表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
彗星と遭う  作者: 皆川大輔
【第1部】
23/177

1-18「神様のいたずら(4)」

 今日は、一人。

 たった二日間とはいえ、やはり一人は若干さみしいなと嘆きつつ、彗は短距離のダッシュを何度も繰り返していた。


 音葉と真奈美の前では精一杯強がってみたものの、悔しさが無くなってくれるわけじゃない。始動した箇所、体重移動、腕の角度、リリースポイント――何が悪かったのか考えてみても、答えはやはり出て来てくれない。


 答えの出ないランニングを取りやめて、ピッチング練習に移る。


「だー……くそっ!」と、投げやりな投球を試みた。


 練習というのは、ただ言われたものをこなすだけでは効果がない。練習をする意図を把握し、練習の効果を汲み取ってはじめて意味がある。

 だから、こんな破れかぶれな投球が何か意味を成すわけがない。

 がむしゃらに投げ込まれたボールは、ストライクゾーンを捉えることなく大きく左へ逸れた。さらに追い打ちで、何か突起にでも当たったのだろう、あられもない方向へ飛んで行く。

 泣きっ面に蜂。弱り目に祟り目。そんな、八つ当たりに近い情けない第一投だった。


 ――はー、だっさ。


 自分自身に呆れながら、ボールを拾いに行く。ボール自信も余程暴れたのだろう。橋の影から大きく外れたところまで行っており、久方ぶりに太陽の下へ出た。


 家を出たときはまだ夜を引きずっていた空も、もう水色になって太陽が凛々と輝いている。もうそんな時間経ったのか、とボールを拾ってから携帯の電源を開く。

 時間は、午前七時二十分。そろそろ散歩に勤しむご老人が出てくるころだ。


「ん?」


 時間を確認するだけのはずだったが、携帯に何かの通知が来ていた。

 着信履歴だ。


 ――……誰だ?


 休憩も兼ねて、滴る汗を拭きながらその犯人を見てみる。


「……あ?」


 犯人は、武山一星だった。

 世界大会の時に交換した電話番号。登録こそしてあるものの、大会中は直接話すし、大会後は絡むことはなかったから、初めての着信だ。


「着信は……三十分前に一回か。ちょうど練習始めたくらいだな」


 早起きしていたからよかったものの、普通の学生ならまだ寝ていてもおかしくない時間だ。


「何を考えてんだアイツ」


 愚痴りながら電話してみた。

 ピリリ、と呼び出すが応答は無い。

 代わりに、着信音だろうか。

 少しくぐもったメロディが、鳴っている。

 背後から、秦基博の名曲〝Halation〟が彗の耳に届いた。

 反射的に振り返ると、そこには、息を切らした武山一星がいた。


「や、昨日ぶり」


「何の用だよ」


 そう問うと、一星は「相手がいたほうがいいでしょ?」とキャッチャーミットを取り出した。


「もう辞めたんだろ?」


「またやりたくなってさ」


「まーた随分と自分勝手だな」


「昨日の君の強引さには負けるけどね」


「誰かさんにどうしても野球やってほしかったんでね」


 彗は、ボールをすっと一星に投げた。ぱしっ、とちゃんと手入れの行き届いた音を奏でてミットに収まる。


「申し訳ないんだけどさ、一つ相談事があるんだ」


「なんだよ急に」


「僕とさ、甲子園に行ってくれない?」


「はー……ついこの間までうじうじしてたやつとはまるで別人だな」と言いながら、一星が投げ返してきたボールを彗は受け取った。


「ちょうど昨日、目が覚めたんだよ。お陰様で」


 そう言うと、一星は目算で彗と18.44メートル離れて、その場にしゃがみ、ミットを構える。


「そりゃー光栄だ」


 そう言い切ると彗は、息を目一杯に吸い込んでから大きく振りかぶった。

 やっぱりいつも通り、両腕を降ろした反動を使いながらながら上半身を捻る。

 あの瞬間をなぞるように左足を上げて動作に入ると、一星へ倒れ込むように腰から動かす。

 一連の流れのようにグラブから右手を出して、左ひじは大きく上げる。


 ここまでは昨日の勝負と同じ。


 ただ、あの瞬間と違うのは、武山一星がバッターとしてではなくキャッチャーとして相対しているという点だった。


 あの世界大会で感じた自信を思い出しながら、右腕を全力で振る。


 ――あー、足りなかったのはこれか。


 確信を持って右手から放ったボールは唸りを上げて、瞬く間に〝ドンッ〟と大砲のような音を伴って一星のミットに収まった。


「ナイスボール」


 世界一のバッテリーが、名もなき県立高校にて復活した瞬間だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ