1-41「再開に湧く(2)」
疲れてもなお磨こうとするその心意義に新太は「よし、じゃあ俺も少し見ようかな」とブレザーを捲る。
「や、いーっスよ。先輩今週投げるんだから休んでください」
迷惑かけないようにという気遣いだろうか。昔は一緒に遊ぶと人懐っこく後ろをついてきたものだが、ここまで余所余所しくされると悲しさを覚える。
「いや、少し見るだけだから」と念押ししてぺろりと上唇を舐めた。
小学生のころから〝絶対意見を変えない〟という意図の篭った癖だ。
その癖を彗も覚えていたようで、先輩に対する表情ではなく昔馴染みの友人に向けるような呆れた表情で「わかりました」と白旗を上げる。
「よろしい!」と無駄に胸を張ったところで、一星が「ごめん、遅れた」と部室に入ってくる。
「お疲れさん。新太さんに見てもらうことになった」
「あ、それなんだけどさ……ごめん、この後キャプテンにご飯行こうって誘われちゃった」
「え? キャプテンって……本橋先輩?」
「うん。ちょっと昨日の試合で気になることがあるって」
話しながら一星はぱっぱっと荷物をまとめると「じゃ待たしちゃってるから」と急いでその場を後にした。
二人、部室に取り残された彗と新太。
「……俺はキャッチャー出来ないぜ?」
「……キャッチボールだけお願いします」
その会話はどこか虚しかった。
※
「ふーっ……やっぱ大変だなぁ」
練習が終わったのは七時だけれど、マネージャーの仕事は終わらない。買い出しから戻ってきた由香と三年生マネージャーの凛による指示の下、終了したのが八時半。先に戻ってていいよ、と話す二人の先輩に甘えて帰路につこうと着替えをしながら音葉は、真奈美に「どこか寄ってく?」と提案してみた。しかし、既に着替え終えていた真奈美は「いやぁ、帰るぅ」とスライムのようにふにゃふにゃと応えてからふらふらと帰路についた。
――まぁ、そうだよね。
比較的体力に自信のある音葉でもへとへと。あまり体力には自信が無さそうな真奈美はより大変だっただろう。
「じゃ、また明日」と見送る。
着替え終わると、音葉も帰ろうかとロッカーを出た。
――ん?
そんな音葉の耳に、聞き覚えのある音が響く。
どんっ、どんっと、何度も聞いた重い音。
――どっかで投げてるな?
興味本位で音を辿ってみると、到着したのはブルペン。
ブルペンで投げているのは、予想通り彗だ。
――あれ?
物陰に隠れて覗くと、また一球投げ込む。やっぱりダイナミックなフォームだが、少しこじんまりしているような、どこか遠慮しているようなそんな印象を受けた。
――あれ? 武山くんじゃない……。
違和感を確かめるために視線を移して相手を確認すると、案の定。
見覚えのない、左投げの先輩が受けていた。
――なんでだろ。
首を傾げていると「お、そんなとこでなーにしてんの?」と彗に発見されて音葉はびくっと体を震わせた。
「あはは……お疲れ様」
悪いことしているわけでもないのに、申し訳ないという気持ちのままブルペンに入って「お疲れ様です」と先輩に頭を下げてチラリと顔を見た。
マウンドで背番号1を背負っていた、彩星高校の現エース、戸口新太先輩だ。
エースらしくない低姿勢で新太は「お疲れ様。えっと、今日からマネージャーの……」と言葉を詰まらせる。名前覚えてないんだろうな、と音葉は「空野くんと同じクラスの、海瀬音葉です。よろしくお願いします」と先手を打った。
「あ、そうだそうだ。よろしく、海瀬」
ホッとした様子で新太は「しかし、凄いね今年の一年は。マネージャーも選手も」と音葉と彗を見ながら呟いた。
突然自分にもスポットライトが当たり、思わず音葉は「へ?」間抜けな返事をする。
「ホントにね」
背後から話しかけられて音葉は再度体をびくりと震わせた。
ゆっくりと振り向くと、仕事を終えた凛がカギを持って立っていた。