1-65「vs春日部共平(10)」
ツーアウト二塁でエンドランなんて聞いたこともない。
――何考えてんの……?
風雅の混乱は広がるばかりだった。
※
予想外の戦術に思わず「ツーアウト二塁の一番でエンドラン⁉」と熊谷は声を上げた。
中学野球や小学生の野球では、捕手の技術が低かったり暴投の可能性があるためよく見られる戦術ではある。しかし、対戦相手は強豪の春日部共平。全国から選りすぐりの選手が集う高校に、そんなミスは期待できるはずはない。
「何考えてるのかしら」
頭を抱えながら森下は「……結構長いこと高校野球見てきたけど、初めて見たわ」と過去の記憶を辿りながら呟いた。
「……けど、ここで大きな穴が開きましたね」
初回以来の、絶好のチャンス。
バッターは、初回の先制劇を呼び込んだ二番の武山。
初回以降ヒットこそ打っていないものの、この二番は一年生ながらすべてバットにボールを当てている。
全国区の選手と対戦して三振を一度もしていないこともそうだが、それが一年生だというところも驚きだ。
「武山、ね……」
どこかで聞き覚えのある名前に引っかかった森下は、熊谷の書いたスコアブックを取り上げて名前を確認した。
「どういうこと……?」
二番に座る選手の名前は、武山一星。
昨年の世界大会以降、野球は辞めると行方知れずになった天才の名前がしっかりと記載されている。
また、ベンチ入りしている選手――19番を背負った選手の名前にも目が行った。
空野彗。去年世間を賑わせながら、どこの強豪私立に行ったのかもわからない怪物の名前だ。
昨年の世界一を勝ち取った、彗星バッテリーが、こんな県立高で試合に出ている。
「ど、どうしたんですか?」
困惑する熊谷にそっとスコアブックを返すと、森下は「ごめん、予定変更。熊谷くんさ、一人で共平の方に取材行って」と突き放して再びグラウンドに視線を落とした。
「へ⁉ どういうことですか⁉」
「私はあの彩星高校に取材する」
「な、なんでですか⁉ いきなり一人って……」
「私の若いころはそんな感じだったし、大丈夫。ミスしたら後で責任取るから」
「えぇ……」と言葉を漏らすも、テコでも動かないという意思を感じ取ったのか、熊谷は「わかりました」と力なく応えた。
――編集長に許可貰わないとなぁ。
今日から三年間、埼玉の高校野球を――いや、甲子園を賑わしてくれるだろう存在に出会えて、森下の心はこれ以上なく燃えていた。
そんな中、キィンと捉えた音が球場に木霊する。
※
「行け――!」
初球のストレートを捉え、打球はぐんぐんと伸びていく。
先輩たちが何とか掴み取ったチャンス。
何としてもものにする――そんな気合も虚しく、ボールはスタンド手前で失速。
背走していたライトがジャンプし、ギリギリでキャッチし、スリーアウト。
一星は天を見上げて「くっそ!」と感情を爆発させた。
申し訳ないという気持ちでいっぱいな一星は、ベンチに戻るなり「すみません!」と頭を下げた。
「お、なんだなんだ?」
一塁ランナーだった真司が落ち込む一星にヘッドロックをかけると「お前が一番いい打球飛ばしてるんだ、自信持て」と三塁ランナーだった文哉が頭を小突く。「誰も文句ないさ」と嵐が声をかけ、「すげーな!」と新太も声を上げると、最後に「切り替えてけ」と宗次郎が防具を着て声をかける。
先輩たちに認められたような気がして一星は「……はい!」と返事をしてからライトの守備位置に向かって走り出した。
「あ、武山くん! 帽子帽子!」
マネージャーで唯一ベンチ入りしている凛に呼び止められた一星は球を確認してみると、さっき被ったヘルメットのまま。
そのことに気づいた時には、ベンチで爆笑の渦が起きていた。
「なーにしてんだ」
最後に、少し汗ばんだ彗が笑った。
「……気づかなかった」
「それに五回が終わったんだから、グラウンド整備だろ。ホラ」と彗がグラウンドを指差すと、数人の整備員がグラウンドに現れた。
「ははは……空野、投げるの?」
「どーも、この回ピンチになったららしい」
「そっか」
「整備中、キャッチボール付き合ってくれよ」
「もちろん」
短く言葉を交わして、二人はブルペンへ行った。
※
五分くらい経ったころだろうか。
グランドの整備が終了し、彩星高校ナインがグラウンドに駆け抜けていく。
先ほどの整備の時間中に、真田から〝この回、ランナーが溜まれば交代だ〟と告げられた新太は「……後ろに怪物が控えてるのは心強いな」と呟いた。




