2-63「vs桜海大葉山(22)」
「付き合いが短い? どういうこと?」
「あぁ。例えばだけど、俺達はまだ会ったばかりでさ、お互い何が好きかとかわからないだろ?」
「何が好きって、それは野球でしょ」
野球が好きじゃないとこんなきつい仕事やらないでしょ、と力強い眼差しで彗を見つめていると、たじろぎながら「……それ以外でって話だよ。俺が好きな食いもんわかるか?」と角度を変えてくる。
「白いご飯」
がしかし、問題は簡単。日頃の弁当箱を思い出し再び即答すると、眉をひそめて「まあ正解だけどよ……」と口を尖らせた。
「ま……そこはどうでも良くて」と煮え切らない表情のまま前置きをしてから「知らない一面ってのが出てくるんだよ」と左手で地面に転がっていたボールを拾い上げる。
マウンドの上とは違う押されている彗を「わかってるって」と笑う。
「ったく……このライトボールで言えば、高めと低めでも違ってくるってのに気づいた」
左手でボールを転がしながら彗は呟く。
仕事を終え、途中からの観戦となっている音葉。遠目からでは、三振をとっただのぼこぼこに打たれたなどは分かるものの、詳しい試合内容を見ることはできていない。細かい試合内容や感想は後で聞こうと思っていた矢先に出てきた理想の話題に「へー!」と目を輝かせる。
が、しかし。
「握りは同じなんだよ。ほれ、俺は中指が長いから、引っかかるようにしてちょっと軸を傾けて……って感じで、投げ方も全部同じなんだけど、低めに投げるとぐいって感じで、高めに投げるとギュンって感じになったりする」
彗の口から出てきたのは擬音。映像もないのに想像が出来るはずもなく。
「〝ぐいっ〟に……〝ギュン〟?」と首を傾げるしかなかった。
「ピッチャーならなんとなくわかるだろ?」
「あ、えっと、うん」
――彗くんは、勉強にしても野球にしても、教える側には向かないだろうなー。
音葉が一人で確信し頷いていると、理解を得られていないことに気づいたのか「……ま、寄り道もここら辺までにして、応援に戻るか」と言い、立ち上がる。
「うん、そうだね」
彗の後を追って、音葉もベンチへ歩を進めた。
※
「……ここに来て重苦しいな」
反撃をした四回裏の攻撃までは彩星側に流れが来ている、とばかり考えていたが、実際はそんな甘くなく。五回から登板している背番号10の二年生ピッチャーの前にランナーを出せず三者凡退、六回もツーアウトまでテンポ良くアウトを取られていた。
打席には、三番の一星。
――もう一回流れを持ってこないと……。
彗のリリーフの新太もランナーを出しながらゼロ点に抑えるピッチングを見せている。二人のピッチャーがそれぞれいいピッチングをしている以上、女房役としてもクリーンナップとしても、スタメンキャッチャーの座を狙うという立場としても、更に結果がほしい。
――二点差……だしな。
一球目、真ん中高めのストレートを見逃して一星は一度打席を外す。
先程までは翼が投げていたからまだなんとか対応できたが、キレ・スピード共にランクが一つ上がったように感じる。
事実、コース自体は甘かったが手を出すことが出来なかった。
翼の球に見慣れた後では、中々長打を打つことは難しい。
――セットになれば何か変わるかも知れないし、塁に出ること優先で……。
打席に入ると、先程よりもバットを指一つ分短く持ち、当てることを意識して若干背中を丸めた小さいフォームでボールを待った。
良くボールを見て、臭いところはカットして。そんなバッティング。
工夫の甲斐あってスリーボールワンストライクと、打者としては有利なカウントまで以てこれたところで続く五球目。
アウトコースにストレート。際どいところだけど、カウントにまだ余裕がある。
バットを振らず、見送り。祐介のコールはボール。
「よっし!」
結果、フォアボールで出塁となった。
タイムリーに流れが悪いところでフォアボールをもぎ取った。
それなりのアピールになったはず。
ガッツポーズをして、一星は一塁へ駆けていった。
続く四番、嵐が打席に入る。
同級生対決というところで燃えているのだろうか。その表情がいつも以上に硬く、集中している様子が伝わってきた。
「守備位置は……」
彗との説教時間中に学んだ視野の広さ、確認を怠らないことという反省を活かすため、わざと口に漏らしながら内野・外野の守備位置を見る。
ツーアウトのため内野はオーソドックスな位置取りをしている。一方で外野は、若干深め。四番と言うことも在り、長打を警戒しているのだろう。
――この位置なら、単打でも三塁まで行ける……。
「ん?」
走塁のイメージを固め、ベースから離れてリードを三歩取ったところで、一星の鼻頭をひんやりとした感触が襲った。
「タイム!」
打席に入った嵐が空を見上げながら声を上げる。
祐介がタイムの指示を出すと、一星もベースに足を付けてから空を見上げた。
――これからってときに……。
さっきまでの雲一つ無い快晴はどこへやら。
気がつかない内に、空はすっかり鉛色に染まっていた。




