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彗星と遭う  作者: 皆川大輔
【第1部】
43/177

1-38「それは無慈悲な高校野球の洗礼(4)」

 コースはビタビタ。

 久々の試合で緊張もあっただろう一回とは別人のストレートは、真司のバットをかすらせること無く一星のミットに収まった。


 空振りを奪えたことで自信を取り戻したのだろう、彗の表情に余裕が見えて、ようやく安心を感じ始めた一星は「ナイスボール!」と景気よくボールを投げ返した。


 ――これなら抑えられる!


 勢いそのまま、一星は彗の持ち球で一番遅い球・カーブを要求した。

 野球のカウントは、基本的にストライクが先行すればするほどピッチャーが有利になる。だからこそ、最初の一球やボールが続いた後の一球はストライクが欲しくなり、甘いコースに来てしまうことが多い。

 一回、この真司に打たれたのも、この心理が関係している。


 まず最初、試合に集中する前にまずは力強く投げて貰おうと一星は要求したが、彗は豊富な経験から、無意識の内にストライクを欲しがって中途半端な気持ちで臨んでしまった結果、バットの届く範囲にボールがいってしまった。

 その些細なバッテリー間の認識の違いは失点を呼び、重なればその先に敗北が待っている。

 ボールに気分が乗っている今だからこそ〝より慎重に〟と一星はミットを地面に二回ポンポンと叩きつけてから、アウトコースに構えた。


 ――ワンバウンドするくらい低めにお願い!


 その意思がちゃんと伝わり、深く頷いた彗は再び投げ込む。

 鋭い曲がりでストライクからボールに逃げていく絶好の球を、真司は「おぉ」と余裕を持って見逃した。


 ――やっぱりこの人、凄い。


 普通のバッター、特に二回、三者凡退で抑えた下位打線の七番から九番までは降っていたボールを完全に見切った真司に、一星は感心しっぱなしだった。


 カウント1-1。


 気を取り直して、今度は高めのインコースに外れるボール球を要求した。

 いわゆる振ってもらうことを想定した、釣り球だ。

 最初のストレートで速さを、二球目のカーブで遅さと目線を感じさせた以上、有効になる要求に彗も頷いて、思いっきり振りかぶった。

 一球目よりも勢いのあるストレート。


 ――引っかかった!


 刹那の時間に体が動いたのを確認し、一星は勝利を確信した。

 打てばバットの上部に当たり、フライに。

 空振れば、カウントは1-2でピッチャーが圧倒的有利なカウントに持ち込める。

 どちらにしても、有利に持ち込める――はずだった。


 キィン、と甲高い金属音と共にボールはぐんぐんと伸びていく。

 打った真司は、その打球の行方に確信を持っていたのだろう。

 一星の視界の端にいた真司が一塁へ歩き出して消えると同時に、目で追っていたボールが、外に出ていくのを防止するために張られたネットに当たって跳ね返った。

 完璧なホームラン。


 ――なんで……。


 リードに間違いはなかったはず。ボールも悪くなかった。


 何で打たれた――考えている内に、真司がダイヤモンドを一周して「いやー、わかりやすい」と笑いながらホームベースを踏んだ。


 ――わかりやすい……?


 真司の呟きを反芻しながら肩を落としていると「おら、切り替えろ!」と一番悔しいはずの彗が声を出して空気を取り持つ。


 ――そうだ……試合の後に確かめよう。


 まずはこの試合に集中すること、と一星は右手で拳を作り、額を二回叩いて気合を入れ直す。


「さ、締まって行こう!」


 そこからは、安定したピッチング。

 二打数二安打と打ち込んでいた真司が試合から退いたこともあり、結果五回四失点、球数は百十一球。

 試合は元々七回の予定ではあったものの、一年生でピッチャーの試合出場を希望した生徒がおらず、試合は終了。

 一星は四打数二安打。彗は四打数一安打でそれぞれヒットを打つことはできたものの、三打数三安打一ホームランと格の違いを見せつけていた嵐の前にランナーを出して回すことができず。結果、スコアは二軍チームが四点、一年生チームが三点で一年生チームの負け。

 とても上出来とは言えない、ほろ苦い高校デビューとなった。



       ※



 真田は試合終了後、部員たちが帰った後、一年生チームと一緒に試合をした嵐、対戦した真司をそれぞれ呼び出すと、開口一番「真司、あの二人はどう見えた?」と問いかけた。


「なるほど、俺らが駆り出されたのはこのためってことっすか」


 真司は納得した様子で「ま、所詮は中坊ってことですね。まだまだ甘いっす」と続ける。


「どういう点がそう感じた?」


「んー」と悩みながら真司は「あの二人、全部が都合よく進むように思ってるような気がするんすよ」と頭を捻りながら続けた。


「なるほど」


 隣にいた嵐も頷き、同調する。


「どういう点が?」


「最初はまあしょうがないとして、俺の二打席目、二球までは良かったのに一気に勝負かけてきたりとかっすかね」


「なるほどな。嵐は?」


 話を振ると、嵐も「概ね同じです」と前置きをしてから「ただ、センスは抜群に感じました」と言いながら一歩前に出る。


「ほう? どうしてそう思った」


「まず最初に〝試合に挑む姿勢〟が違ったって感じですね。他の一年は消極的でしたが、あの二人と……坂上の三人だけは最後まで声出してたんで」


「それは普通だろ。他には?」


「武山は一打席目の反省をしっかりと踏まえてのリードができ、バッティングもいい。コイツ以外には充分通用してたように思います。あとは、試合の経験をどれくらい積めるかかなと」


「ほう」


「空野については、正直球が速い以外はまだまだですが……それだけで価値があります」


「なるほどな。よくわかった」


 立ち上がると、真田は「じゃ、最後に二人に質問だ」と襟を正し「土曜日の春大会、連れていくべきか?」と問いかけた。

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