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5清徳グループ本社です

 あの系列会社に行くちょっと前の事です。

 私千代子は、清徳グループの本社に行きました。すっかり元気になったので、ご挨拶を兼ねて来たのです。


 まず受付にいったところ、上柳千代子とはまったく気づかれませんでした。

 今までよく元いいなずけさんのところに、突撃訪問を何度かさせていただいていましたので、その時には顔パスだったのですが。髪形やメイクが変わりしかも今日はリクルートスーツのせいか、入社の件でといったところ受付嬢の方々に不審な目で見られてしまいました。

 そうでしょうとも。今日はもう5月も半ばです。入社式はとっくに終わっています。今は企業訪問の時期ですしね。

 それでもやはり大企業です。すぐに人事部に連絡を取ってくれました。

 

 そしてしばらく待って、やっとのことでロビーに来てくださった方がいたのですが、あたりをきょろきょろしています。なんだか顔色がさえないのが遠めでもわかりました。風邪気味でしょうか。

 受付嬢の方が、こちらを指さしてくれなかったら、いつまでも気づかれなかったことでしょう。

 そして私を見つけた方は、こちらを見て唖然としていました。

 大きく口を開けて顎が落ちるほどです。

 ついでに目玉も飛び出そうなほど、大きく目も見開いていましたので、先に挨拶をさせていただきました。


「今日は、入社の件でお伺いさせていただきました」


 私千代子が挨拶をすると、やっとこちらの世界に戻ってきました。

 ただ上から下へ下から上へ視線が上下に何往復もしています。

 仕方なくにこっと微笑みましたら、相手の方はなぜか後ずさりしました。

 なぜでしょう。


「はっ、っはっ、はっ初めまして、人事部の藤森です」


 90度の角度でお辞儀をしていただきました。

 ちょっと離れたところにいる受付嬢の方々が、びっくりされているのが目の端に映りました。


「柳千代子と申します。よろしくお願いいたします」


 こちらも90度のお辞儀で返しました。

 ただ相手の方がいつまでも頭を上げないので、困りました。

 思わず下から眼だけお相手の顔を見ると、お相手の方も眼だけこちらを向けて、ばねのように体を元に戻してまた後ずさってしまいました。

 なのでお相手の方とずいぶん距離が開いてしまいました。

 仕方なく一歩前に出ると、なぜか相手の方がまた一歩下がりました。


「あちらでお話を聞かせていただいても」


 仕方なく私のほうから、ロビー端にあるいくつかあるテーブルを指して、お相手である藤森さんに一緒に席に座るように促しました。

 

「はいぃぃ__。失礼しました」


 藤森さんは、なんだかゼンマイ仕掛けのお人形のように、ギクシャクギクシャク音を鳴らさんばかりに、テーブルのほうに歩いて行かれました。

 その様子を見た何人かの藤森さんを知っているであろう方々が、こちらを見て怪訝な顔をしています。

 困りますね。藤森さんしっかりしてください。私は、化け物じゃないんですよ。

 仕方なく周りに愛想笑いをして、自分は無害ですよアピールをしながら、藤森さんの後をついていきました。

 

 私が席に腰を下ろすまで直立不動をしていたので、仕方なく椅子に腰かけると、やっと藤森さんも席に座りました。向かい合って座っているのですが、こちらを見てくれません。それに藤森さんの椅子が妙にテーブルから遠いのが気になりました。

 藤森さんのお顔を見ていたら、藤森さんの顔には不思議と汗がしたたり落ちてきました。今日は暑くないですよ。まだ5月ですしね。そう思って見ていましたら、藤森さんはポケットからハンカチを出して汗を拭きふきしながら、まだテーブルを見つめ続けています。

 

「あのう~」


 仕方なくこちらから声をかけさせていただきました。

 藤森さんは、またまたぎこちない動作でやっとこちらを見ました。

 そしてゴツンとテーブルに音を立てて頭を下げました。もう頭がテーブルにくっついています。


「じっ、っじっ、実は勤務先はこちらではなくてですねぇ~、○○△△□□でして」


 どんどん小さくなっていくので肝心な勤務先がどうも聞き取れません。


「はっ、すみません。聞き取れないんですが」


 私の声で、藤森さんの頭がもうテーブルにのめりこみそうになるほどくっついています。

 

「すみません。どうぞ顔をお上げください」


 なるべく優しい声で言うと、今度はがばっと顔をあげました。目は泳ぎまくっていますが。


「こちらではないなら勤務先はどこでしょう」


「あのう~、実は系列会社でして...」


「失礼ですが住所は?」


「え~と...」


 あまりに小さな声でしたので、やっとのことで聞き出せば、都心からずいぶんと離れた郊外にある会社の様です。

 

「申し訳ございません!」


 今度は藤森さんがこれ以上ないぐらいに縮こまっています。

 汗をかいたり頭をテーブルにくっつけたりと大忙しです。

 

「わかりました。そこへはいつから行けばよろしいのでしょうか」


「えっ?」


 藤森さんは縮こまってた姿はどこへやら、唖然とした顔で私の顔を見つめています。

 この顔では、まさか私が行くとは思っていなかったのでしょう。 

 

 たぶんいいなずけ解消をした時点で、私が会社に来るとは思ってもいなかったに違いありません。一応私の両親には話をしておいたんですがね、もしかしたら兄が何かしたのかもしれません。

 強硬に反対をしていましたので。 

 

「いつから出社すればよろしいのでしょうか」


「いっ、行かれるんですか? 本当に? いっ、行ってしまわれるんですよね。そうですかぁ」


 藤森さんは至極残念そうに私に言いました。とてもいってほしくないオーラが漂っています。でもそこはあえて空気を読むのをやめましょう。


「では、今から行かせていただいてもよろしいでしょうか?」


 私の言葉に藤森さんはとうとう座ったままこちらに白目をむいて気絶してしまいました。 


 困りましたねえ~。

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