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通称仇討法  作者: もりしゅう
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自業自得だから

辿り着いて頂いた皆様には、いきなりで申し訳ございませんが、残酷な表現がございます。題材上、そうした表現が多い作品かと存じます。苦手な方はお読みになりませんように、くれぐれもお願い致します。

 ――私は大丈夫。私は大丈夫。私は……。


 今日の申請によれば扉の向こうで行われるのは、単なる代行ではなく、被害者である女性が迎えた最後を再現する代行。発見時の被害者の状態は細部まで頭の中に叩き込んであった。後ろ手に縛られ口にタオルを押し込まれた女性は、片足をあらぬ方向に曲げ腹を何ヶ所も刺されていた。

 その再現がこれから行われる。その光景をまざまざと思い描いてしまう自分と、何とか考えまいとする自分がせめぎ合っている。こんな状況で隣の部屋から漏れ出てくる音なぞ聞いてしまおうものなら、私の想像はリアルさを増し、忽ち全身を駆け巡っていくだろう。そうなったらきっとこの場に居続けることは出来なくなってしまうに違いない。立会人としてそれは許されざることだった。

 私は両目をしっかり閉じ、指でぎゅっと耳をふさいだまま、大丈夫だと呪文のようにつぶやき続ける。永遠とも思えるこの時間。逃げ出さないためには、何としても必要な行為だった。

 




 簡易なテーブルとパイプ椅子が一脚。がらんとした室内には窓もなく、通気口が一つあるきりだ。まんまとこちらの誘いに乗ってやってきたのは、ここ数ヶ月追っていた男だった。漸く居場所を突き止めたその男は、次のターゲットの情報を欲していた。


「僕が探している情報を持ってるって言ってたよな。一体どこで嗅ぎ付けたのか知らないが、僕も忙しい身でね、あんまり時間が取れないんだよ。だから早く寄こせ」


 椅子の上でふんぞり返っていた男は、開いた左手を俺に向かって突き出した。


「お前、井上信也で間違いないよな」

「そうだよ。お前もしつこいな」

「ふーん、それなら斎藤真美のことを知ってるよな」


 俺が男の起こした事件の被害者の名を口にするや否や、それまで居丈高だった男は慌てて腰を浮かせた。


「どこ行くつもりだ。こっちの用はまだ済んじゃいなんだよ」


 俺が思いっきり殴りつけると、男は椅子共々吹っ飛んでいった。

 低い呻き声を上げて蹲っていた男が、のっそりと立ち上がった。脂性なのか額にべったりと髪を張り付かせ、前に突き出た腹を支えるには些か細い足をふらふらとさせながら後退っていく。床に倒れた椅子にあたるや否や「ひぃっ」と声を上げた男の顔は、余裕をなくして土気色になっていた。それでも必死にこの状況から脱出しようと、怯えた目でちらちらと左右を窺っている。


「……何なんだよ、お前」

「俺は代行屋だ」


 腕時計の盤面をタップすると許可証のホログラムが浮かんだ。


「一応言っとくけど、悪く思わないでくれよな。だって自業自得だからさ」


 男の目が大きく見開かれ、その瞳に絶望の色が浮かんだ。





 ――19:48 俺は男の最後を確認した。


 奴の起こした事件は肝っ玉の小さい癖にプライドの高い奴が起こす典型的なものだった。ったく、反吐が出る。だが目の前に転がっている男の状態は、まさに被害時の状況と酷似していて、それだけは今日の依頼で唯一満足できることだった。




 代行屋の応接室で涙ながらに訴えた被害者家族。訥々と語られる話に、所長と指名された俺の二人は身につまされるような思いだった。だが何度聞いても慣れることのない感覚に、逆にほっとしている自分がいた。依頼者の望みは当然、対象者である男に娘と同じ最後を与えることだった。

 この手の依頼の場合、俺は被害時の状況から犯人の心理を読み取り、どういう順番で何が行われたのか探り、なるべく忠実に再現することにしている。それが被害者家族の心を唯一救う事が出来るものの筈だから。そして今回プロファイルした男の行動は次のようなものだった。


 その日男は以前から狙っていた被害者をビルの一室に連れ込んだ。ひとまず手を縛りあげて拘束したが、喚く声が煩かったから偶々持っていたタオルを口にねじ込んだ。ところが増々恐怖を募らせた被害者は必死に足をばたつかせて暴れたため、焦った男は大人しくさせようと躍起になり、被害者の足を折るに至った。だが被害者があまりの痛みに気を失ってしまい、反応しなくなったのが面白くなかった。男はイライラとして腹を刺した。すると被害者は意識を取り戻し、その瞳で止めてくれと懇願した。自分が優位に立っていることに快感を覚えた男が刺し続けた結果、ついに被害者の命が尽きた。


 通称仇討法案が施行されて、これまで泣き寝入りしていた被害者家族に一縷の望みが生まれた。人生で一度だけ仕返しが出来る。その仕返しを代行するのが即ち俺たち代行屋の仕事だ。せっかくの仕返しなら、なるべく被害者家族に寄り添うものでなければ意味がない。それを遂行するという点に置いては、彼らの夢を叶える仕事ともいえるのではないのか。

 それなのに毎回少しずつではあるが、澱のように心に溜まっていくものがあった。それは人が人を手に掛けるということに対するストレスでしかない、と誰もが笑って気安く答える。だがそれを聞いても、一度だって俺の心が晴れることはなかった。それならその澱の正体は何だと言うのか。いや、俺は既に本当の答え――後戻り出来なくなってしまう答え――を知っているのではないだろうか。




 いつもの思考のループに陥りかけた俺は、頭を軽く振って考えることを放棄した。とにかく今回の依頼は終わったんだ。さっさと報告して帰ろう。

 俺は足早に扉に向かった。


 ピッ


 壁にある小さなランプの緑色が点滅する。程なくシューッとドアが開いて、俺は加奈の待つ部屋に一歩踏み出した。


「なぁ、加奈。終わったんだけど」


 部屋の片隅でうずくまっている彼女に向かって俺は声をかけた。

 彼女の本当の名前は加奈じゃない。だが、俺にとってこいつは加奈だ。

 しかし、その加奈は反応しない。俺が黙々と依頼をこなしている間、加奈はいつも蹲って耳を塞いでいる。


「ちっ」


 思わず舌打ちした俺は、加奈の方に大股で近づいていった。


 とにかく早く家に帰りたい。今日みたいに被害者と同じ死を与えた仕事の時は特にそうだった。熱いシャワーでも浴びて、何もかも綺麗さっぱり洗い流したい。そして人間としての本能が生を感じたいと言っていた。


 俺は加奈の肩にそっと手を伸ばすと、いつも通り続けて三回叩いた。加奈はゆったりとした動作で振り返ると、何事もなかったように俺を見上げた。


「圭太、終わったの?」


 俺は黙ってうなずいた。

 それを合図にしたかのように彼女はすくっと立ち上がるとスタスタと先ほど命の消えた部屋に歩いて行った。


お読み頂きありがとうございました。

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