こなしたのだ。
そして昨日に引き続き、また例のやつである。
う~ん解せぬ。
「それで、その、ジゼルってまだ婚約もしてないじゃない?だから恋人の一つでも作ったほうがいいんじゃないかって話になってそれでアッサムなんてどうだよってオッサムが!」
解せぬというのは別に2日連続だとかそんな些事ではない。フレイルに至っては今日殆ど一緒にいたというのに、彼らの間で意思疎通が出来ている謎についてもこの際置いておこう。
問題はこれをそのフレイルから話されたということだ。
「それを君が言うのか……」
「「え」」
「え?」
なぜカーパとフレイルはそんなに驚くのだろう。
昨日まで反対していたことに加え、これは誰がどう見たってオッサムから話されるべきこと。
至極当然の意見ではないだろうか。
「だってフレイル反対だって言ってなかった?」
「ぁ……そういう、ね」
「で、オッサムはどうして何も言わないの」
「い、いやそれは……」
急にウジウジするなし。
そういうところだぞ、お前がフラレた理由。
「なんか、恥ずかしいじゃん?」
初心かよ。
だから、そういうところだぞ。
まぁ良い。おおよそ話は掴めた。
つまり──
「重度シスコンの兄オッサムは妹アッサムさんに何か言われて今回の話を持ってきたが、自分で言うのが嫌だったからフレイルに言わせたと」
「せ、正解」
「正解じゃないよバカ」
どこから突っ込んだら良いものか。
「そもそもの話になるけど、それ冒険者辞める必要無いよね?」
「いや何を言っているんだ?冒険者なんて危険が伴う仕事して何かあったらどうする。妹が悲しむだろう」
だが、お前も既婚者だ。
重度シスコンにしてとんでもない兄バカだった。
「それに未婚って言ったらフレイルだってそうだろう?」
オッサムもそうだが、カーパも既に夫がいる。
今朝の食堂の経営を任されている男だ。
「だったらお前ら二人もうくっつけよ……」
「いや待て何故そうなる」
つり合いが取れないんだって。
フレイルからも言ってやって欲しいが、本人は硬直している。
「だいたいアッサムさんの話はどうなる」
「だってお前この話詰めていってもどうせ妹と結婚なんてしないじゃん!」
「よくお分かりで!」
本人のいないところでとんでもなく失礼な話をしているような気がする。
「えっとぉ、この話どこに落ち着くの?」
痺れを切らしてカーパが尋ねた。
「パーティはこのまま、ジゼルとフレイルはくっつく。以上、閉廷」
「「いや、そうはならんやろ(ならないでしょ)」」
結局そこについては話し合うまでもなく、全てこれまで通りという結論でまとまった。
その後は魔導誌も渡し、一人ベッドに倒れ込んだ。
落ち着いたらどっと疲れが出てきた。
そう言えば、フレイルが反対していたのはどうしてだったのだろうか?
▽□▽□▽□▽□▽
とある帰り道。
「ねぇフレイル。何であの時ジゼルに何も言わなかったの?」
「あの時?」
「オッサムがジゼルとフレイルの二人はくっついたらいいって言ったとき。……だってフレイル、ジゼルのこと好きでしょ?タイミング的には良かったんじゃないの?」
僅かな逡巡の後、苦笑いで答える。
「──好きだよ。でも、好きだから言えない。私なんかが足枷になっちゃいけない。分かるでしょ?」
「そりゃぁ、まぁ」
「はい!この話終わりね」
そんな友の後ろ姿を眺め、憂いげな表情を向けるカーパであった。
急ぎ3話目を投稿いたします。