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彗星と遭う  作者: 皆川大輔
【第3部】
162/177

3-07「ライバルinカラオケ(2)」

「実行委員ってことは……?」


「あぁ、お察しの通り。ほれ、あっち」


 彗が指をさした先には、音葉が見慣れた女子生徒――真奈美とティーカップを持ってホットのドリンクを入れていた。「あっ、一星くん」と音葉がこちらに気づき手を振る。「奇遇だね」なんて声をかけながらウーロン茶を入れ終えると、音葉の声がした方へ振り向く。すると、音葉の陰から見慣れた顔――真奈美がひょっこりと顔を出した。


「やっ! 偶然!」


「ま、真奈美もいたんだ」


 下の名前で呼ぶのはこれが初めて。どさくさに紛れて呼んでみたが、どこか気恥ずかしさがある。動揺を悟られないよう努めたつもりだったが、恐る恐る真奈美を見てみると、にやにやとこちらの思惑はお見通しだと言わんばかりの表情を浮かべている。

 出会ってから数ヶ月。抜けている天然のような印象があったが、たまに見せる勘の鋭さは女性特有のものなのかもしれない。


「そう。ついでに坂上くんもいるよ。コック長でね」


「へぇ。料理できたんだ、アイツ」


「いや、俺がメインで入ってサポートについて貰う感じ。何かと勝手がいいしな」


「なるほど……ってか、彗も料理できるの?」


「はー、疑うのか。よし、今度ウチ来いよ。空野彗スペシャルコース振る舞ってやる」


 慣れない空間だが、いつものような会話が出来ているだけで気分が全然違う。どこで過ごすかではなく誰と過ごすかが大事なんだな、とあら足り前のことを再確認していると「武山! 遅いけど何してんの?」と、この場に来る原因となった女子生徒、宮原が駆け寄ってきた。


「あ、ごめん。ちょっと野球部の仲間と会っちゃって」


「野球部? ……あ、ホントだ。怪物いるじゃん」


 普段教室の中でもかなりの声の大きさで存在感を示している彼女だが、部屋を出た彼女の声はいつもよりもより一層大きかった。高速道路を走った後スピード感覚が掴めなくなるといった現象と同じように、密室で大きな音を聞いていたせいで耳が麻痺しているのだろうか。


「誰?」


「同じクラスの宮原さん」


「実行委員でーす」


 真奈美は「ふぅん」と声を流す。相変わらずの笑顔だが、目が笑っていないように感じられた。そこから二人の間には会話が生まれず、冷たい空気に包まれる。本当にカラオケにきているのかと疑ってしまうが、時折カラオケボックスから聞こえてくる誰かの歌声があるお陰で最低限の雰囲気を保っていた。


「ま、ゆっくり――」


 流れを変えようとしたのか、彗が口を挟むが、真奈美が「ねっ」と唐突に割って入ったことで次の言葉が封じられた。


「ん?」


「出す料理とかメイドの人数とか決まったし、もう私たちの話し合いって終わったよね? まだ何か話さなくちゃいけないことってある?」


「あ、まあ……取りあえずは大丈夫かな」


「じゃあもう解散というかさ、自由行動でもいいよね?」


「問題はねーと思う」


「よし、じゃあ決めた! 暇だし、そっちの部屋に混ざる!」


 その真奈美の一言で、より一層場が凍り付いた。



       ※



 自分の曲を一人で歌い終えた雄介は、マイクを置いて深くソファに座ると「おっせぇな」とだけ呟いた。


 文化祭の打ち合わせが終わり、数少ないオフを堪能するための時間。カラオケに来るのも久方ぶりで歌うこと自体は日頃の辛い練習を忘れるには好都合だが、一人だとその爽快感も半減する。寧ろ虚しさを覚えつつあった雄介は寝っ転がってやろうかと画策していると「わりー、遅くなった」と彗が戻ってきた。どこか呆れたような表情で、続いて入ってきた音葉も似たような表情を浮かべている。何かあった、と口が動く前に雄介はもう一人のクラスメイトがいないことに気づく。


「あり? 木原は?」


「真奈美は、その……用があって抜けるって」


「はぁ? なんだそりゃ」


「まあしょうがねーわ。さ、俺らだけで楽しもうぜ。次のオフは当分ないんだし」


 あからさまに話題を逸らそうとする彗。口を噤んだままの音葉。明らかに何かを隠していることは明白だ。


 ――嘘つくの下手だなぁ。


 素直と言うべきか、単純と言うべきか――二人の行く末を暗示ながら雄介は、一つの事実に気がついた。


 真奈美がいなくなったということは、この部屋には三人だけということになる。真奈美がいたことでなんとかバランスを保つことが出来ていたが、彗と音葉の二人が作り出す空間に自分というそんざいは明らかに不要だ。自分自身の存在を否定したくはないが、今雄介の目の前で「つ、次さ、何歌う?」「えっと……二人で歌えるヤツとか――」などといったやりとりを見せつけられては弁解のしようもない。


 一つため息を溢してから帰宅する決意を固め、何か理由を探していると、ちょうどタイミング良く携帯が鳴り響いた。


「わり、ちょっと抜ける!」


 パネルを覗き込む二人の前を通り、部屋を出て携帯を取る。空気の読める電話の相手は、雄介の母親だった。


「なに?」


『いや、アンタ今どこ?』


 普段なら煩わしさを覚える声だが、今日だけは口実になってくれたことに感謝しつつ「カラオケ。友達と」とぶっきらぼうに話す。

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