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通称仇討法  作者: もりしゅう
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自業自得だから2

 加奈とは3か月前に再会した。この地区の立会人として新たに配属になったと挨拶された時、加奈は本名を名乗っていた。その名前がなんだったかもう忘れてしまったけれど。

 略して特A大学――特別権利護衛大学で同期だった俺と加奈そして英二の三人は、常にトップの成績を競い合う仲間だった。そのうちの一人である加奈が立会人となることを俺は素直に喜んだ。

 訓練を受けているとは言え、絶対に対象者を仕留められるとは限らない。もちろんそうならないように最善を尽くしているが、万が一の場合に助っ人でもある立会人が優秀であることは依頼の完遂という意味で望ましい事だ。

 だがその加奈が、まさかこんなポンコツだとは思いもしなかった。公式な仕事だから立会人は絶対に必要だ。だから加奈を外す訳には行かない。仕事だからと諦めてもいるが、そもそも俺はこういう面倒なタイプは大の苦手だ。そう苦手な筈なんだ。だが何故か加奈を前にするとその気持ちが霧散してしまう。きっと大学時代のキラキラした加奈が頭にあるからなのかもしれない。


 特A大学への入学は非常に厳しい。勉学はもちろんのこと身体的な能力を問われるばかりでなく、強い精神力を持っていることが一番に求められた。それもそうだろう、大量殺人とまではいかないが、人を殺せるメンタルを持っていなければならない。この大学に入るということは即ち、代行屋か立会人になるということなのだから。

 警察官一家に育った俺にとって、この特A大学に入りたいという気持ちはとても自然なものだった。何代前か分からないが、爺さんがどれだけ手柄を立てただのという話とともに、犯人と知りながらどれだけ法の下に引きずり出すことが出来なかったのかという話を、俺は嫌という程聞かされて育った。そんな俺にとって、警察官では手を出すことのかなわない犯罪者に鉄槌を下す機会を与えられる、という代行屋の仕事は子供の頃からの憧れだった。

 それに軽薄と思われるかもしれないが、代行屋や立会人の仕事は、昨今の花形職業の一つになっていたというのも魅力の一つだった。自分の技量一つで高収入が約束されている、やりがいのある仕事。それが売り文句だった。

 今なら分かるが、代行業の過酷な現実は何重ものオブラートに包まれていた。国としても一世一代の大博打を打ったこの法案を転けさせる訳にはいかなかったのだろう。

 兎に角そんな言葉にもつられた俺は猛勉強の末、難関である特A大学の門をくぐった。

 

 入学式のあの日の事は今でも鮮明に覚えている。

 その年の桜は例年に比べ早く咲き始めたこともあって、入学式の日には既に盛りを過ぎていた。少しの刺激にも耐えらなくなったのか、小さな花弁が一枚また一枚と剥がされて、地面に模様を描く程に積もっていた。その時強めの風が吹いて、落ちて来る花弁と巻き上げられる花弁とで、視界がピンク色に染まった。その中に長い黒髪を靡かせた美少女が立っていて、そこだけは別な空気が流れているようだった。そう、この特A大学という特殊な学び舎に似つかわしくない可憐な女性を、俺は見つけた。俺たちと同じ詰襟の制服を纏っていたが、とても同じ次元の生き物であるとは思えなかった。その美少女こそ加奈だった。


 集められた大きな体育館に、まるで線でも引いたかのように整列した新入生は、皆微動だにせず立っていた。難関とされる特A大学にこれ程多くの新入生がいるというのは、俺にとっては少し意外だった。


「新入生代表」


 マイクからの無機質な声に、俺は先ほどの美少女はどこかと彷徨わせていた視線を壇上に向けた。程なく舞台の袖から出て来たのは、今まさに探していた黒髪の美少女と、やはり黒髪を後ろに流し整った顔立ちに長身という世の中の男を敵に回したかのような容姿の男の二人だった。代表者が二人であったことに、周囲が静かにざわついた。だが流石特A大学というところか、再び静寂取り戻した体育館に二人の挨拶文を読み上げる声が響き渡った。





 入学してからは何百人といる生徒の中で再び彼女と遭遇する機会は中々めぐってこなかった。俺は結局あの美少女は、厳しい現実を目の当たりにして脱落してしまったのかもしれないと結論付けた。

 授業の大半は実技で、自分の体を思い通りに動かすための基礎訓練から始まった。少しだけあった座学は、人間の人体構造について学ぶもので、要はどこをどう攻めたら効果的なのか、または効率的なのかということを徹底的に教え込まれた。

 当然、半年も経たず音を上げる者が続出した。そうやって人数が絞られて初めて、成績順にAからFまでクラス編成が行われた。この時Aクラスになった俺は、あの美少女と一緒になった。そこで漸く彼女が幻でもなんでなく確かにそこに存在していて、ちゃんと在籍し続けていたことを認識した。もちろん女性でAクラスに来たのは彼女だけだった。

 始めは誰もが、彼女はお偉いさんの娘か何かで、特別枠なんだろうと決めつけた。当然俺もその一人だった。

 彼女は入学式の時のように長いサラサラとした黒髪を靡かせて、教室の窓の向こうを眺めていた。小柄でほっそりとした彼女が、この半年を乗り切って実力でAクラスにいるなど誰も信じられる筈もなかった。


「今日ここに集まった諸君は、今期入学した中でも特に優秀と認められた者たちである。誰一人遅れをとることなく次学年に進むことを期待している」


 教壇から俺らを見回したその男性は、これまたこの特A大学の先生とは思えない程爽やかなイケメンだった。体毛など生えていないかのような艶々した肌は少し日に焼けた程度の健康的な色合いだったが、それ以外は全体的に色素が薄いという印象で、さらりとした髪は少し染めているのだろうか茶色がかっており、瞳の色は薄くて彫りの深い顔立ちをしていた。


「私の名前はカイト。このAクラスの担任にあたる。で、今まで番号で呼んできたお前たちの名前だが、晴れてネームが与えられることになる。まっ、昇格ってやつだ。ひとまずは、おめでとうってところだな」


 豪快に笑ったカイトの真っ白い歯が、芸能人の出ているCMみたいで、やけに印象に残った。

 各自の机の上にはカイトがネームと呼んだ名前が書かれた紙が置いてあった。俺のネームは圭太ケイタ。その時から俺はケイタになった。


「さっそくだが、この半年でお前たちがどれだけ動けるようになっているのか確認してやる。10分後に訓練室Gに集合だ。もちろん着替えてこい。以上だ。解散」


 この日俺たちは初のクラス編成ということで入学式以来の詰襟の制服姿で集まっていた。訓練室Gは東校舎の一番奥にある。このAクラスは西校舎の端にあるため、ここから一番離れている場所に行くことになる。この大学で10分後と言えば、それは本当に10分後なのだ。1秒でも遅れようものなら授業は受けさせてもらえないばかりか、減点された上に様々な罰則が与えられる。100点満点からの減点方式を採用しているため、ほんの少しのつもりが命取りになる。特にこのAクラスに残りたいと思っているなら少なくとも85点以上で居続けなければならない。


 誰もが次の行動を頭で考え始めた刹那、その美少女は躊躇いもなくその場で脱ぎ始めた。


 何が起きているのか思考の停止した俺たちは、体まで固まったように動かくなくなった。そんな中彼女の時間だけは進んでいて、まるで映画のように目の前のスクリーンに投影された彼女の姿だけが動いているかのようだった。


 彼女は黙々と脱ぎ進めていったが、俺たちが期待したような(いや俺だけだったのかもしれないが)下着姿はそこに現れなかった。彼女は詰襟の下にジャージを着込んでいたからだ。啞然とする俺たちを尻目に、彼女は教室の窓からひらりと飛び出すと東校舎に向けて走って行った。その時の軽やかな動きを暫く目で追っていたが、ふと呪縛から解き放たれたように俺たちの時間が動き出し、みんな慌てて着替え始めた。

お読み頂きありがとうございました。

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