3-20「○○○の彗くん(5)」
「それにしても、速いね! 二十分で着いちゃいそう! 何かスポーツやってたの⁉」
「野球をね! 一星と同じタイミングで始めたんだよ!」
「へえ! 今もやってるの⁉」
出会ったばかりの女子に全てを、しかもこの状況で話す気にはならず。「……今はお休み中だ!」と声を荒げるのが精一杯で、それを察したのか「そっか!」と、この宮原も深くは追求してこなかった。
鋭いと言うか、賢いと言うか――病院を出発するときも、自転車で来たことを知るなり乗っけていってくれとすぐに申し出たりしたことを踏まえても、相当頭の回転が速いと見える。
そんな彼女が前方不注意で事故を起こしかけたとはにわかに信じられず、大哉は「そんなに文化祭楽しみだったんだな!」と尋ねてみると「ね、寝坊しちゃったけどね!」と答えた。
「なんで大事な日に寝坊なんか!」
「遠足の前の日とか寝れないタイプなの!」
「はっ、子供じゃあるまいし」
あまりにも幼稚すぎる言い訳に、思わず吹き出してしまう。
――……あれ?
ここで、大哉は自分の異変に気がついた。
野球留学したはいいものの、勉強も野球も付いていけず。出るのは愚痴とため息ばかりで、一星と話しても幼いころから可愛がって貰っていた祖母と再会しても表に出なかった笑みが、今、出ている。
――不思議なもんだ。
知り合ったばかりだから、気負いがないのかもしれない。大哉は、久しぶりに笑わせてくれたこの女子に少しでも報いようと、ペダルを漕ぐ足に力を込める。もちろん、宮原の二の舞にならないよう、細心の注意も払って。
※
「いやー、間に合ったね」
昼飯時を過ぎ、ようやくあべこべ喫茶のピークが去った後。
彗と音葉、真奈美は自由時間に入った。
「結構人来たねぇ、やっぱり男子勢の格好が効いたんじゃない?」
「うるせ! ってかいつまでこの格好でいりゃいいんだよ」
そう言いながら、彗はフリフリなスカートの裾をつまむ。
「自由時間中もお店の宣伝ってね!」
「あんなにいっぱい入ったんだから宣伝とかいいだろ……」
「だーめ、寧ろここで宣伝して、満足度ランキング一位取らないと!」
彩星高校の文化祭では、来場したお客さんに電子アンケートを協力しており、文化祭が終了した時点でのポイントを全学年のクラスで競い合う。先程、その中間発表が行われ、一年三組は二位に位置づけている。
このランキングを制すると、ご褒美として校長からアイスが贈られることになっており、全生徒が毎年しのぎを削っているらしい。
そのためにも必要なのが、さらなる宣伝――気持ちはわかるが、この格好はどうも落ち着かないし、周りの視線もやっぱり気になる。
――これで三位にも入らなかったら最悪だな……。
せめてもの効果があることを願いつつ歩を進めていると、目的地である中庭に到着した。
「結構人いるもんだねぇ」
「ちょっとしたライブ感覚なんだろうな」
「ちょっと前の方は行けなさそう……」
「ま、別に知り合いが歌うワケじゃないし――」
そう言いかけたところで、ようやく準備が整ったのか『あ、あ』と、聞き慣れた声がマイクのテストを始めた。
「お、一星じゃん」
「こういうのも設営係の仕事なんだね」
「意外と大変そう……」
マイクのテストが終わると、自分たちで用意した機材を移動させたりと、下手な野球の練習よりも重労働に思えた。
本番は何もしなくていいからそこまで負担はない、という意味だったのだろうか、と思いながらぼうっと眺めていると『お待たせしました』と、一星がマイクで話し出す。それを合図に、楽器を持ったクラスメイトが続々とステージに出てきた。
その全員が、すべからく鬼気迫る表情をしている。とてもこれから楽しませるようなものではなく「随分と気合い入ってるな……」と思わず呟いてしまうほどだった。
「何かあったのかな?」
「さあ、朝に一星くんと会ったときは何も言ってなかったけどなぁ」
答えの出ない会話を交わしていると、再び一星がマイクを持って『お待たせしました。精一杯、クラス全員で演奏しますので、どうか最後まで楽しんでいって下さい』と言うと同時に、背後の生徒が音を奏で出す。
――あれ?
どうやら、このまま曲が始まる雰囲気。イントロはヒゲダンの宿命だけど、誰が歌うんだ、と思いながら眺めていると、マイクを持ったままだった一星が深く息を吸い、そのまま歌い始めた。
※
――なんだ、裏方って言ってたけど、どセンターじゃない。
曲が始まると、武山一星が美声を披露し、森下はうなりを上げた。
恥ずかしさから教えなかったのか、自信のなさから教えなかったのか定かではないが、とても卑下するようなことはない歌声だ。
こういう一面もあるんだね、と笑いながら、カメラを構える。
レンズ越しにみた天才は、あまりにも活き活きとしていた。
――おっ、アレは……?
被写体である一星の奥をよく見てみると、こちらも噂で聞いていたメイド姿の怪物・空野彗もいることに気づいた。
予想外に似合っている姿を見て笑みを浮かべながら森下はシャッターを押す。
――こりゃ将来高値が付くね。
動画撮影用のカメラではないことを悔いながら、森下はその後もシャッターを切り続けた。