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彗星と遭う  作者: 皆川大輔
【第1部】
29/177

1-24「限りなく運命に近い偶然(6)」

 恭太は指を鳴らして「そうそう!」と舞台に立っているのかと勘違いしてしまいそうなオーバーリアクションを見せる。

 呆れながら新太は上がりかまちに座って靴を脱いだ。練習後に履き替えた靴下だが、自身が思っている以上に疲れていたのだろう。白い靴下の下部分はぐしょぐしょだ。


「で、それが?」と問いかけると同時に靴下を脱ぎ棄てる。


「最近よく店に来るようになってさ。これまで私服で気づかなかったんだけど……」と、新太をまじまじと見て「やっぱそうだ!」と再び指を鳴らし、頭の上に電球を照らした。


「……なに?」


「いやさ、これまでずっと休日に来てたんだけど、今日は学校帰りだったのか、制服でさ。しかも、かわいい彼女と一緒に。なんだリア充かよって思ってたんだけど、どっかで見たことある制服だなぁ……って思ってさ」


 やっぱりこれだ、と新太の制服を指差す。


「ん? なに?」


「この制服着てたんだわ、アイツ」


「……え?」


「まさか彩星にいるなんて知らなかったわ。なんで教えてくれなかったんだ?」


 決して冗談を言っているわけでもない、茶化しているわけでもない。そんな素っ頓狂な表情を浮かべる恭太に「いや、俺も知らなかったから……」と返すのがやっと。思いがけない事態に信じられず「それホント?」と改めて問いかけてみた。


「マジマジ。羨ましいなぁ、怪物は球だけじゃなくて手も早いとは」と、彼女ナシは辛いわと言わんばかりに首を振る。


「いやまあそれはどうでもいいんだけど……えっ、マジかぁ」


 困惑を隠せない新太の左肩を叩いて「今年甲子園行けるんじゃね?」と声をかけてくる。


 どの口が、と言いたくなるところをこらえた新太の視界に、腕時計が映り込んだ。

 午後八時四十分と表示されている。


「……時間大丈夫?」


「あっやべ、電車ギリだ! 親父たちに今日は帰らないって伝えといてくれ!」


 爆弾を投下していったと思えば、今度は嵐のようにその場を去っていった。

 一人残された新太は、突如現れた謎の戦力に複雑な感情で「……まさかなぁ」と呟いた。


 一パーセントのガチャが二年連続で当たったかもしれない。


 ――こりゃ甲子園に行けって神様が言ってるんだな。


 まだ確定はしていないが、もし兄の言葉が事実ならば運命のような偶然だ。

 明日、仮入部の一年に話を聞いてみようと画策しながら、新太は廊下を進んだ。



       ※



「ごめんね、晩御飯までご馳走になっちゃって」


 空野家でお茶のみならず夕食も振舞った彗は、音葉と共に帰路についていた。


「お粗末様」


「びっくりしたよ、美味しかったんだもん」


 先ほどの夕飯を思い出しながら言う音葉は、どうやら料理が舌に合ったようで満面の笑みを浮かべている。

 夕食後も少し話し込み、時間は夜の九時。当然、辺りはすっかり暗くなっており、流石に同級生の女子を一人で帰すわけにはいかず。途中まで見送ることになった彗は「そりゃ光栄だ」と面倒くさそうに歩きながら応えた。


「……話は変わるんだけどさ、かわいいね、輝くんと朱里ちゃん。双子だったよね、確か」


「あー、そうだよ」


「いくつなの?」


「えーと、二人ともいま小学校四年だから……何歳だ?」


「九歳とか十歳だね」


「誕生日まだだから、九歳だな。大変だぜ、毎日」


 彗は、食事を終えてからずっと二人と話していた光景を思い出していた。余程、音葉は二人のことを気に入ったのだろう。最初はからウェルカムな姿勢だった輝はもちろん、警戒していた朱里も帰るころにはすっかり懐いていた。音葉の引き込む力に感心していると「いいなぁ」と音葉は呟く。


「いいかぁ?」


「うん。毎日楽しそうだなって」


 目を輝かせる音葉。心底羨ましがっているということがひしひしと伝わってきて「大変なだけだけどなー」と日ごろの大変さを思いながら肩をすぼめる。


「私一人っ子だから羨ましいんだ。また遊びに行ってもいい?」


「俺は構ねーけど……野球部入ったらお互い忙しくなるだろうから難しいだろうなー」


「あっ……そうだね。すっかり忘れてた」


「いつまでだっけ?」


 えっと、と音葉は携帯を弄ってカレンダーを開く。


「来週の金曜日までだから……十一日までだね」


「ちょーど一週間か。もうあんま時間ねーな」


「まだ時間かかりそうなの?」


「まーな……ま、なんとか仕上げるさ」


「やっぱり仮入部期間は武山くんと二人で特訓?」


「その予定」


 失った感覚を取り戻せるか微妙な期間だが、野球の実力を取り戻すという目的には変わりない。


「ま、なるようになるさ」


 変わらぬ自信を身に纏いながら、彗は夜道を歩き進めた。

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