表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
彗星と遭う  作者: 皆川大輔
【第2部】
134/177

2-47「vs桜海大葉山(6)」

「……ういっす」


 怪訝な表情で返事をすると、嵐はマウンドに視線を移した。

 試合中に動揺させるようなことを口走っちゃいけないな、と自分の言動を鑑みていると、三人目の彗が三振に倒れたシーンが視界に飛び込んできた。


 初回を乗り越えたことで、向こうのピッチャーも調子が出て来ているのか、表情こそ変わらないものの軽やかな足取りでベンチへ帰っていく。


 その入れ替わりで彩星の選手たちが守備につくためにベンチを飛び出していった。

 最後のバッターとなっていた彗もあせあせと準備を終えてマウンドへ向かう。

 そのノリノリな後ろ姿を見ながら、真田は矢沢の残した言葉を思い返していた。


 ――もはや予言だな。


 矢沢が残した言葉は、序盤はほぼ完璧に桜海大葉山打線を抑えるという予想だ。

 最初はいくら彗でも無理だろうと話半分だった真田だが、ここまでは二〇二五年の高校ではナンバーワンであるという強力打線の上位から中位までを六者連続三振に切って取っている。


 新しく身に付けた〝ライトボール〟と本人が名付けた魔球の威力は確かなものだと確信をもちつつ、もう一つの予言に首を傾げた。


 ――二巡目から崩れるってマジかよ。


 とても想像できない〝予言〟を訝しみながら、真田は矢沢がベンチにいないことを悔いた。


 ――やっぱ別日にしてもらうべきだったかな。


 後悔しても後の祭り。時間は戻らないよと言わんばかりに、今日主審を務める雄介の「プレイッ!」というノリノリの声が響いた。



       ※



 初球、二球目と低めにワンバウンドするくらいのボール球。


 ――低め意識しすぎ。


 ボールを受けながら一星は苛立っていた。

 二回までの快投はどこへやら。投げるリズムも悪くなれば、要求したコースにもボールは来ない。


 いくらデータが頭に入っていてもこれでは活用の仕方が無いよと頭の中で愚痴を零しながら「彗! ミット見て、ミット!」と声を上げた。


 わかってるよ、と言わんばかりに左手のグローブをしっしっと振る。


「じゃあちゃんと投げてよ……」


 小言を呟いてから、またサインを出す。

 バッターは左打ちの七番。

 強打者であることに変わりはないが、これまでの上位から中位の打者に比べれば、特筆したバットコントロールもパワーもそこまでない。

 データ上ではチャンスに強いバッターで、六番までに返せなかったランナーを掃除する役割なのだろうが、今はノーアウトランナーなし。

 攻めるときだよ、と言うメッセージを込めて、インコースにライトボールを要求した。


 怪訝な表情で頷いた彗が、いつも通り胸を意識した新フォームで投げ込んでくる。


 ――あっ!


 しかし、一星の気持ち虚しくボールは甘いど真ん中へ。

 打たれる、と思った瞬間にバットが一星の視界に入ってくる。

 とてつもないバットスピードでボールを捉え、キンッ、という久方ぶりに聞く甲高い音と共にボールはレフト方向へ。


 ぐんぐんと打球が伸びて――レフトの新太がジャンプ一番。


 遠目からではわからず、ランナーは二塁へ。

 キャッチしているのか、落としたのか。どっちだ、とざわついていると、新太が右手のグローブを高く掲げた。


 セカンド塁審が確認し、「アウト!」と高らかに声を上げた。


 強烈なレフトフライに終わったことを確認すると、一星は「助かったぁ」と呟いてからタイムを取り、マウンド上の彗の元へ駆け寄った。


 彗は、翼に比べたら見劣りはするものの、そこまでコントロールが破綻しているというわけではない。学生基準では良い方だろう。少なくとも、一星が受けていた中でこれほどコントロールが荒れている彗の姿は記憶にない。


「どうしたのさ、らしくない」


 眉をひそめる彗は「ちょっとな」と言いながら、足元のマウンドをぐしぐしと弄っている。


 調子自体は悪くないはず。現に初回、二回と最高のピッチングだった。

 変わったことと言えば、低めへを意識してのピッチングに切り替えたということ。


 ただ、それは三巡目からの予定だったものを早めただけ。特段気にすることはないはず――悩めば悩むほどドツボにはまってしまうような気がして一星は「取りあえず八番と、九番は八神だから落ち着こう」と言葉を続ける。


「八神ってバッティングどうだったっけ」


「バントは上手かったかな。ヒットを打ってるイメージはあんまし……」


「うーし。じゃ、バントさせないためにここが大事だな」


 右手で拳を作り、バンバンとグローブを叩く。気合を入れてくれたらそれで大丈夫だろうと判断し、一星は「じゃ、頼むよ。低めね!」と言葉を残して守備位置に戻った。


 ――さあ、気を取り直して……。


 右打ちの八番は、去年ベンチ入りしていたものの、出場のほとんどが代走であり、あまり打撃のデータが無い。

 しかし、その数少ない機会で打率は三割を越えており、能力は高いことは言わずもがなだ。


 ただ、これまでスタメンで出れなかったのはその打球傾向にある。

 ヒットは全てが高めのボールを引っ張った形で、左中間に飛んだ記録はない。内野安打、もしくは三塁手と遊撃手の間を抜くコースヒット。しかもバットに当てたのは全て高めで、低めは空振りが多い。


 調子を取り戻すことも考えると、やっぱり重視しなくちゃいけないのは低めへの投球。


 一星はアウトコース低めにミットを構えた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ