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通称仇討法  作者: もりしゅう
3/6

自業自得だから3

「一番初めに着いたのは『カナ』だ。先ずはお前から始める。皆にも言っておくが、ここはAクラスだ。だから俺は止めは刺さないが手加減はしない。いいか、まともに当たれば骨が折れる。それで授業を休むことになったとしても減点されるだけだ。厳しいようだが、ここを卒業すれば、お前たちの力量次第ではお前たち自身が死ぬことになる。俺としては誰も死なせたくない。だから手加減はしない。いいな」

「はい」


 彼女のネームが「カナ」であると知ったのはその時だった。

 皆が気を引き締める中、今向き合わなければならないのは目の前の訓練だという事は分かっていた。だがカナという響きが俺の頭の中で何度も反芻されていて、彼女から目を離すことが出来なかった。

 訓練室Gは会議室を模して作られており、ホログラム用の機材やパイプ椅子、長机などが並べられている。まさに実践を想定した訓練室だった。


 それは何の合図もなく始まった。


 カイトがスッと構えたと思った瞬間、その場にもうカイトの姿はなく、俺たちがカナを視界に捉えた時には、カナもその場から姿を消していた。

 カイトは本当に手加減する気が無いらしく、武器こそ持っていないものの、カナの急所や、動きを止められそうな場所を次々と狙って拳と蹴りを繰り出していった。カナはそれらをひらりとひらりと交わしては、自らも攻撃を放っていった。それはまるで優雅な舞を見せられているかのような美しさだった。ピンと爪先まで伸ばされた長い足、綺麗に揃えられた指の一本一本までカナの意思によって見事に制御され、計算され尽くした形を保ってた。その美しい手足で受けきれないと判断すれば、訓練室にあるものを瞬時に選び取って見事に防御して見せたし、自分の体格では不利だと判断するや、高さを利用するるなど攻撃のバリエーションも豊富だった。高い場所からの攻撃は反撃されると体制を崩すことが多く、かえって危険な状況を招くと俺たちは教えられてきた。だがカナの場合はそんな概念さえも覆し、反撃してきたカイトの頭上をひらり飛び越えて背後からの攻撃に替えて行った。カイトと戦っているカナは生き生きとして輝いていた。何の迷いもなく自分の判断に自信を持っている、まさに女神のような神々しさを醸し出していた。

 俺たちは言葉もなく、ただカイトとカナの動きを追っていた。そして誰もがカナが特別枠だと勝手に思っていたことを深く反省していた。今あれだけの動きが出来る奴がこの中にどれぐらいいると言うのだろうか。そんなことを考えている間にも、カイトの繰り出した蹴りが、カナが防御に構えたパイプ椅子を半分にへし折った。折れたことで蹴りの威力を殺しはしたが、バランスを失ったカナを狙って容赦なくカイトが止めの拳を叩き込んだ。

 誰もがカナが吹っ飛んで行く姿を想像した。これで我らの女神はこのクラスからいなくなるのだと確信していた。

 だがカナは叩きこまれた拳を自身の方に引き寄せると共に、身を捩りカイト自身の力を利用して彼を投げ飛ばそうとした。

 次に俺たちが目にしたのは、カナの腕を後ろに捩じり上げているカイトだった。

 

「よくやった、カナ。減点なし。次は誰にする」


 そっとカナの腕を放したカイトは、戦いの後でもやはりイケメンのままで、爽やかに笑ってみせた。俺はその口元に見える白い歯ばかりが気になって仕方なかった。

 カイトが俺ら生徒の顔を順番に見て行く。次はと言われても、あれだけの物を見せられた後に続ける気概のある者は中々出てこない。俺だって尻込みぐらいする。だか何となくあの白い歯にイライラとして、気が付いたら手を上げていた。


「よし、ケイタ。次はお前だ」


 カイトの拳も蹴りも想像以上に重かった。基礎訓練がなんぼの物と思っていたが、あれがあるからこそ自分の思い通りに体が動かせることを身をもって知った。そしてカナがどれほど凄いのかもよく分かった。俺はカナよりも体格的に有利だ。カナの先ほどの動きがどうしても俺の思考の邪魔をするが、あれに引きずられていては、俺の良さは出せないことは明白だった。それは即ち俺がカイトに負けるということだ。今はカナのことは頭から締め出すほかはない。そして己の体と動きとから最良の攻撃と防御を続けて行かなければならない。俺は目の前の戦いに集中した。


 昔から集中力には自信があった。何もかもを締め出して、それだけに集中する。眠りに落ちる瞬間のように周囲の音が消えて、カイトの動きだけが視界の中に残った。その動きを頭の中でトレースしていくと、それらはカイトの身長や筋力を有利に使うための動きだということがよく理解出来た。カイトが蹴りを入れて来ると俺は攻撃の間合いを見切り、拳一つ分だけ外して避けていく。カイトが拳を打ち込んできても間合いを見切った俺にとっては、最早同じことの繰り返しに過ぎなかった。こうして幾度も攻防を続けていくとカイトの中で焦りが生まれてきていることが分かった。どう攻めるべきなのか考えあぐねているのだろう、先ほどより攻撃に覇気がない。それでもこちらの攻撃も相変わらず、うまい具合に避けられているが、それこそ俺の作戦だった。

 俺の攻撃の間合いは実はそこではない。もう一歩奥なんだよ。

 俺はカイトの攻撃を先ほどと同様に避け切ると、反撃の拳をその白い歯目掛けて打ち込んだ。頭を仰け反らせたカイトは十分避けられると思っていたのだろう。だが俺の拳はまだ止まっていなかった。目を丸くしたカイトがニヤリと笑ったその白い歯に、俺の拳は吸い込まれていった。


 その場に崩れた落ちたはずのカイトは、豪快に笑いながら掴んでいた俺の手首を放した。

 こいつっ。


「やるな、ケイタ。お前も減点なし。次は誰だ」


 俺の泥臭い戦いぶりに鼓舞されたのか、次々と名乗りを上げる奴らが出てきた。きっとあいつらにしても女神の戦いに比べれば、俺の戦いの方が何倍も参考になったのだろう。ったく、お前らのデモンストレーションじゃないってんだよ。

 

 しかしやはりカイトは強かった。吹き飛ばされて肋骨をやられたり、肩の関節を外されて悲鳴を上げたり、足や腕を骨折する輩が続出した。カナや俺が勝ったのはたまたま運が良かっただけだ。今のままでずっと避け続けられる訳じゃない。クラス編成されて初めて俺は純粋に強くなりたいと思った。だからこれまでは大学側が用意してくれている授業を、何となく義務感で受けているようなところがあったのだが、漸く俺はそれを素直に受け入れる気になった。


「最後はエイジか。よし、始めよう」


 エイジと呼ばれた男のことが、俺はずっと気になっていた。こいつはカナと二人、新入生代表として壇上に立った男だったからだ。そのエイジはカナが戦っている時でさえ、能面のように表情一つ変えることはなかった。訓練室の片隅でこれまでの戦いをじっと見ていたエイジはゆっくりと立ち上がった。俺よりも高い身長に、程よくついた筋肉は如何にもしなやかで、決してムキムキしているわけじゃない。無理やり鍛え上げ作り上げたというよりは、無駄を省いて必要最低限を目指したような体形だった。カイトに比べて黒曜石のような真っ黒い瞳が見る物全てを閉じ込めてしまいそうであり、また全てを見通しているかのように不気味に輝いていた。


 エイジは先ほどまでの緩慢な動きが噓であったかのように、突如として凄まじい勢いでカイトに向かって行った。と思った次の瞬間、まだその場から動いていなかったカイトの後ろに現れた。エイジの長い腕から真っ直ぐに伸びた拳がそのまま決まるかと思った。だが俺の視界にいたカイトの姿がぼやけていき、反対にエイジの拳だけが鮮明になっていった。残像かっ。その拳が虚しく空を切ったのを知ったエイジは、口の端を僅かに上げた。こいつ、余裕かよ。動きを読んでいたカイトは横に飛んでいて、間髪入れずエイジの足元に蹴りを入れた。だが軽く飛んで交わしたエイジはそのまま綺麗にバック転すると、すぐさま次の攻撃に移った。エイジの長い足が蹴りを入れれば、カイトはそれを難なく防御し、逆にその足を捉えて捩じり上げようすれば、エイジは片手をついて地面から跳ね上がり体を回転させてそれを阻止した。

 凄まじい攻防が繰り広げられたが、どんな状況でもエイジの一挙手一投足は洗練されていてブレることがなかった。それはカナの戦闘のように美しさを感じるものであったが、それ以上に刃物のような金属的な冷たさが勝っていて、カナを女神とするならばエイジはさながら鬼神のようであった。再び現れた神の如き存在に、辛うじてその場に留まることが出来た者は目を奪われるばかりだった。だがさしもの鬼神もカイト相手では分が悪いのだろうか、一進一退を繰り返している。そろそろ仕留め時とカイトが一気に距離を縮めた時だった、仁王立ちになったエイジは、柔道の如く体の前面で腕を構えた。そして飛び込んでくるカイトをがっちり掴むと、その勢いを利用してそのまま後ろに投げ飛ばしたかに見えた。


「そこまで」


 豪快に飛ばされたはずのカイトは、エイジの腕から逃れており、やはり白い歯を見せて立っていた。


「手足の長い奴だな。よし、エイジ、減点なし。今日の授業はこれまでだ。解散」


 カイトの強さも先ほどのエイジの鬼神の如き戦いぶりも驚くべきことだったし、今後のためにも見習うべき点はいつくもあったのだが、俺の心はずっとカナに捉えられたままだった。解散の言葉を聞くや否や俺はカナの方を見た。だがその時には既にエイジがカナに話しかけていた。入学式以来の女神と鬼神のツーショットは悔しくなるぐらいお似合いのように思えた。だがその時カナがエイジに笑いかけて、俺は居ても立っても居られず駆け出した。

 俺は自分のネームの書かれた紙をカナの胸元に突き付けた。カナは眉をひそめて俺の瞳をじっと覗き込んだ。カナの瞳に映った俺の顔は――恋をしている男の顔だった。

 誰だよ。これ。

 酷く落ち着かない気分になり、自分が何をしたかったのかも分からなくなった。

 カナの隣に立っていたエイジがニヤリと笑っているのが視界の隅に入った。鬼神でも笑うことがあるのかと、何故だか冷静に状況を見ている自分が馬鹿らしかった。

 どれぐらいそのままでいたのかなんて分からないが、カナは「ケイタ」と俺の名前を呼ぶと、自分のネームの紙を差し出した。


 加奈カナ


 彼女のネームには、そう書かれていた。

 それ以来、彼女は俺の中で加奈になった。

お読み頂きありがとうございました。

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