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通称仇討法  作者: もりしゅう
4/6

自業自得だから4

残酷な表現がございます。苦手な方はお読みになりませんように、お願い致します。

「相変わらず見事なものね」


 圭太の仕事ぶりにはいつもながら敬服する。彼はまるでその場で見ていたかのように再現してみせる。これがプロファイルだけで出来るものなのだろうか。思わず漏れ出た言葉に、圭太は何も返してはこなかった。

 その男は一面の血の海の中、腕を縛り上げられ片足をあらぬ方向に曲げて転がっていた。痛みを叫び出そうにも口に噛まされた布がそれを阻んだのだろう、大きく剥きだした目は、助けを求めて虚空を彷徨ったまま止まっていた。


 男の首に埋められたチップの情報を読み取り端末のデータと照合する。間違いなく申請に上がっていた人物だ。

 1年程前、雑居ビルの一室で一人の娘が殺された。もちろん警察は総力を挙げて犯人を捜したが、証拠不十分で検挙には至っていなかった。

 発見された娘の様子は私の目の前にある男のものと同じだった。無残な最期を迎えた娘の無念を晴らしたいと思うのは家族なら当然の事だろう。今回の申請はその娘の家族からのものだった。申請者は娘の祖父にあたる人物だ。権利を行使するには順当な年齢だと思われた。


 端末についている高性能カメラで転がっている男を撮影する。代行業を利用した場合はこの映像を元にして申請者に確かに権利が行使されたことを通知することになっている。


「いつも思うんだけどさ、加奈は撮影は平気なんだな」

「もう動かないから」

「そんなものか」

「そういうものだよ」


 圭太は私が人の死に抵抗があるから蹲っていると思っているようだった。だからこそこういう惨たらしい死体と向き合い、黙々と作業する私のことが不思議なのだろう。わざわざ説明するのも面倒だからと話していないが、私が苦手としているのは死に至るまでの過程を()()することだ。

 目の前で自分が繰り広げる事は、自分の責任の範囲で行っていることだ。脳が命令し忠実にそれを実行する。そこに想像の余地はない。だが、他人が扉の向こうで行っていることは、自分の脳が命令したことではない。したがってどんな事がなされているのか、否が応でも想像してしまう。自分の命じていないことがなされる様を思い描くことは、とても恐ろしかった。

 特A大学では如何なる状況でも瞬時に判断し、的確に対象を仕留めることの出来る者が一番になれた。他人に委ねる必要のない状況は私にとってまさにうってつけだった。自分を動かすものは自分だけなのだと知れば、どんなに辛い訓練も苦にならなかった。だからこそ圭太や英二とトップを競い合うことが出来たのだ。でも狙いはトップになる事なんかじゃない。ただ自分の脳の命令に――僅かな可能性に賭けたりしない絶対的な命令に――従える技術や体力が欲しかっただけだ。


 過酷な授業をクリアし無事卒業した者の大半は、大手の代行業社か国の特務機関に就職することになる。思えばこの時、代行業を選べば良かったのだ。だが両親の勧めに従って特務機関を選択したのが間違いだった、と気が付いたのは圭太のいる地区の担当になってからだった。

 特務機関の仕事は代行業と立場の違いこそあれ基本的には一緒だ。代行業は申請者に代わって対象を殺めるが、特務機関は立会人であり且つ申請者の助っ人として対象を殺める。だがこの立会人やら助っ人やらという響きが弱々しく聞こえるのだろうか、申請者本人が対峙するケースは殆どなかった。確かに何の訓練も受けていない者が、いざ仇討となった時にちゃんと出来るかと言えば、それは難しい話だと思う。また気軽に申請するような者の場合、対象にそこまで思い入れがないことも多く、自分で手を下す程じゃないと考えるのも当然であった。

 つまり特A大学卒という所謂その道のプロが所属している特務機関であるにも関わらず、実際に対象を仕留める仕事はほぼゼロ。代行者が万事行うのを見守り、対象者の確認や事後処理を進めるのみの仕事となっていた。それでも公式な申請である限り立ち合いは必須であり、万が一にも返り討ちなんて事にならないように助っ人しなければならない。

 他の地区では代行者が大したことがなく、助っ人として出番もままあったから耐えられた。だがこの地区の代行者は十中八九、指名ナンバーワンの圭太だ。優秀な彼に任せておけば問題なく速やかに事は済む。それはつまり黙って隣の部屋で行われる事を、想像しながら待つしかないということだった。これは恐ろしく苦痛な出来事だった。少しでも音が聞こえてくれば余計に想像は激しくなった。圭太が優秀であることが恨めしかった。


「加奈は今日はもう上がりか?」

「えぇ。そのつもりよ。圭太は早く帰りたいってとこかしらね」

「分かってるじゃないか」

「だからさっさとやってるわ」

「あぁ」


 撮った映像を処理チームに申請するため、端末に情報を打ち込んで行く。圭太の視線が背中に注がれているのが分かる。

 こんな殺しをした日は圭太は人肌を求めたがる。人間も動物だ。自身の生存が危ぶまれると子孫を残したくなると聞いたことがある。圭太がいくら優秀でも命のやり取りをする現場に身をおけば、本能は何事かを感じとるのだろう。いや、もしかしたらもっと単純で、自分が生きていることを確かめるために相手を求めるのかもしれない。

 どちらにしろ、きっと圭太は声を掛けて来るだろう。果たして私はどうしたいのか。


 圭太と私は再会して以来、付き合っているようないないような名前のない関係を続けている。お互い自立しているし生活に支障はない。何に遠慮することもないが、自分のテリトリーが適度に保たれたこの関係はお互いにとって居心地がいいのだと思う。

 仇討法の施行に伴い、他人との関係の築き方は微妙になっていた。いつ誰の恨みを買って殺されるか分からないという恐怖感。その反面いつでも気に入らない奴を殺せるという安心感。人が人を殺める権利を有するという事について、人々が自分の身に置き換えて考えるようになったのは、残念ながら法案が施行された後だった。

 学校の授業も仕事も在宅が主流となった昨今、人が人と直接関わる事に酷く敏感になった。もちろん街には人が溢れており、一見何も変わっていないように見える。だがそれはあくまで見えるということに過ぎない。かつては安定や平和の象徴とされていた家族という形態すら、今では危険なものと考える人たちも多くなった。表面上保たれているものも、それは仮初の姿に他ならず、水分を吸ってあっと言う間に崩れる角砂糖のように脆いものなのだ。


「なぁ、加奈。今日うちに来るか」

「行くわ」


 圭太の誘いを無意識のうちに了承していた自分が少し可笑しかった。私は端末に代行者――圭太の番号を入力し、最後に遺体の回収申請を上げると接続を切った。ここから先は特務機関のバックヤードの仕事だ。


「何か食べるものあるの?」

「いや、デリバリーでいいだろ」

「分かった」


 私たちがビルの駐車場に下りていくと先ほど申請を出したばかりの回収班の車が入ってくるのが見えた。相変わらず早い。まあ長らく放置しておいて、いたずらされでもしたら面倒なことになる。私は軽く手を上げて挨拶をすると、自分の愛車に乗り込んだ。圭太はバイクに跨ると、ちらりと私に視線を寄こしてヘルメットを被った。先に走らせた圭太のバイクに導かれるかのように私はアクセルを踏み込んだ。

お読み頂きありがとうございました。

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