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彗星と遭う  作者: 皆川大輔
【第2部】
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2-29「もしもの話。(4)」

「……アイツも、もう背番号貰ってんのかな」と呟きながら、彗は練習の際に打席に立った衝撃を思い返していた。


 矢のような、あるいはレーザーのような。重力に逆らうストレートと言うのはこういうものなのだ、と言わんばかりのストレート。


 ――あの性格じゃなけりゃ尊敬できるんだがな。


 彗は翼と交わしたコミュニケーションを思い返していると『やっぱりアイツに電話かけるのはナシ?』と一星が聞いてくる。


「たりめーだ。試合までに間に合わせてー理由の一つだしよ。何より、アイツの連絡先知らん」


『だよねぇ』


 わかってましたと言わんばかりの声色をする一星に、だったら話題を出すなよと苛立ちながら「他にはいねぇのか」と問いかけてみる――が、返答には期待していなかった。


 綺麗なストレートを投げるためには、フォームに少しの狂いも許さないほどの繊細さが要求される。今の彗のように、偶然投げることはできても、高いレベルで実現性を持っているなんて人を探そうといったって、易々と見つかるわけがない。プロの世界にだって、数えるくらいしか存在しない希少種だ。


 誰もいないね、なんて返答を予想し、彗は〝結局無駄骨じゃねぇか〟というツッコミを用意していると『一人だけ、心当たりあるよ』と、電話口の一星は予想外の返答をしてきた。


「は?」


 思わず間抜けな声が漏れるが、一星は間違いじゃないと言い張るように『だから、心当たりがあるんだよ。それも最近ね』と繰り返した。


「マジか……?」


『そっ。僕は打てたけど、みんな苦戦してたなぁ』


 最近。一星が打てた。みんな、苦戦していた――答えが見えない中、一星の言葉を一つずつ紡いでいく。


 つい先日、昨年の世界大会終了から高校入学までは野球に触れていなかったはず。

 入学してから行った試合は、練習試合も含めると四試合。

 その中で唯一、全国クラスのピッチャーと戦っている試合と言えば……。


「まさか……」と呟くと、彗が答えに辿り着いたことを察したのか一星は『そのまさかだよ』と言ってから『それしかないと思うんだよね』と言い切ると、思いっきり息を吸って言い切る。


『春日部共平高校の背番号一。兵頭風雅。アイツに話を聞きに行こう』



       ※



 五月三日、土曜日。神奈川の名門高校との試合を一週間後に控えた彩星高校野球部のロッカーは言いようのない緊張感に包まれていた。

 真田の話した、強豪と肩を並べられるほどになった、という言葉がプレッシャーになっているのだろう。

 もちろん、春日部共平に勝ったのは事実。しかしその後、エースの新太とチームの精神的支柱であった宗次郎、そして、怪物の彗を欠いた状態で戦った結果、去年の夏までと同じように中堅校に成す術べなく敗退した、という経験がある。


 本当に自分たちは強いのか――そんな不安があるんだろーな、と田名部真司は冷静に考察しながらユニフォームに着替えていると、勢いよくロッカーが開かれた。


「お疲れ様です!」


 緊張と不安を吹き飛ばすくらいの声で入ってきたのは、若干興奮気味の一星だ。


「うるせぇよ、練習前から」


 半裸状態の榎下嵐が叱るが「すみません!」と反省の色が見えない声を出しながら一星はロッカーにが入ると、嵐の目の前まで立ち止まり「ちょっと聞きたいことがあって」と話しかけた。


「……俺に?」


「はい! ちょっとだけ時間くれませんか?」


「……まぁ、練習始まる前までならいいけどよ」


 一体何の用だ、と続けようとしたんだろう。息を吸い込んだ嵐だったが、それを遮るように一星は「榎下先輩って、共平のエース、兵動風雅と元チームメイトだったんですよね?」と詰め寄った。


 兵頭風雅、という名前が一星によって口から零れると、緊張感が漂っていたロッカーの中に再び寒い空気が吹き荒れた。ぴきっ、と何かが凍るような音も聞こえたかもしれない。


 ――地雷踏んじまったなぁ。


 遠目で真司が面白がっていると「すまねぇけど、その話ならナシだ」と嵐は呟いて、早々にアンダーシャツなどを着こむと、ユニフォームを羽織りながらロッカーを後にした。


 他の二年生も続々とロッカーを後にする。


「えっ……えっ?」


 ロッカー内に残ったのは、ひたすらに困惑する一星と、真司だけ。


「やっちまったなぁー、オメー」


 いたずらに真司が笑っていると「ちわーっす」と彗もロッカーに押し寄せてくる。何かの作戦だったのだろうか、既に嵐がいないことを確認すると「聞けた?」と一星に問いかける――が、一星は心ここにあらず。


「おーい、武山?」


 話しかけても反応はナシ。ニヤニヤとしながら真司は「おいっす、怪物くん」と彗に話しかける。


「あ、お疲れっす。あの……何かあったんすか?」と一星を指差す彗に、真司は「あーそれね」と前置きをしてから「あたった今、自滅したところだよん」といたずらに笑った。


「自滅?」


「そう、地雷を踏み抜いて爆発ってところかな」


「……どういうことっすか?」


「ははっ! ま、簡単な話だよ。嵐の前で、暴君の話題は禁句ってこと」


 ヒントだけ与えると、真司もロッカーを後にする。

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