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彗星と遭う  作者: 皆川大輔
【第1部】
57/177

1-52「マウンドが教えてくれた(3)」

「ホレ、行くぞ」


 名残惜しそうに風雅は「じゃ、またな! 次の試合で会おう!」と巨人に引きずられてその場を後にさせられた。


「次の試合……?」


 台風のような二人を見送りながらぽかんとしていると、遅れて「見に来ていたのか」と制汗剤の匂いを振りまきながら宗次郎が登場する。


「勝たないとね」


 宗次郎と新太の目には闘志が宿っているように見えた。


「今の、兵動と烏丸って……」


 これまで黙っていた一星が口を開く。何か引っかかるところでもあったのか、険しい顔をしていた一斉に「お前の想像通り、あの二人は春日部共平だ」と嵐が答えを差し出した。


「やっぱしそうですよね……マジか」


「ま、やれるだけやってみるさ」


 二人の会話についていけず、彗は一星に小声で「共平ってどこだっけ」と問いかけると「え、正気⁉」と目を丸くされる。


「そんな詳しくねーんだよ」


「詳しくないとかそういうレベル超えてるよ……」


 呆れながら一星は携帯を弄り「ほら」と画面を見せつけた。


「去年の埼玉県代表として甲子園出てて、ベスト4。間違いなく、埼玉県の中じゃ今一番強い高校だよ」


 彗が見た画面には、恐らく埼玉県大会決勝の翌日に配信された記事が表示されていた。


 見出しには〝暴君〟と書かれており、先ほど出会った好奇心の塊だった兵動風雅が、両手でガッツポーズしている。


「……一年生ながら、名門〝春日部共平〟の背番号1を背負うニューヒーロー、ね」


 よほど衝撃だったのだろう。〝埼玉に暴君が誕生⁉〟という大見出しを抱え、その周辺に試合の詳細が小見出しで強調されている。


「なるほど、暴君か」


 彗はその試合内容を見て、風雅に付けられた呼称に納得した。

 デッドボール4個、フォアボール3個。でも、ヒットは0。往年の大投手、東尾修ひがしおおさむがデッドボールを辞さない強気な投球で数々の白星を重ねていったが、それを彷彿とさせる投球内容だ。マスコミが食いつかないワケが無い。


「この兵動さんだけじゃなくて、さっきの大きい人……烏丸さんはドラフト一位候補みたい」


 優勝決定の記事の下、関連記事のところにしっかりと〝NPB複数球団が調査か〟と言うタイトルがある。甲子園の始まる前どころか、春の段階から調査されるレベルということは、それだけ注目されるということと同義。


 その記事を開いてみると、他の春日部共平の選手にもスカウトのコメントが寄せられている。これだけプロが注目する選手が多い高校は、間違いなく夏の大本命だ。


「ここに勝たないとシード権は勝ち取れねーのか……」


「しかも、ただ強いってわけじゃなくて、去年ウチが負けたっていうオマケ付いてるんだよねぇ」


 遅れてきた真司がニヤニヤしながら話に割って入ってきた。


「悪かったね、頼りないエースで」


「ホントっすよ。あともうちょいってところで足攣るとか……」


 そう言いかけたところで会話は終了。昨年の悔しさを思い出しているのか、三年生も一年生も関係なく、先輩たちは皆一様に暗い顔をしていた。

 よほど、ショックな負け方でもしたのだろうか。

 どんな試合だったんですか、と尋ねることができないまま、彗たちは帰路についた。



       ※



 コールド勝ちという昨年夏まで弱かった弱小校という姿はそこにはない、横綱野球を目にした雄介は、試合終了後の練習はナシという通達を無視して一人、グラウンドで素振りをしていた。

 改めて感じた、彗や一星を含めた一軍の選手たちと、自分たち二軍以下の選手では差。才能、努力の量、経験。その全てが劣っている。

 このままでは、あのマウンドで戦うことはおろか、三年生になっても背番号だってもらえない可能性がある。

 事実、今日応援したスタンドでは、背番号を貰えない三年生の先輩が何人もいた。


 恐らく、夏もその望みは薄いだろう先輩たち。


 もちろん、プレーすることだけが全てではない。苦しい練習を共に耐え抜いて生まれた友人との絆や、夢に向かって必死に努力したという事実は、今後の人生の糧になってくれるということは想像するに容易い。スタンドにいた先輩たちを否定するつもりは毛頭ない。


 ただ、やっぱりプレーしたい。

 あのグラウンドに立ちたい。

 心からの笑顔で、あの輪に加わりたい。


 先輩たちに混じってプレーをしていた友人を見て、雄介の中でそんな思いが爆発していた。

 ただ、あのグラウンドに立つ才能は、自分にはない。

 ならばやることは、努力を重ねて実力をつけるだけ。


 ――こう考えると単純なことだな。


 妙な笑顔を浮かべながら、雄介はバットを振った。

 何度も何度も、日が暮れるまで。

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