1-69「vs春日部共平(14)」
「電話って、何を話せって言うんですか?」
「特集記事の内容変更するって伝えて。流石に事後報告はね」
カシャカシャとシャッター音を響かせながら森下が呟く。
「え? 特集は共平の方で進める予定だったじゃないですか。いくら任されてるからって……」
「他に先越されたくないし」
納得いく写真が取れた森下は、カメラを取り下げて今度はパソコンを開くと、記事を書きなぐり始めた。
「いや、でも……」
抵抗しようと思っても、すっかり集中してしまっているため反応すらない。そんな状態の先輩に、新人の熊谷が抵抗できるわけもなく。
「わかりましたよ」とふてくされながら、熊谷は渋々編集長に電話をかける。
今日の試合で、行方不明だったバッテリーが見つかり、記事を差し替えるということを伝えると『いいわけないだろ!』と編集長のだみ声が熊谷の耳を突き刺した。
「で、でも森下先輩が……」
『ったく……埒明かねぇ、森下と代われ』
まだ入社して数日だが、これまでで一番の凄味を感じさせるだみ声に怯み、凄い勢いで文字を打ち込んでいる森下に差し出した。
携帯を受け取ると、スピーカーにして膝の上に置いて「何か?」と呟く。
『〝何か?〟じゃねぇよ。勝手に変えるなって』
「今書かないと他所に一番手持ってかれますよ」
『そんなこと言ったってな、段取りってもんが……』
「私の記者人生を賭けます」
自信満々に言い切ると、了解を得ないまま一方的に森下は通話を切った。
「その……いいんですか?」
「いーのいーの。それよか、試合の方ちゃんと見といてね。スコアも引き続きよろしく」
「まぁ、それはいいですけど……」
乱雑に捨てられたスコアブックを拾い上げると、もうどうにでもなれ、と熊谷は腹を据えてグラウンドに視線を落とした。
六回途中から登板した彗に引っ張られるように、風雅もさらにピッチングの強度を上げる。
ピンチの後にチャンスありなんて、妄想に過ぎないよ――そう言わんばかりに、マウンドに立つ暴君は、彩星高校のクリーンナップを三者連続三振に切って取った。
とても、試合が動く気配はないまま、六回が終了。熊谷は思わず「もうこのまま試合終わりそうですね」と呟いた。
「ん? どうして?」
「え、だってどっちもヒット打たれる気配ないじゃないですか」
「ふーん……そう見えるんだ」
そう言いながら久々に顔を上げた森下は、それほど暑くないのにもかかわらず、額に汗を浮かべていた。それほど集中していたということだろうか。しかし、そのことに言及するよりも前に、いたずら小僧のような表情を浮かべていることに意識が向いていた熊谷は「違うんですか?」と問いかけた。
「うん、多分ね。私の予想だと、八回くらいに山場が来ると思うよ」
「八回?」
「そう。多分だけどね。これはそういう試合だよ」
予言めいたことを呟くと、再び森下はパソコンに視線を戻す。
――何が見えてるんだ、この人。
変な人だな、と思いながら熊谷も再び試合に意識を戻した。
※
――まずいな。
真田は、七回の表を三者凡退に抑えた彗を見て、いやな予感を抱いていた。
ただ、この不安を口に出してしまえば動揺が広がってしまう――努めて冷静に振舞いながら、真田は「さあ、気を引き締めていくぞ!」と無理矢理に場の空気を盛り上げた。
先ほど、クリーンナップが三者凡退したため、今回は六番から。
本来新太が入るこの打順だが、今は投手交代した彗が座っている。
打力を見れば、練習試合でもヒットを打っていたり、世界大会でも一星に続く五番を打っていたりなど、遜色ない実力がある。
問題なのは、そのリズムが崩れてしまうこと。
これまで三者凡退を繰り返し、リズムは一定だった。投げて戻って、味方の攻撃を応援して、また投げて――その繰り返しが、この回から打撃を挟むことで変わってしまう。
日ごろの試合から見ればなんてことのない一幕だ。しかし、こうした張りつめた試合では、ちょっとしたリズムの狂いから試合そのものが大きく傾いてしまう可能性がある。




