1-26「怪物との遭遇(2)」
ジュースを飲み切ると、いよいよ本題に入ろうと音葉は座り直して「じゃ、本題」と音葉は真剣な眼差しを真奈美に向けた。
「え?」と間抜けな声を漏らす真奈美に「野球部のマネージャーになるって本気?」と問いかけた。
「ホントホント。ふざけてないよ」
「私が言うのもアレだけどさ……相当キツイと思うよ?」
「そんなに?」
「ボールとか飲み物の用意とか……朝練も出なくちゃだし、時間は相当削られると思う。私も詳しくはわからないけどさ」
あくまで音葉が経験したのは、怪我中に他所の雑用をしただけ。実際に高校に進んでマネージャーをしていた先輩たちとかに話を聞くと〝決してやるもんじゃないよ〟と口を揃える。事実、野球が好きな音葉も、彗と出会うまではマネージャーをやるつもりは毛頭なかったほどだ。
「うーん……まあ、何とかなるんじゃない?」
苦しさを伝えてみても真奈美の表情は揺るがない。
つい先週までは野球に全く興味が無かったはずなのに、いきなりどういう風の吹き回しなのだろうと疑問に思いながら「じゃあさ」と観念して音葉は提案をぶつけた。
「せっかくの仮入部期間なんだしさ、体験入部してみようか」
※
扉を開くと、古本の匂いと静寂な空気が彗と雄介に襲い掛かった。
合同勉強会のため訪れた図書室は、生徒の自主学習のために午後六時まで開いているが、利用している生徒はごく少数のようで、本を選んでいる生徒数名と円形の机に座っている男子生徒が一人だけという寂しい空間だった。
一人なら……というより、今後来る機会はねぇなと心の中で呟いてから「静かでいいな」と雄介は呟く。
「むず痒くなるな」
「お前もかよ」
小さな声で笑いながら、二人は空いているテーブルに着くと、すぐに教科書とノートを開いた。解くのは数学の問題だ。
「ここ、中学の範囲だぜ?」
「それすらも怪しいんだよ」
「改めてよ……お前よく受かったな」
「数学に関しては自己採点すらやらなかったからな」
会話もそこそこに勉強を始めようと、ペンを握った彗。
――めんどくせぇな。
男二人だけでなんでこんなことをしなくちゃいけないんだと自問自答していると「あ、空野」と、雄介の背後から誰かが彗へ話しかける。
「お、武山じゃん。どうした」
雄介が振り返ると、そこには見覚えのない男子が一人立っていた。
「ちょっと本借りようと思って」と、一冊の本を取り出した。野球の本だろうか、真っ青な表紙に〝変化球のススメ〟というタイトルが書かれている。
「なんだお前、ピッチャーになろうってか?」
「まさか。空野の変化球がしょぼいから、なんか良いのないかなって思ってさ」
ため口で会話していることを考えると、恐らく同級生だろう。野球繋がりで出来た他クラスの友人だろうか。
――空野のコミュ力を見りゃわかるが……こいつ、どっかで……。
「そっちこそどうしたのさ」
「見りゃわかんだろ。勉強だよ、勉強」
「あー数学か。僕も苦手」
「あ、じゃあちょうどいいや。一緒に教えてもらおうぜ、コイツに」
鳩が豆鉄砲を食ったような表情で雄介は「は?」と声を上げる。
雄介の動揺を余所に「え、いいの?」と表情を明るくした一星。そんな顔を向けられて断れるほどの度胸はなく「じゃあ……」と一星に着席を促すと「失礼します」と、どこか上機嫌な一星が空いていた三つ目の席に座った。
彗の教科書を覗き込むと「あー、ここ僕も忘れてたわ」と重ねる。
「なんだよお前、俺と同レベルか」
「背伸びして入ったからね。でもなんでこのタイミングで勉強しようって思ったの?」
「野球部に入ったら時間無くなるだろうからな。摘める芽は摘んでおこうと思ってよ」
もう収穫はないだろうと諦めていた矢先、突如舞い込んできた難問の答え。思わず「へっ⁉」と間抜けな声を漏らすと、彗と一星が同時に雄介へ視線を移した。
「空野、お前野球部入んの⁉」
「あー、金曜日にな」