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彗星と遭う  作者: 皆川大輔
【第1部】
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1-03「海瀬音葉はヒーローの夢を見る(3)」

 世界一のバッテリー二人と出会った次の日。


 音葉は、真奈美の「今日も将棋部に行こう」という誘いを断って野球部の練習の見学に来ていた。


 今日の練習内容は、一年生と上級生が混じってのキャッチボール。

 野球をする上で、ボールを取る、投げるといった基本動作が含まれている一番基本の練習。けれど同時に、一番力量が測られる練習だ。

 プロ野球選手でも、入団してきたルーキーにまずキャッチボールを教えるというほど大事なこの練習は、上級生一人、一年生二人の計三人でチームを組み、三角形の形式で行う。

 体の出来上がっている先輩たちはただのアップに過ぎないが、ついこの間まで中学生だった新一年生にはあまりにも酷なスピードでキャッチボールが進められていく。

 入部するにあたって、実力を測るという意味もあるのだろう。事実、そのプレッシャーに既に音を上げている〝ダメダメグループ〟と、上級生に必死に食らいついている〝イケイケグループ〟で二分化されていた。


 怪物、空野彗。

 天才、武山一星。


 この二人ならば、間違いなくイケイケグループ、あるいは上級生にも引けを取らない存在感を示しているはず。

 しかし、今その場に二人の姿はない。


「あの、すみません」


 音葉は、傍を通りかかった野球部のマネージャーらしき女子生徒に話しかける。

 ドリンクを運ぶ手を止め「お、見学希望?」と、音葉へ近づいてくる。


 ――で、でっか……。


 女子マネージャーの身長は目算でも一六〇後半、もしかしたら一七〇にまで届いているんじゃないかと思えるほどの長身だった。足も長く、胸も大きく、まるでモデルみたいなスタイルの先輩は「初日から来るなんて珍し。もしかして野球好き? 誰か目当ての人がいるとか?」とまくしたてる。


 おしゃべり好きの真奈美とはまた別の人種で、ただひたすらに興味があるから話している。そんな彼女に「あ、えと……目当ての人とはまた違う感じなんですけど」と少し戸惑いながら「あの、入部予定者に〝空野〟か〝武山〟って一年生いましたか?」と問いかけた。


「うーん……いや、まだ私は聞いてないかな」


「スーパールーキーみたいな噂もなしですか?」


「今のところはね」


「なるほど……ありがとうございました」


「いえいえ。ところで、マネ希望だったりしない?」


「あ、一応、はい」


「おっ、それはよかった! 人手不足でホント困ってるの。助かる~!」


「ただ、入部はもう少し先になるかな……と思うので。すみません、今日はこれで」


「あ、ごめんね引き留めちゃって。ま、ゆっくり決めな」というと、再びボールの入ったケースを持ち上げ「あ、アタシは二年の立花由香たちばなゆかってーの。もし来ることになったらよろしく!」と言い去りその場を後にした。


 ――だんだん見えてきた。


 恐らく、二人は高校で野球をやるつもりはない。何かしらの理由があって、野球から離れようとしている。


 ――もう、直接聞いた方がいいかな。


 音葉は、ある計画を胸に学校を後にした。



       ※



 ドンッ――と、ボールの潰れる音が早朝の高架下に響き渡る。

 上手く狙ったところに当たらなかったのか、明後日の方にボールが飛んで行ってしまった。

 自分の技術不足にイラつき、チッ、と舌打ちをしながら、空野彗はボールを拾いに行く。


 そのボールを一人の女子高生が拾い上げ「……おはよ」と、眠気がまだ抜けきっていない虚ろな目で彗へ投げ返す……が、彼女はまだ夢と現実の狭間にいるようで、放たれたボールは再び明後日の方向へ飛んで行った。


 ――変なヤツ。


 それが、クラスメートである海瀬音葉を認識して見た彗の感想だった。


「ありがとよ」と一応礼を言ってからボールを改めて取りに行く。


「……いえいえ」と寝ぼけ眼で話す音葉。何しに来たんだ、と疑問に思いながらも、特に害はなさそうに見えたため、そのまま壁当てを再開した。

 ちょうど、18.44メートル。マウンドからバッターまでの距離。その先には、ガムテープで作った即席のストライクゾーンがある。


 目標は右下と左下。そこに決められたら打てない――そんなコースをめがけて投げるも、再びコースは外れた。


「あー……やっぱ鈍ってんな」


 ボールは再び音葉の元へ。スッと拾い上げると、ようやく目が覚め始めたのか、今度はちゃんと彗の元へボールを投げ込んだ。


「野球、辞めてなかったんだ」


「俺のこと知ってんの?」


「同じ埼玉で野球好きなら知らないはずないでしょ」


「へー。見る目あるなアンタ」


「……そりゃどうも」


 音葉を他所に、彗はピッチングを続ける。

 一球、また一球投げ込むたびにコースは修正され、一〇球ほど投げ込むころにはすっかりストライクゾーンに収まるようになってきた。


「さすが」


「いや、まだまだまだ甘い。仕上げねーと……」と、汗を拭いながら「で、俺に何の用?」とアンダーシャツを着替えながら彗は尋ねてみた。

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[良い点] レビュー全文 【物語は】 捕手視点から始まり、投手視点へと移り変わる。ここで思ったこと。野球はチームでありながら、投手と捕手という一組の関係はとても特別であるという事。他の守りも大切では…
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