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彗星と遭う  作者: 皆川大輔
【第2部】
146/177

2-59「vs桜海大葉山(18)」

 彩星高校ベンチから歓声が上がり、桜海大葉山からはため息が漏れる。


 ――最高の結果だ!


 満足げに、一星はバッティンググローブを外しながら笑みを浮かべた。



       ※



「やるじゃんアイツ!」


 天才一年生の天才的なバッティングによって遂に一点をもぎ取った。真司は帰ってきた鋼とハイタッチを交わす。先程凡退した悔しさなどとうに忘れていた。

 ここから打順は四番の嵐、五番の新太、六番の彗と続いてく。


 宗次郎がおらず破壊力はそこまでないが、その分、嵐と新太はミートする能力に長けている。ランナーが溜まれば、彗に代打なりを出して同点、ないしは逆転だって夢じゃない。

 しぼんでいた勝利の芽が出始めている。監督とコーチもさぞ喜んでいるんじゃないか、とベンチの端に佇む二人へ視線を移した。


 ――あり?


 しかし、二人は真司の想像していたものと全く真逆な、険しい表情をしていた。


 ――なんで?


 表情を綻ばせない二人をじいっと観察していると「真司!」と真田が声を上げ手招きをしてきた。


「ほーい!」


 凝視しすぎたのか、何かが逆鱗に触れたのか。まだイマイチ性格を読み取れていない真田の下に駆け寄ると「お前、さっき打席に立ってあのピッチャーどう感じた?」と至近距離で問いかけてきた。


「どうって?」


「球が垂れてきてるとか、腕が緩んでるとかさ。初回となんか変化はあったのかってことだよ」


 いつも授業や構内、あるいは練習中でも見せない真剣な表情に若干気圧されながら真司は「さっきの打席で?」と質問を投げ返す。


「あぁ。ベンチから見たんじゃわからない変化があったのかどうかが知りてーんだ」


「変化、ねぇ」


「球数ももうじき八十球だ。疲れが出るころだろう。どうだ?」


 真田に促されるまま、真司は自分のセカンドゴロを思い出す。

 打ったのは五球目のストレート。


 一球目からストレートを多投しカウントは1ボール2ストライクと追い込んだ場面で、投じてきたのは決め球のスライダー。絶対投げてくるから見送る、と決め打ちならぬ決め見送りを決めてカウントがツーツーになったところでのボールだった。


 いずれも、一級品。初回から感じた綺麗な軌道のストレートも、鋭く曲がるスライダーも劣化しているという印象はなく、寧ろノリ始めているというキレキレのボールだった。


 真田の口ぶりからはマイナスな変化を期待していたようだが、そんなことは一切無く。


「寧ろパワーアップしてるっすよ、あのピッチャー」


 感じたことをそのまま正直に話す。すると、答えを予測していたのか「だよなぁ」と真田は肩を落とした。


 先程の表情では見えなかったが、逆転のために仕掛けようとしているのだろう。

 そのタイミングを伺うための質問だ、と結論に至った真司は「大丈夫っすよ! 嵐もとぐっちゃんも打ちますって!」と声を上げ、だから一緒に声出しましょう、と続けようとしたが「あぁ、ま、いいや。戻ってくれ」と制される。


 ――……どゆこと?


 昨年の安芸大会では選手と一緒になって騒いでいた真田だが、今は全く別の人物になったみたいで不気味さを感じながら、真司は所定の位置に戻った。



       ※



「……厳しいな」


 隣に佇む矢沢がポロリと呟いた。

 期待外れなバッティングをしている一星を見つめながら、真田も「そうか?」と疑問符を浮かべた。


「随分と悠長なんだな。もう少し危機感持った方が良いんじゃねぇか?」


「まだヤツは一年なんだぜ? 守備は触れ込み以上の能力はあるし、走塁も悪くない。そっちを教えなくて言い分、リードとバッティングに時間をかけることができる。それだけ伸びしろだよ」


「伸びしろ、ねぇ。間に合うか?」


 期待外れなバッティングをした二塁上にいる一星に「ま、気長にやるだけさ」と腰を据えて言葉を零してから、真田は「おい、ビッグ!」とベンチの奥で一人バットを握っていた選手に声をかけた。


「……はい」


 高校球児らしくない声の低さで返事をした三年生・高山浩平たかやまこうへいがその場で立ち上がった。

 ビッグというあだ名よろしく、191センチの長身で、腕を伸ばせばベンチの天井に届くんじゃないかと感じさせるほど。その無愛想な表情も相まって、いるだけで威圧感があるな、と苦笑いをしながら真田は「怪物に代打だ、振ってけよ!」と声をかけた。


 今日は新太と宗次郎の割を食って出場できていないが、普段はレフトでスタメンとして出ている、左投げ左打ちの選手。鬱憤が溜まっているのだろう、「うっす」と返事をしたその声に幾何かの明るさが垣間見えた。


 浩平に代打と告げられた怪物は、ベンチの入り口で肩を落とす。しかし、代えられることに不満はないようで、すぐベンチに座る。


「おい空野! クールダウンとアイシングな!」


「わかってますよ! この回見届けたらやりますんで!」


 流石に不満はあるようで、矢沢のお節介にいらだっている様子を見せている。こっちもまだまだ中学生だな、と二人の伸びしろを実感しつつ、真田は「名伯楽的にはどう映ったよ」と矢沢に問いかけた。


「四回で四失点。三振は九つか……マネージャー、球数は?」

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