表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
彗星と遭う  作者: 皆川大輔
【第1部】
10/177

1-05「ヒーロー勧誘計画(1)」

 太陽の温かい日差しが降り注ぐ昼下がり。音葉と真奈美は、各々持ってきた弁当を片手に、ほのかな温かさの中庭へ集合していた。


「――ってわけで、なんとしても二人を野球部に誘いたい」


 蓋を開きながらも、五分間箸を付けずに熱弁を繰り返した音葉に、真奈美は「う、うん」と返すのが関の山。


 武山くんと将棋指したいだけなんだけどな、なんて心の声を言えるわけもなく「で、何をすればいいの?」と卵焼きを食べながら応える。


「まずは理由を突き止めないといけないと思う」


「そだね」


「手分けしよう、私は空野のほう調べてみるから、真奈美は武山くんの方から話聞いてみて」


 この計画が正しいかどうか、定かではない。ま、武山くんと話せる口実ができたらからいいや、と納得し、「りょーかい」と力ない返事をした。


 それとなく仲を深めて少しでも近づければ――と思っていると、真奈美の携帯が鳴る。お気に入りの曲とともに、メッセージがディスプレイに表示された。


「えーっと……噂をすればなんとやら」と、真奈美はメッセージを音葉に見せつける。


「『今日は行くと思うよ』」……これ、武山くんの連絡先じゃん。いつ交換したの?」


「初めて会った日! トーゼンでしょ」


 やるじゃん、といったところでようやく音葉も初めて昼食を口にした。


「やるじゃん、さすが」


「へっへー。そっちの空野くんの方はどうなの?」


「今朝突撃してみて撃沈。嫌われたかも」


「えー、ピンチじゃん」


「……幸いクラス同じだし、アタックしてみるよ」


 どこから湧いてくるのかわからないやる気に満ち溢れた目で、虚空を見つめながら昼食を口に運んでいく音葉。どこからそこまでの情熱が沸いてくるのか気になり、「ね、どうしてそこまで執着してるの?」と尋ねてみた。


「え?」


「言っちゃ悪いけどさ、所詮他人じゃない? いくら野球が好きだからって、そこまでできるのって凄いなって思ってさ」


 事実、これまでの真奈美の人生を振り返ってみても、そこまで夢中になれたことはない。

 何かにはまった、何かを好きになったことはあっても、それが叶わないとなったら〝しょうがないか〟と諦めることができたレベル。

 一方で、音葉は執着と言っていいほどの情熱で臨んでいることは確か。何がそこまで彼女を掻き立てるのか、気になっての発言だった。


「……野球部のマネージャーやってたって話はしたよね?」


「うん」


「実はさ、マネージャーやる前にプレイヤーだったんだ、私」


「え? 選手だったってこと?」


「そ。結構いい選手だったんだよ? 自分で言うことじゃないけどさ」


「へぇ。それで?」


「最後の大会のちょっと前に怪我しちゃってさ。大会に出れないから、そこで野球は引退。けど突然でやることなかったから、マネージャーで残ったってわけ」


「でもさ、怪我治ればまた選手としてやれるんじゃないの?」


「……さ、ここで問題。全国で高校は県立とか私立合わせて五〇〇〇校くらいあります。その中で、女子野球部がある学校ってどれくらいあると思う?」


「うーん……百校、とか?」


「ううん。詳しい数はわからないけど、だいたい四〇校くらい」


「えっ⁉ そんな少ないの?」


「そ。予選なしで全国大会になるレベルで競技人口が少ないの。しかも、年々減ってってる」


「へぇ……」


「だから、よく言われるんだ。女子野球は中学までって。正直、私もそう思うし、周りの女子選手もみんな引退した」


「そうなんだ」


「……だからさ、野球ができるのに逃げてるやつがむかつくの。怪我でもない限りね」


 語る音葉の目には、悲しみに溢れていた。嘘偽りのない真っすぐなその表情を茶化すなんてことはできず「なるほど」と応える。


「あと……私さ、空野くんとは中学校の時に試合したことあったんだ。その時思ったの、プロに行く人って、こういう人なんだなって」


「そんなすごかったの?」


「そりゃあもう。今の内にサイン貰っておいた方がいいレベルだと思うよ」


「へぇ、そんなに」


「そんな逸材が、こんなチンケな高校で潰れちゃいけないの、絶対」


「……本人が嫌がっても?」


「私の持論なんだけどさ」と言ったところでミートボールを口に運ぶと、もぐもぐと口を動かしながら「他の誰にも負けない才能を持ってる人は、輝かなくちゃいけない責任があると思うの」と言い放った。


「え、それってすごい自分勝手じゃない?」


「わかってるよ。けど、それだけの存在ってこと。ほら、行こ。授業始まっちゃう」


 音葉は弁当箱をそそくさと片づけて立ち上がる。えっ、と思うも束の間、昼休みの終了を告げる鐘の音が校内に響き渡った。


「……食べ損ねた」


 半分以上残っている弁当箱に蓋をして、真奈美も音葉の後を追った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ