表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
彗星と遭う  作者: 皆川大輔
【第1部】
13/177

1-08「ヒーロー勧誘計画(4)」

「いやー、変わってねーな」と彗は近づいた。


 一星は「ひ、久しぶり」と返すのが精一杯で、顔を俯かせる。


 ――なんでここに……。


 頭の中はもうぐちゃぐちゃ。野球を諦める原因が、今まさに目の前に。野球以外の合宿で時折見せていた覇気のない顔で、こちらの目を覗き込んでくる。悩みなんてない、ただひたすら目の前のことに興味があるだけ――そんな純粋な目がどこか申し訳なくて、視線を逸らすと、彗の制服が目に飛び込んできた。


 見覚えのある制服だ。

 紺色のブレザー。赤白のストライプなネクタイ。

 自分のブレザーと見比べる。まったく同じデザインで、まったく同じ色で、まったく同じ素材。


「その制服、もしかして……?」


「おう。俺も彩星」と彗は自慢げに胸を張った。


「な、なんで? いっぱいスカウトの話あったでしょ?」


「……ちょい事情があってな」


「へ、へぇ……そうなんだ。野球は続けるの?」


「一応その予定。まだわからないけどな。いやー、でも助かった。一星がいるなら甲子園も何とか行けそうだな」


「えーと……」


「できない話じゃないって。ちょっと練習も覗いたけど、結構厳しい練習もしてたし、俺らがいれば甲子園は行ける」


「そうじゃなくて……」


「あん?」


「僕さ……野球辞めたんだ」


 そう一星が応えると、ビデオが止まったかのように彗は固まる。


 数秒の静寂の後「は?」と彗がようやく絞り出した瞬間。


 凍り付いた空気に耐えられず、一星は自転車の方へ駆け出した。


「ごめん!」と言い残して、公園を後にする。


「おい! 辞めるってお前……!」


 背中の後ろから聞こえてくる彗の声に応えることはできず。ただひたすらに、自転車のペダルを漕いだ。


 ――なんで……なんでアイツが……!


 忘れたい敗北の瞬間がフラッシュバックする。あの日、あの瞬間、怪我や病気にでもなってマスクを被っていなければ。そんな自分でも情けないと分かるような後悔を繰り返しながら、一星は帰路についた。



       ※



 上手くボールを取れると、パーンと気持ちいい音が鳴る。久しぶりのキャッチボールがクラスメイトの海瀬音葉なことは少々不満だったが、耳に入ってくるその音は悪くない。


「ホントにやってたんだな」


 少し強めに投げても余裕でキャッチする音葉は「一応レギュラーだったからね」と胸を張っていた。


 やっぱり野球は一人でやるもんじゃないと再認識した彗は「ま、もうここまで来たら話すわ」と両手をピロピロと広げ、改めて白旗を上げた。


 丁度、五時を知らせる鐘が鳴る。夕日も沈みかけでボールも見えにくくなったためキャッチボールは中止。真奈美も鐘の音を聴くと〝そろそろ帰らなくちゃ〟と公園を後に。


 音葉は「キャッチボール、久々だけど楽しかった」とブランコに座り込む。隣に座るのはどこか恥ずかしく、彗は音葉の相対する形で地べたに座り、話し始めた。


「俺のかあさんがガンでさ。手術でしばらく入院するから、弟たちの面倒見なくちゃいけねーの。入部できるかわからないのもそれが原因」


「そうだったんだ……」


「でもさ、なんで彩星高校だったの? 県内でも強豪はいっぱいあるでしょ」


「なるべく家から通える距離が良かったんだ。それと、金の問題」


「お金?」


「手術費とかもろもろ考えたらかなりかさばるからな。県立のが金かからねーし、少しでも負担を減らそうと思ってよ」


 恐らく、想定していた以上の話だったのだろう。真奈美は我関せずといった表情だが、音葉の表情には申し訳なさが滲んでいた。言葉を選んで口をパクパクしている音葉を見かねて「幸い手術は上手く行ってさ。昨日退院した」と付け加えた。


「そうなんだ。おめでとう」


「ありがとよ」


「……ごめんね、事情も知らないで付きまとっちゃって」


「別にいいって。ま、しばらく様子見て大丈夫そうなら入部するとは思う」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ